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旅する音楽 7:ジョニ・ミッチェル『Clouds』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2015年4月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

希望と不安に満ちた青春を彩ってくれた歌声

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Joni Mitchell『Clouds』

 サンフランシスコを訪れたのは、学生最後の春休み。落ち着いた街並みやピースフルな人々に大人の雰囲気を感じ、とても気に入ってしまった。坂道を上るのにケーブルカーに乗り、港でクラムチャウダーを食べ、ヒッピーの聖地だったヘイト・アシュベリーでレコードを探して過ごした。そしてあるとき、あてもなく街歩きしていて辿り着いたのが、大学の広大なキャンパス。公園のような敷地は部外者でも自由に入れるという。僕は門をくぐって芝生に座り込み、ぼんやりと目の前の風景を眺めていた。笑いながら闊歩する学生たち、ベビーカーを押す若い夫婦、ずっとベンチに座って動かない老人。まるで、これまでとこれからの自分が歩む人生の縮図を眺めているようだった。遠くで髪の長い女の子がギターを弾いている。何の曲かはわからなかったが、その姿はまるでジョニ・ミッチェルのように見えた。

「青春の光と影」というよく知られた名曲がある。ジュディ・コリンズが映画の主題歌としてヒットさせたが、作者のジョニ・ミッチェルも1969年のアルバム『Clouds』でセルフ・カバーしている。ギターをざくざくとかき鳴らしただけのシンプルなサウンドと、少女のような可憐さと意志の強さが交錯する歌声。そして、人生の節目を暗示させる哲学的な歌詞。原題は「Both Sides, Now」だから邦題は直訳ではないのだが、これほど“ 青春 ”という文字が似合う楽曲はないかもしれない。少なくとも、大学生から社会人へと変わろうとしていた当時の僕には、春風のようにほんの少しだけ未来へ背中を押してくれた音楽だった。

 ジョニの歌はどちらかといえば内省的なのだけれど、アルバム『Clouds』を聴くたびに、西海岸特有の乾いた空気やヒッピー文化の名残ある街の雰囲気、そして不安ながらも希望に満ちていた“ 青春 ”を思い出す。ギターを弾いていたあの髪の長い女の子も「青春の光と影」がお気に入りだったんじゃないかな、なんてことを密かに考えながら。


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