彼女たちのコズミック・イラ Phase15:運命に抗った者

デスティニープランのお披露目となります。が、久しぶりの鬱回です。

アウラの経歴を考えれば、ギルとタリアの関係を知らないわけがないんですよね。むしろタリアこそがプランを狂わせた元凶……という考えからの話です。

次回は時系列が少し遡ります。まだクライン博士が生きている頃の話となります。


この日もアウラは計画の策定に勤しんでいた。既に必要な機材の設計、人員の手筈、オルフェを始めとした子供たちの役割分担など、計画の詳細までが決まっており、黄道同盟がプラントの実権を掌握するのと同時にプレゼンテーションを行えるまでに準備は整っていた。

「はぁ……あとはザラ委員が帰ってきてくれれば、万事上手くことが進むのになぁ……」

コーディネイターの出生率改善と、プラント全体へと導入する新たな社会システムの導入。それは地球に住まう人々、ナチュラルと呼ばれる人々にも安寧と平和がもたらされる秩序の構築。

知れば誰もが望むような世界。争いの芽を摘み、次の世代にも戦争の火種、社会の格差や軋轢も残すことがない時代作り。

「あっ!お帰りギル!もう……遅かったから心配してたのよ。ほら、もう計画の準備は万全よ。」

誰一人として不幸にはならない世界。人は生まれながらにして、幸福になる運命を持つことが定められるべきだと。

「そういえば、まだ計画の名前を伝えていなかったわね。あなたの付けたアコード・プロジェクトも悪くないと思えたけど、やっぱり私が考えておいたわ。」

繁栄と幸福、そのどちらも捨てる必要はなく、人々に幸福な運命を定める新たな世界。人々が運命に導かれる社会を称して、彼女は計画に名前を与える。

「デスティニープラン。遺伝子に基づけば、人は誰も不幸になることがない。生まれた時から人は、幸福を享受出来る遺伝子を持って命を授かる。そう、遺伝子とは人の生を定める運命のことよ。」

計画の準備が完了したことで、アウラはギルの前で喜びを露わとしていた。しかし、そうして研究室に入ってきたギルは、俯いたまま言葉を発しようともしないのであった。

「ギル?どうしたの?」

いつもの彼であれば、こうして浮かれるアウラを呆れながら窘めるはずであった。しかし、この日の彼はそんな素振りさえも見せずに、ただ沈黙を貫いて彼女の前に立ち尽くしていた。

「ねぇ、何か言いなさいよ。言わなきゃ何も分からな……」

そう言葉を続けようするアウラであったが、彼女はすぐに口を閉ざしてしまう。俯くギルの頬からは、大粒の涙が零れているのであった。

「イヤだ……」
「嫌って……何が嫌なのかくらい言ってちょうだいよ。私の計画を進めること?それとも、他に気に入らないことでもあったの?」

それでも言葉足らずであったギルに対して、アウラは戸惑いながらも問いかける。そして、繰り返し問われたギルは、声を振り絞るようにして願いを口にする。

「タリアと……別れたくない……!」
「っ……!?」

アウラは全てを理解した。ギルと彼の恋人、タリアが決して結ばれること出来ない関係なのだと。遺伝子、運命が2人の中を引き裂いているのであった。

「検査の結果を……知ってしまったのね。残念だけど、今のプラントにはよくある話よ。」
「タリアは……彼女は、子供が欲しいって……だから、僕とは……どうしても……ぐすっ!」
「まったく、もう……いい大人になった男が、そんなにめそめそするものじゃないわよ。」
「ぐすぅっ……ごめん、アウラ。」

