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旅する音楽 2:オズ・フリッツ『All Around The World』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2014年11月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

旅を愛するエンジニアが残した記録と記憶

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Oz Fritz『All Around The World』

 旅先でいろんな音を録音していたことがある。当時はまだICレコーダーなんて持っていなかったから、カセットテープで録音できるポータブル・ステレオを片手に、ガチャリと録音ボタンを押していた。この作業の面白さは、予想外の音が記録されることだ。たとえば、イスタンブールの雑踏のなかで身を潜めていたら、急にイスラム寺院から轟音で祈りの声が流れてきて驚いたことがあったし、グアテマラの遺跡に座って鳥の歌に耳を傾けていたら、遠くで響く雷鳴とデュエットしてくれた。

 オズ・フリッツというサウンド・エンジニアがいる。おそらくマイナーな存在だろうし、僕もその素性についてはさっぱり知らない。でも、2004年発表のアルバム『All Around The World』を聴くと、きっとこの人は旅を愛しているんだろうなあと感じられる。ジャズやワールド・ミュージックのプロデューサーとして名高いビル・ラズウェルのお気に入りということもあってか、世界各地を旅し、その先々でレコーダーを回し続けた。

 そして、その記録をコラージュしてつくり上げたのがこの作品だ。オーストラリアの民族楽器ディジュリドゥの神秘的な音から始まり、各地の音楽だけでなく、雨だれ、教会の鐘、虫の声、人の会話などありとあらゆる素材が、まるで寄せては返す波のように現れては消えていく。聴いていると、いったい自分はどこにいるのだろうと思いつつも、いつしか一緒に旅をしている気分になるから面白い。退屈でどうしようもないときでも、目を閉じて耳を傾ければ、あっという間に心が躍るような世界一周旅行に行けるだろう。

 そういえば、このアルバムと出合った頃から、僕は旅先の音を録らなくなってしまった。でも、久しぶりに本作を引っ張り出したことで、またふつふつと録音したい衝動に駆られている。次の旅では、必ず現地の空気をレコーダーに詰め込んでこよう。そして、いつの日か、自分だけの『All Around The World』をつくってみたいと願っている。

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