見出し画像

ポール・サイモン『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』 - 過去記事アーカイブ

この文章は「エンタメステーション」というサイトに書いたレビュー原稿(2016年7月16日掲載)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

ポール・サイモン『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』

サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」や「明日に架ける橋」は、音楽の授業で初めて聴いた。そんな僕のような完全なる後追い世代にとってのポール・サイモンといえば、なんといっても『グレイスランド』のイメージが強い。1986年に発表されたこの7作目を数えるソロ・アルバムは、アフリカのミュージシャンを大々的に起用した意欲作だった。レディスミス・ブラック・マンバーゾやユッスー・ンドゥール、ヒュー・マセケラなどをゲストに迎え、アフリカン・ビートをロックのフォーマットへと大胆に融合してみせたのだ。

グラミー賞授賞式だったと思うが、カラフルでにぎやかなバンドをバックに歌い踊る彼の姿は、いまだに目に焼き付いている。当時は「アパルトヘイトに加担するのか!」と中傷され、なにより古くからのファンからは「あんなサウンドは借りモノだ」なんてそっぽを向かれたそうだが、アフリカ音楽の躍動感を大事にしながらも、あくまでもサイモン印でしかない楽曲群の素晴らしさは今聴いても見事だ。

その後、1990年にリリースされた『リズム・オブ・ザ・セインツ』は、アフロ・ブラジリアン音楽のリズムの面白さをわかりやすく伝える役目を果たしてくれたし、思えば『ポール・サイモン』(1972年)の冒頭を飾る名曲「母と子の絆」はジャマイカ録音のレゲエ風サウンドだ。さらに、サイモン&ガーファンクル時代にはアンデス民謡の「コンドルは飛んで行く」を取り上げているわけだし、エキゾチックなサウンドへの憧れが、彼の創作の原動力になっているといっても過言ではない。

さて、そんなことを念頭に置きながら、彼の新作アルバム『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』を耳にすると、思わずニヤリとしてしまう。冒頭の「ザ・ウァーウルフ」から「どこの国?」と思わせる無国籍サウンドが聴こえてくるからだ。インドの一弦琴ゴピチャンド、ブラジルのパンデイロにも似たハッジーラ、ジンバブエ産親指ピアノのムビラに加え、ディジェリドゥーみたいな管楽器や教会を連想させるパイプオルガンの響きまでが渾然一体となって耳に飛び込んでくる。とにかく、地球儀をぐるぐる回して思いついた音をぶち込んだようなアレンジが、なかなか刺激的なのだ。

このとてつもない音の冒険を手助けしているのが、クラップ!クラップ!だと知るとさらに驚きが増す。クラップ!クラップ!はイタリアを拠点に活動する先鋭的なサウンド・クリエイターで、2014年に発表したアルバム『タイー・ベッパ』では架空の島を舞台にした一大音楽絵巻に仕立て上げ、日本でも大きな話題になったばかりだ。サイモンは息子からこの若き鬼才のことを教えてもらったそうだが、すぐイタリアに会いに行き、新作への参加をオファーしたという。ここに、サイモンならではの嗅覚の鋭さと、フットワークの軽さを感じさせる。しかも、この試みは一聴してわかる通り大成功しており、他にも「リストバンド」、「ストリート・エンジェル」という2曲でもコラボレートしているのだ。

本作でもうひとり注目すべき存在を挙げるならば、ニコ・ミューリーは外せない。もともとフィリプ・グラスにも通じるような現代音楽やミニマル・ミュージックに精通した作曲家だが、アントニー&ザ・ジョンソンズやビョーク、ルーファス・ウェインライトなどの作品にも関わっているというと伝わりやすいかもしれない。ニコは「プルーフ・オブ・ラヴ」と「クール・パパ・ベル」の2曲でホーン・アレンジを手がけている他、数曲でチェレスタやオーケストラ・ベルズ(小型の鉄琴)などで演奏にも加わり、キラキラとした音色で独特のトーンを与えている。サイモンは以前、『サプライズ』(2006年)で、ブライアン・イーノが生み出す電子音をフィーチャーして驚かせたが、ニコの起用はイーノ同様に、プリミティヴとは対極のコンテンポラリーな空間を生み出すための人材なのだろう。いずれにせよ、クラップ!クラップ!とともに、新しい感性がサイモンの楽曲と見事に融合しているのだ。

しかし、『グレイスランド』がそうであったように、『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』もまた、どこからどう切ってもポール・サイモンの作品でしかないということを強調しておきたい。いずれの楽曲も一度聴けば頭に残るくらいメロディアスで、ギター弾き語りでも成立しそうなシンガー・ソングライター然とした印象がある。もちろん、対訳を読む限りではウィットに富んだストーリーテリングは健在だし、ソフトながら芯のあるヴォーカルも耳に心地いい。刺激的で謎解きのようなサウンドを施していても、結局は彼の歌が説得力を持っているうちは、彼の歌の世界でしかないのだ。そのことをわかっているからこそ、彼は冒険し続けるのだろう。

そういえば、つい先日、現在のツアーを終えたら引退するかもしれないというニュースが流れてきた。たしかに、体力が必要なワールドツアーは、74歳の身体には少し酷なのかもしれない。しかし、おそらくポール・サイモンの音楽探求の旅は続くことだろう。ワールドミュージックから現代音楽までを、縦横無尽に自分の体内に取り入れる好奇心は、そうそう簡単に枯れることではないはずだから。

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?