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旅する音楽 14:ジャン=ピエール・ランパル『テレマン:無伴奏フルートのための12の幻想曲』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2015年11月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

少年時代の想い出が蘇るフルートの音色

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ジャン=ピエール・ランパル『テレマン:無伴奏フルートのための12の幻想曲』

 ティーンエイジャーの頃、最も行ってみたい国はドイツだった。というのも、僕の憧れの人が住んでいる場所だったから。その人は、フルートの先生だった。小学5年生のときにひょんなことから興味をもち、近くの音楽教室に通って出会ったのだが、銀縁のメガネを掛け、いつも睨みつけるような表情を崩さない女性で、その容貌同様にとても厳しかった。

 まず、子ども用の教材は一切使わず、退屈で難解な教則本を徹底的に叩き込まれた。当然、練習をさぼるとレッスン中に雷が落ちる。小学生に対しても大人と変わらず手抜きなし。その代わり「君は素質があるから」といってコンサートにも頻繁に連れて行ってもらった。今は亡き世界的な名手であるジャン=ピエール・ランパルの演奏に触れられたのも、その先生のおかげだ。

 ランパルが録音したドイツの作曲家・テレマンの「無伴奏フルートのための12の幻想曲」は、当時よく聴いた楽曲だ。文字どおり伴奏なしのフルートのみで演奏され、その孤高の雰囲気も大人っぽくて気に入った。バロック音楽特有のメランコリックな音階やメロディーは、それほど技巧的には聴こえない。しかし、この曲を優雅に吹きこなすには修業が必要だなあと思ったことを覚えている。

 そんな厳しい練習を続けていた矢先、先生は突如クラシックの本場で学びたいといって、ドイツに移住してしまう。僕はテレマンを聴きながら、いつかはドイツに行き、ランパルのように吹けるようになって先生に披露しようと練習に励んだ。しかし、後任の先生はとても優しく、そのせいで気が抜けてしまい、程なくしてレッスンもやめてしまう。移り気な10代なんてそんなものだ。

 いつしかドイツに行く夢も儚はかなく消えてしまい、いまだその地には足を踏み入れていない。でも、僕は今もランパルが吹くテレマンを聴くと、枯れ葉が舞い散る石畳の小径を先生が歩いている姿を想像してしまう。そんな甘酸っぱい想い出とともに、ランパルの演奏は輝き続けている。


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