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旅する音楽 3:マイティ・スパロウ『Sparromania!』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2014年12月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

真冬のロンドンから、カリブの島国への旅

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Mighty Sparrow『Sparromania!』

 初めて訪れたロンドンは、クリスマスが終わったばかり。石畳のストリートはあまりにも寒く凍えそうだったが、心の中はとてもホットだった。ニューヨークと並ぶ最先端の音楽都市だけあって、ライブイベントは豊富だし、薄暗いクラブに潜り込めば最新サウンドが体感できた。観光もそこそこに、とにかく寝る間も惜しんで夜遊びし続けた。

 大晦日を過ごしたのもライブハウスだ。そのときは、スカの有名バンドが熱い演奏で盛り上げ、最高の気分で新しい年を迎えようとしていた。ライブが終わったあとはカウントダウンに向けてのDJタイムがスタート。ブースを陣取る太った強面の黒人DJは、ソウルやレゲエに続けて、トロピカルな雰囲気のレコードをかけ始めた。緩やかにグルーブするラテンのリズムと、楽園を感じさせるハートウォームな歌声。一気に気持ちよくなってしまった僕は、酔った勢いでDJブースに近づき、誰の曲なのか聞いてみた。すると、彼はすごく訛った英語で、「マイティ・スパロウだ!」と教えてくれた。

 帰国してから調べたところ、カリブの島国トリニダード・トバゴで発展したカリプソというジャンルでは代表的なシンガーだった。この『Sparromania!』には、彼の絶頂期である1960年代から70年代の音源がたっぷり詰まっている。政治や貧困といった社会問題に言及した歌詞も多いのだが、温かみのある声から感じられるのは、カリブ海の青い海と白い砂浜、そしてカーニバルの華やかな雰囲気だ。適度に脱力した歌やサウンドを聴けば、どんなに悪天候の日であっても心が晴れ渡ってくる。

 あの DJ の影響なのか、僕はいつしかカリブに憧れるようになった。そして、その後10年越しでついにトリニダード・トバゴ行きを実現させた。おまけに、今ではカリブ音楽についての文章を書くことさえある。あの太った黒人DJとマイティ・スパロウのレコードが導いてくれた、カリブ海への旅。音楽は、新しい人生を切り開いてくれる。

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