吉峯弁護士の「専門家会議の「クラスター対策」の解説」が???な件

上の記事について。
元になった資料に目を通していないので何とも言えない部分もあるんですが、氏の説明に色々と問題を感じたので、こちらにまとめました。


1. 本当に「封じ込めには失敗した」のか?

まず、「封じ込め」と「緩和」についてなんですが。
「既に封じ込めに失敗した」というの自体がまず微妙で、正確には「経済や平常通りの国家運行に影響を与えない範囲での封じ込めに失敗した」と言うべきでしょう。

中国が実際にやって見せる以前、ロックダウンも渡航禁止も不可能だろうと、政治・経済界を中心とする多くの人に思われていました。中国が実際にやってからも、「あれは中国だからできた事」「他の国には取れない手段」だとメディアで何度も言われました。

メディア等で「封じ込めに失敗した」という表現がされるのは、恐らくその名残りだろうと思います。

吉峯さんは、
・封じ込めには失敗した→
・でも専門家会議は感染拡大を避ける道があるという奇妙な主張をしている→
・その奇妙な主張の正当性が「クラスター対策による封じ込め」
だと説明されていますが、実際はちょっと違います。

吉峯さんもその後計算を披露されていますが、問題はどちらかというと、「封じ込めを諦めて緩和に切り替える」ことで生じる死者の数が、とても受け容れられるものではない、という事です。

120万人って、ちょっとした世界大戦の負けに匹敵する死者です。
12万の時点で、株価だの今期の利益だの次の選挙だの全部吹っ飛びます。120万なんて大災厄になってしまえば自分だって吊るされるかもしれないという人はたくさんいることでしょう。
そしてそのリアルな可能性がしっかりと認識されると、「次の選挙で勝つ気なら絶対にできないような事」をやってでも止めなければならない、という事になります。

イタリアでもフランスでもスペインでもアメリカでもイギリスでも、ICU稼働率が本来のキャパシティの100%を超える頃と前後して、段階的にロックダウンを始めました。
世界の多くの国々がだいたい同様のパターンを踏襲しています。段階の概要は以下のような感じです。

1・学校や大勢の集まりなど、限られた商業活動の停止。地域封鎖。外部との往来禁止
2・飲食・薬局以外の店舗閉鎖、出勤・緊急・生活維持の必要最低限以外の外出禁止
3・飲食、薬局等必要最低限以外の経済活動全て停止。食料調達、緊急、運動以外の外出禁止
4・問答無用で外出禁止

それが遅かったのか早かったのかについては後に個別に検証すべきでしょうが、これは早すぎてもいけないものです。政府が絶対的必要性もないのに気軽に戒厳令をかけるなんてことはあってはなりませんから。

幸いなことに、ロックダウンはこの新型コロナに対してかなりの効果を見せています。

論理的には論文を引くまでもなく、人々を隔離することで新たな感染者を出しさえしなければ、軽症、無症状の人は数週間で治癒し、体内のウイルスも無力化します。
重症者の治癒には時間がかかりますが、隔離することで新たな感染を防ぐ事ができます。
完全にとは行きませんが、指数関数的に新たな重症患者が発生するアウトオブコントロールな状況から、一つ一つクラスターを追跡・隔離して潰すことができるアンダーコントロールなところまで戻すことができるという実例を中国が示しました。

ただし、感染から症状が表れ重症化するまでに時間がかかるウイルスの性質上、今日から新たな感染を止めても二~三週間は、今日までに感染した人たちの中から重症患者が指数関数的に増え続けます。
つまり、ICUのキャパシティが飽和する二~三週間前の時点でロックダウンをかける必要がある、という事です。現在は医療キャパシティの小さい国には百人程度の感染者が確認された時点で発動されるようにまでなってきていますが、先ほども言ったとおり民主主義との兼ね合い等あり、そこまで思い切った事が可能になるにはそれなりの前例が蓄積される必要があったようです。


話を元に戻すと、吉峯さんの解釈では、
1. ロックダウンというオプション自体が存在せず、
2. 「封じ込めは既に失敗した」事になっていて、
3. 「だから緩和しか方法はないけど緩和は大量の死者」という背景の中、
4. 実質上唯一のオプションという位置に「クラスター対策」が置かれていて、
5. これが失敗すると15~150万人が死ぬ
という、ちょっと違う話になっています。

たぶん専門家会議は、そうじゃなくて「まだ日本はロックダウンしなきゃいけないほどの状況じゃないから、とりあえずクラスター対策で踏ん張ってみよう」と言ってるんだろうと思います。

問題は世界中で、制御不可能な死者数に達し「もっと早くロックダウンをかけなければならなかった」という反省に至っているときに、「まだ日本はロックダウンしなきゃいけないほどの状況じゃない」という認識が本当に正しいのかどうかです。

