遠い火

 OJTを任せられることになってしまった。
 その話を聞いた時「まじか、正気か」としか思えなかった。なぜなら説明が異様なほど苦手だからである。多分それを押し付けてきた上司ちゃんもそのことを知ってる。だから押し付けてきたのかもしれないけど、とりあえず今も「まじか」と思ってる。
 しかもいまのプロジェクトの作業が絶望的に向いてない…と思っていた矢先だった。小手先だけで結果を出すのはうまいのでどうにか凌いではいたが、人に説明をするとなると小手先ではどうしようもない。無理だ。
 とはいえもう決まってしまったことなので嫌とも言えず「はぁ」という曖昧な返事でお茶を濁した。上司ちゃんは上機嫌で帰っていた。
 自分のデスクで来月の予定を確認する。納期は前半に詰まっていた。エクセルのカレンダーを見ているとわー!!となりそうだったのでとりあえずトイレに逃げ込んだ。トイレはいつだってそこにあるから優しい。
 しゃがみこんでこれからのことを考えようとしたが、その前に今までの自分のダメなところや最近のストレスがどどどっとなだれ込んできた。こうなるともうダメダメでぼろぼろ涙が出てきた。トイレに駆け込んで泣くのはよくあることなので泣きながら冷静な自分が「あーあ」と言っているのがきこえた。あーあ、また泣いちゃって。
 ようやく泣き止むとあることに気づく。立てない。というか、立とうとする意思はあるのに気力がない。トイレの壁がやけに高く見えた。自分のデスクが怖くて遠いものに思えた。
 どうしよう、と思う反面、もういいかと思った。自分に甘いくせに変に投げやりでそういうところも嫌いだったりするくせに。
 ぼーっとトイレの壁を眺めているとふとぽんっと頭に浮かぶものがあった。「いつだって一緒に頑張ろうね!」というウェブに綴られた文章。10月13日の京本くんのブログの一文だった。ついでにそのとき添えられていた化け鳥ちゃんの絵も一緒に浮かんだ。化け鳥ちゃんってなんだろうね…。
 その文章を見るぐらいならできる気がして携帯をぽちぽちしてジャニーズWEBにアクセスする。本当はPDFにしてとってるからわざわざサイトでみなくてもいいのだけれど、どうしても自分の手でそのページを選んでみたいような気がした。
 何度も何度も読んだページを見返す。読んでたらまたぼろぼろ泣けてきてしまった。一人で焦ってたことがすこんと抜けたような気がした。アイドルに向いてないという彼が頑張ってる場面を何度も見てきた。わたしだっていまの仕事は向いてない。だから頑張ろうという気にまでは回復しなかったものの、どうにかしようという気にはなった。見上げたトイレの扉はさっきより多少低く見えた。向いてなくたって小手先だってどうにかはなったのだから。
 鼻をすすって立ち上がる。立ち上がれたことにホッとしてもう一度「いつだって一緒に頑張ろうね!」という言葉を思い出した。自己暗示に近かったかもしれない。何でもよかった。

 本当は立ち上がる燃料ぐらい自分で用意して自分で着火しなきゃいけない。でも基本的にわたしの持ってる薪は湿気ってるのでなかなか着かないし、つけたとしてもすぐ消える。それどころかつけたくないと駄々をこねる日もある。
 そういう時に見えない手がぽんっと湿気った薪に火種を置いてくれることがある。火種なのであとはそれを消さないようにするのは自分次第だけれど、アイドルを好きでいるとそういう救われ方をする時がある。
 
 いつだって一緒に頑張ろうねと、強く生きようねと言ってくれるあの人はいま帝国劇場で必死に立っている。それを見届けるまではとりあえずどうにか湿気った薪の火を消さないようにしよう。
 今度帝国劇場で立つ姿を見たら泣いちゃうかもね。

 
 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?