第三話

~2013年9月、浦東その2~

「プラトンホテル、プリーズ」「○△×?」「プリーズゴー。プーラートーン、ほてーる」「△△○?」「わいはいる。なんきん とんるーです」 「★▽○×??」「んーと。ふいはいる、なんちんとんろ?」「○▲◆□??」「ホテル、プラトンだって」

何で英語が通じないんだよ。更に国際空港で客待ちしてるタクシーの運転手に世界4大ホテルの「プラトンホテル」が通じないってどういうことなんだ?英語は万国共通語だって中学の先生が言ってたけど違うのか?

そもそも、だ。なんで赴任そうそうこんな目に合わないといけないんだ。赴任と呼んでいいかどうかもよくわからない今回の処遇なんだけど。「とにかく上海に行って事務所を開くこと」そんな赴任命令ってあるんだろうか?

おっと、ここで説明しておくと僕の会社はIT ベンチャーで企業向けのソフトウェアを作っている。中国で会社を立ち上げて製品を中国で売ってくると言うのが僕の使命。うちは技術の会社だから営業がすくない。日本人しかいないから中国語ができる社員はいない。だからといって営業でもない中国語も話せない僕に赴任命令が出るだろうか?「矢崎くん、君ほど適任は居ないんだ!わが社の社運は君にかかってる!これは役員会の決定なんだ!」という社長の命令がある日突然、出た。まさに青天の霹靂。ベンチャーは意思決定が速い。それは同時に拙速という両刃の剣でもある。そしてベンチャーはワンマン経営である。従って僕にノーは無かったのだ。断れば首である。悩みに悩んだが(いや悩む時間はくれなかったけど)幸い僕は独身だし、まあとりあえず行ってみるかっていう軽い気持ちで引き受けた。ああ、本当に軽い気持ちだったんだよ。さて、話は戻るけど浦東空港からMAGREVという英語表記の超特急に乗ることができないとなると市内への交通手段は地下鉄かタクシーだ。ガイドブックによると地下鉄2号線は目的地までなんと1時間以上を必要とする。リニアの時速400キロはどうやら事実のようだ。そこで僕はタクシーを選択した。それが大きな間違いだった。空港のタクシー乗り場から白タクに乗るわけが・・・ない。ここは安全と信じよう。スーツケースをトランクに入れるのを手伝ってくれるところをみると中国のサービス業も進歩しているようだ。上海万博の効果なのかな?そして走りだして1分程度経過して長いトンネルを抜けたところで行き先について話し始めたのだがこれが全く通じない。どうしよう。「カッチカッチ」とウインカーを出し車を止めてルームライトを点灯して運転手が僕の地図を確認する・・・けど、どうやら老眼がひどいらしい。眼鏡をかけたり外したり目をしばしばさせてみている。なにを考えてるんだろう。「ハオ!」意を決したようで運転手が車を降りた。電話で行き先を聞いてくれるのだろうか。「バスン」あれあれれ?年寄りの運転手は僕のスーツケースをトランクから取り出して少し向こうになげた。「な、なにをするんですか?」降りてバッグを拾いに行こうとした僕と入れ替わりに運転手は車に乗り込んだ。「え?」振り返る僕をおいてタクシーは走り去った。10メートル先で後部座席においてたもう一つの仕事用バッグを窓から投げ捨てて。「えーっ!」ありえない、ありえない。日本ならありえない。どこだここは?あたりは真っ暗だ。僕は途方にくれてしまった。

たぶん成田空港から10分くらい走ったところとほぼ同じ状況だとなんとなく悟ってしまった。河川が近いのだろうか大合唱をする蛙の鳴き声は日本とそう変わらないのがなんとも悲しかった。

これから、どうしたもんだろう。夜盗とか暴走族とか来て殺されるのかなぁ。いやそれどころか前も後ろも真っ暗で月明かりしかなくてたった10分程度しか経ってないけどもう誰でもいいから来てださい。「もう泥棒でもなんでもいいです。心細くて死にそうだよー」どうつぶやいても「グワッグワッ」帰ってくるのはかえるの声だけだ。「ああ、そうだ!」カバンにスマホがあるではないか。タクシー運転手のまさかの行動に気が動転してた。これで助けを呼べばいい。日本のだれかに頼んでもいいしネットにつないで・・・「け、圏外」心が折れる音って耳に聞こえるんだね。僕にはその時、なんだか小枝が折れるような、そんな音が聞こえた気がした。「だれかーっ!誰でもいいから来てよーっ」大の大人がなりふりかまわず叫ぶ。まあそれくらい追い詰められてしまったんだ。

その時のこと。一陣の風が吹き月明かりの中をどこからともなく無数の花びらがクルクルと舞い踊りその渦の中心から「ぽんっ」という音とともに女の子が現れた。「きゃっ」尻もちをついてまさに「舞い降りた」女の子は「あなた、私、呼んだ?」と僕を見た。「ええええっ! 呼んでないよっ!き、君は誰だい?」「呼び出し。しらきるか?日本人の男。サイテイ」「なんだよ、何を言ってるんだ?」突然でてきてなんだこの子。でも、よく見ればかわいい女の子だ。

「だれでもいい。あと説明する。こんなところ、朝くるまで、いる不可能。あなた、わたし、町、一緒、行く」「い、いやちょっと待って」「もうすぐ蛙、たくさん、くる」「それはダメ。僕は蛙が苦手なんだ」「じゃ黙る。じっとする。わたし、つかまる」そういうと彼女はピンクの小さい花がついた小枝をチャイナドレスの袖から出してそれをクルクル回した。するとどこからともなくあたたかい風が吹き始めた。そしてそれは大きな手のように僕たちをそっとつつんだ。その風に花弁の渦が流れ込み、一体化して僕と彼女とスーツケースを地面から少し持ち上げたかと思うと彼女は言った「ちゃんと、つかまる、いいね」「は、はい」僕は彼女の細い二の腕にしがみついた「とんとん!」なんかにらまれた「ご、ごめんなさい」そして、彼女が小枝を振り上げると僕たちの足元は更に浮き上がり、みるみるうちに地面から遠ざかっていった。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?