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「すもも!ちーらま?」

第一話

~2013年9月、浦東~

その時、僕はもう上海に居た。いや正確にはまだ上海ではなかったのかもしれない。どこからどこが上海なのかそんなこと、その時の僕にはわからなかった。仕事で行ってるのだから頼りないことを言うな、と言われるかもしれないが外国から来た人が「東京に着いた」とSNSでつぶやいたのを見てそこが町田駅前だったらどうだろう?「いいね!」するだろうか?そこで気の聞いたコメントをつけることができる東京在住のあなたも関西空港で「大阪なう」とつぶやいたら次の瞬間、大阪中の人々に「そこは和歌山でんがな」とツッコまれるだろう、違うけど。いや、話を戻そう。ここは広大な中国大陸である。そりゃおおざっぱに違いない。人口が10倍なら精度は10分の1かもしれないではないか。10キロ離れてるのと100キロが・・・やっぱりそんな話はもういい。とにかく成田空港から「浦東空港というたぶん上海であろう場所」に到着したのは現地時間で夜の22時だった。羽田から3時間少々である。幸いなことに中国と日本は時差が1時間しかないから身体が楽だ。

以前、アメリカの西海岸に行ったときは昼夜逆転だからキツかった。昼間は眠いし夜は寝られない。1週間滞在して時差ボケが解消する頃には帰国。そして日本国内で時差ボケというよくある話で帰ってきてからも仕事にならなかった。時差という点において中国という国は日本からビジネスの対象として欧米よりはるかにハードルが低いと言えるだろう、なぁんて今更感じてしまうが実感というかビジネスにおいて肌感覚は大事だと思う。 

さて、 ガイドブックによれば浦東空港から上海のホテルまではリニアモーターカーで15分程度だ。そんなことを頭の中で反芻しながらガラガラのパスポートコントロールをなんなく通過して手荷物を受け取る。中国は人が多いから大変と聞いていたがずいぶん人が少ないように感じる。羽田なら最終便は混雑するのに意外と空路の利用は少ないのだろうか。それとも国内にたくさんの空港を建設したという話をきいてきたが、だから混雑しないのだろうか。空港をたくさん建設したその次第であるが「近代化はまず交通網から」ということで土地が国有なのをいいことに道路、線路、空港と邪魔な住民を立ち退かせてガンガン建設したようだ。引っ越し先も国有土地のあっせんだから立ち退き住民も喜んで引っ越すだろうし、なるほどそりゃ発展、早いよね。13億人もいれば工事の人手には困らないだろうし。そんなことを考えながら歩いていたらやっと「行李受取」と書いたベルトコンベア前に到着した。可愛い子犬が歩いてきたのでなでようと思ったら「麻薬犬」と書いたベストを着こんでいた。所変われば品変わるというけどずいぶんだなぁ、と慌てて手をひっこめて「公安」と書いたバッジを着けたすっぴんの女性警官に笑われながらも買い込んだ新しい72センチサイズのスーツケースを受け取った。さて漢字というのは全く便利で中国語ができなくてもなんとなくわかる。さっきの「行李」だってそうだ。アジアはつながってるんだよね。なぜか税関を出るときにX線検査があって、やっとシャバに出られたぞ。やれやれだ、で次はどこかな・・・と。「磁気浮上線」と書いてあるこれがリニアモーターカーだろう。すげぇ、俺なんとかなるじゃん。しかし表示に沿って歩いていくがいつまでたっても到着しない。まあ、国際空港とはこんなものなのだろう。さらに広大な国土を持つ中国の国際空港なのだから広いに違いない。こういうところから慣れなくてはならないのだ。アメリカなら空港内の電気カートがあったけど。そうだ、僕は今月からこの国で仕事をするのだ。考え方から慣れる必要があるんだ。習うより慣れろというではないか。慣れだよ慣れ。そして30分、いや40分近く空港内を歩いた僕を待っていたのはシャッターが下ろされた切符売り場。つまり「最終電車」が終わってしまった誰も居ないリニアモーターカーの駅だった。

「こんなの慣れるわけないよ」

掃除夫さえいない巨大な改札に僕の小さな独り言が大きく響いた。

つづく

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