涙を拭いながら、ギルは何故かアウラに対して謝罪をする。それに対して、彼女は疑いの目を向けて問いかける。

「ごめんって……別に、ギルは何も悪いことをしては……」
「僕、もうずっと前から知ってたんだ。タリアと僕の……遺伝子のこと。」
「なっ……!?」

ギルの告白に言葉を失うアウラ。そして、彼女の中には怒りとも、絶望ともいえぬ感情が湧き上がってくるのであった。

「怖くて……言えなかった。アウラなら絶対に、検査を受けろっていうと思っていたから。でも、そう言われる前に、自分でタリアとの相性を調べて……!」

運命に抗おうとして敗れた者の末路。それがアウラの眼前にいるギルの姿であった。アウラ自身が蔑み、憎むべき愚かな者。そうなり果てたのが、自らが家族のような愛情を抱いていた者の惨めな姿であった。

「そう……やっぱり、あなたもそうだったのね。」

後悔。形は全く違えど、かつて自身がクライン博士との間に築いた関係、それが破綻を迎えた時と同じであった。アウラはギルとタリアの間を認めていた。認めてしまっていた。彼を家族のように愛していたから。

もっと早く、ギルを止めておくことが出来れば。クライン博士と同じようにプラントへと戻ることを、タリアと恋仲であることを知った時、別れるよう促していれば。しかし、彼女にはそれが出来なかった。

同じ過ちを繰り返したことに、彼女は茫然としていた。そして、その小さくなった身体で成長したギルを抱き締めようとする。

「っ……!?」

しかし、アウラはそれ以上手を伸ばすことが出来なかった。自身の汚れた手で、ギルの身体を抱き締めることが出来なかった。そして彼女はその代わりに、彼に対して救いの言葉を投げかける。

「ギル、あなたに責任は何もないわ。プラントの婚姻統制はあまりにも馬鹿げているのは明らか。でも、その問題を解決出来るのがデスティニープランの要なの。全ての人がコーディネイターとなり、生まれた時から幸せになる運命を与えられる。決して間違えた道に行くことがない、それが人々の……」
「アウラ……僕は、間違っていたのかな。」
「そ、それは……」

そうではない、と言い切ることが出来なかった。アウラはギルが不確定要素と化すことを恐れていた、かつてのクライン博士がそうであったように。人を愛することを知ってしまったギルを、プランの根幹に置くことが出来なくなった以上、彼をプランから排除する必要が出ようとしていた。

「あなたはまだ……運命の人と出会えていないのよ。きっと、まだ……これからあなたには……!」
「タリアが……彼女が運命の人ではないと!アウラはそう言いたいのか!?」
「くぅっ……!」

選ぶ言葉を間違えたとアウラは重ねて後悔をする。ギルにとってタリア・グラディスという女は、運命に抗って、敗れ果てようとも添い遂げたい存在なのであった。

「私がいつ彼女を否定したっていうのよ!?でもっ、結局そうやって自分で道を選んだのはあなた自身じゃない!」
「僕が自分で間違った道を選んだって……そう言いたいんだろ!?」
「ええそうよ!道なんて何本もあっていいものじゃないのよっ!未来はずっと先が見えるたった一本の道じゃないといけないんだからっ!」

とうとうギルが間違った選択をしたと突きつけ、彼を否定してしまうアウラ。そしてまた彼女は、そうした彼に対して正しい唯一の道を示そうとする。

「可能性なんて必要ないのよ……!そんなものを自由に、好き勝手に選んで、それで最後はみんな不幸を選んで苦しんでいるじゃないの!」
「僕がタリアと出会ったことが、そんなに不幸だって言いたいのか!?」
「出会わなければ不幸になることだってなかったでしょ!?何よ……私の知らないところで勝手に恋をして、勝手に不幸になっただけのクセにっ!」
「だったら僕にも正しい道を選ばせたらどうなんだ!?あの時みたいに……アウラがラクスを取り戻そうとしたクライン博士の時みたいにっ!」

それは、言ってはいけない言葉であった。幼い少女の姿をアウラの瞳に、あの日の記憶が鮮明に蘇ろうとしていた。

「あぁっ……!あっ、あっ……あぁぁぁ……!」

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