吉峯さんは、「奇妙に低い日本のR0」というセクションでそれに関して論じているのですが、
その議論がちょっとよくわかりません。

まず、「日本のR0は諸外国と比べて低い模様」という観測にはわたしも同意します。
しかしこれは、吉峯さんが言うように「日本の感染者数・重症者数・死者数の推移は、1月から一貫してR₀が低いことを示している」からではなく、「まだ日本でイタリアのような爆発が起こっていない」から言えることです。


吉峯さんは

これに対して、検査を抑えているからではないかという疑問もあるわけですが、検査抑制は指数関数的増加を数日ずらすだけの効果しかなく、1月から一貫して緩い傾きが続いていること説明できません。 


と自問自答しているんですが、ちょっと何を言ってるのかよくわかりません。

感染が広がっていても、検査数自体を抑えたり、検査対象を絞ることで、検査によって初めて確認される「感染者数」の増加を緩やかに抑えることはできます。

たとえば↓のような広がり(赤い点)に対して茶色い四画のような範囲で検査をすれば、実際感染が広がっていても観測される感染者数の増加(グラフの上昇)は緩やかなものになります。(というか、どんなサイズの範囲をどれだけ指定するかで変わるようになります)

画像1


今はまだ、イタリアのような大規模な爆発的増加は起こっていません。
ですから、日本では感染の拡大がおそらくイタリアよりは遅いのでしょう。手洗い、マスクなど、減速される理由はいくつも考えられます。

仮に、日本における感染拡大の速度がイタリアの半分だったとすると、イタリアの赤い線に対して日本では青い線のような形で増加が起きるという事になります。

画像2

45でICUが飽和するとしましょう。
ひょっとすると今はこのグラフでいう22-24ぐらいのところにいるのかもしれませんし、38-40ぐらいのところにいるのかもしれません。
これは二倍で計算しましたが、そこまで差がないかもしれません。
吉峯さんの言う「引きこもりで二次元に生きるオタクが多いこと」でどの程度の減速が起きるのか、シミュレートすらされたわけではなく、当然減速が起きることが証明されたわけでは全くありません。
今確実に言えるのは、「日本の感染者数はまだ45に達していない」ということだけで、後はただの吉峯さんの想像でしかありません。

「これは謎ですが、詮索しても仕方ありません」と吉峯さんは言いますが、「日本人がやっていることで感染拡大速度を半分にできること」が何かあるのであれば、それが何かを特定する事は今後何千、何万という人の命に関わってくるぐらい大切な話ですので詮索するべきです。また、この「謎」がうまく機能してくれることに今後日本人の命運がかかっているのであれば、やはり詮索するべきです。

どうやって詮索するかというと、検査をたくさんします。すると、「どういう状況だと感染しやすくて、どういう状況だと感染しにくいか」というのが少しずつ、検査を広げるほどよく見えて来るようになる。諸外国ではそうやって検査データ集めたりゲノム解析したりして、バンバン論文を出して知識を共有しているわけです。そうやって急速に蓄積されていく知識と経験値に照らし合わせて、「日本の検査数だと実際の感染数は把握できない」と言われてるわけです。

何はともあれ、吉峯さんの「解説」では最初から「クラスター対策が事実上唯一のオプション」ですから、この辺りは一切話に出てこないまま、「クラスター対策の理論的根拠」に話が移ります。



2.「クラスター対策の理論的根拠」

コロナの感染者は少数の「たくさんうつす人」と多数の「あまりうつさない人」に分かれる傾向があるという論文をベースに、「たくさんうつす」こと(=クラスター感染)を抑止・制圧できればR0<1を達成できる(つまり、時間とともに感染者が減っていくようになる)、と吉峯さんは解説します。
クラスター感染の抑止・制圧のための手段は「中澤教授は「天才」と評して」いるという「Nishiura論文」です。

「110の感染例」を分析し、
・ほとんどの感染者は誰にもうつしていない
・うつした人は少数(2例)、両方閉鎖された環境だった
と述べた論文らしいのですが、吉峯さんはそこから、「クラスターは閉鎖環境だから発生する」と結論づけます。

「クラスターが発生し得る/し得ない状況」を、2(110)例のデータから判断なんかできません。

この110件のデータにしても、「屋外にいた人の8割は誰も感染させなかった」のではなく、そもそも「接触があったかもしれないという人が肺炎になったけれど、屋外で密接していなかったので濃厚接触ではないとして検査を受けさせなかった(その中から検査が必須になる重症例が出なかった)からゼロ」というバイアスがかかってる可能性もあるわけです。

今世界に三十万件の症例があるのに、未だに110件のデータからグラフ化したものをどうだこうだ言ってる時点で大丈夫なのかよ、とかも思います。
その分析からの考察に何万人かの命を委ねるって、それだけでとても正気の沙汰だとは思えません。

この後、「閉鎖環境でクラスター感染が生じるなら満員電車で発生しているはず、でも発生していない」と一瞬論文をダウトするかに見せた吉峯さんですが、そうではなく、「閉鎖環境というだけでは条件設定が正しくなかった、ここに密集・密接という要素がくわわる」という専門家会議の結論を紹介します。

クラスター対策班が様々なデータから(上記論文の2/26以降のデータも見ているでしょう)、経験も踏まえて導き出したのが「密室・密集・密接」の三条件です。おそらく精緻な数理モデルの解析はまだ完成していない状態ではないかと推測します。

と吉峯さんは言いますが、どこまでがファクトでどこまでが吉峯さんの想像なのかよくわかりません。論文の時は論文も症例数も示されましたが、「修整」に用いられたデータが何だったかもどうもちゃんと明示されていないようです。
でも吉峯さんは、「もしすべの市民がこの三条件(密室・密集・密接)を避けることを遵守できれば……コロナ感染の大部分を封じ込めることができるのです」とまで言ってしまいます。
しかもそこで、突然「ロックダウン」が話に登場します。

もし全ての市民が三条件を避けることを遵守できれば(それは武漢・欧米で実施されたロックダウン・都市閉鎖と比べると、極めて簡単なことです。)、Nishiura論文の図の灰グラフの閉鎖環境ケースの二次感染をカットできると期待できます。
すなわち、比較的容易な行動変容により、クラスター感染を予防し(感染の予防ではありません。この違いが本質)、コロナ感染の大部分を封じ込めることができるのです。

(太字は原文ママ)

「最後の希望」って「クラスター対策」のことじゃないんでしょうか?
これか15万人死ぬかしか選択がないって話でしたよね?

この先吉峯さんの迷走はさらに深まり、クラスターの検知は、重症者(=主に高齢者)のPCR検査が主要な手段 と位置づけた上で、それだと時間がかかりすぎると言ってみたりで、ちょっと何を言いたいのかわかりません。
挙句の果てに、「それか、若者大量検査をするか」しか選択肢がないみたいに絞り込んだ上で(好きですね、この論法)、「若者大量検査」がなぜ上手く行かないかに擬陽性を持ち出したりするんですが。

そうじゃないんですよね。
さっきも言ったけど、渡航暦か「濃厚接触」(と認められるもの。正確な基準不明)に該当しなければ、ICUを必要とするまでPCR検査しない、というような縛りをやめて、医師が臨床的に疑いありと判断した件に関しては(インフル陰性など一定の条件は設定)もっと迅速に効率よく検査にアクセスできるようにすべきなんです。
そして、最新の知見で「まあこれぐらい検査しててこれしか出て来ないなら何か日本では特別な要因が働いて、指数関数的増加はしていないと確信できる」と世界に認められるぐらいのレベルまではちゃんと検査枠を拡大すればいいんです。

検査技師さんなど、ボトルネックは各所で生じることでしょう。しかし、外国では(欧米とかだけじゃないです。東南アジア、中東、アフリカでも)そうしたボトルネックを臨機応変にテクノロジーの投入などを通して解消していってます。全自動検査システムの開発普及含め。検査技師さんがオーバーワークになるから需要のほうを抑制しようという論調もなぜかツイッターではやたら元気がありますが、冷静になってよく考えてください。自力で開発できないなら輸入へ、迅速に踏み切るほうに圧力をかけるべきです。


「検査、検査、検査」と言ってるWHOですら「100人の感染者を捕捉するために無症状含め百万人をスクリーニングにかけろ」なんて言ってません。

そして擬陽性ですが、今のところ一度も海外メディアや文献等で問題にされているところを見たことがありません。果たして本当に1%の擬陽性がいたとして、何の症状もないなら自宅で14日間自己隔離してもらうだけだから誰も特に気にしてないのでしょう。


最終的には吉峯さんは、例の三条件を守ってればリスクは軽減されるからそれを信じて経済をまわそう、と提言して終わっています。

もう一度言います。
今の検査規模では新規発生クラスタを捕捉するどころか、感染者数の推移を正確に推定することすらできません。
ですからインフル以外のウイルス性肺炎等、医師が疑いありと認めた件に関しては、濃厚接触や渡航暦がなかろうが簡単迅速にPCR検査できる体制を整えるべきです。


こちらの報道では、今の日本のシステムだと「まず電話がなかなかつながらない」といいます。その上つながっても断られるのがわかっている場合、医師もよほどのことがなければ検査要請はしなくなるでしょう。ですから医師会の「要請が拒否された」という290件は氷山の一角でしかありません。


まずは実際の感染者数の規模と推移をできるだけ正確に把握すること。
全てはそこからです。
目隠ししたまま火を消すことはできません。

そして大丈夫、ICUがパンクしてから初めてロックダウンをかけても、150万人も亡くなるようなことにはまずなりません。
ただ下手をすれば数千という規模で、早くに準備すれば死なずに済んだ人が死ぬ可能性はあります。だからちゃんと検査をして先手を打ちましょう。

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