投票できなかった顛末について


1.はじめに

 私ごとで恐縮だが、本日(7月21日)に実施された参議院議員選挙に一票を投じることができなかった。
 タイミングの妙が生み出したなかなか希有なケースだと思うので、その顛末を少し文章にしたい。


2.選挙人名簿の仕組み

 投票がかなわなかった理由は、「選挙人名簿」にある。
 そもそも「選挙人名簿」とは、市町村が有権者を把握するために、住民票の情報を元に作られる名簿である。選挙の際はもちろん、裁判員・検察審査員の候補者の選定やリコール等の際にも用いられる。このため、選挙の実務は選挙人名簿に基づいて行われており、選挙権を有している者(18歳以上の日本国民(公職選挙法9条1項))であっても、選挙人名簿に登録されていない者は投票を行うことができない。

公職選挙法
9条1項 日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
42条1項 選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票をすることができない。…
44条2項 選挙人は、選挙人名簿…の対照を経なければ、投票をすることができない。

 では、選挙人名簿への登録はどのような条件でなされるのか。
 選挙人名簿への登録は、毎年3,6,9,12月に、各月1日現在の住民基本台帳の記録を元に行われる(定時登録)ほか、選挙公示日の前日の記録を元にも行われる(選挙時登録)。この登録には、大きく2つのルールが存在する。

1.現在の市町村に住んで(転入して)3ヶ月以上が経っていれば、その市町村で投票できる。
2.1に当てはまらない場合でも、3ヶ月以上住んだ市町村を転出して4ヶ月が経過していなければ、前の市町村で投票できる。

 1のルールは、引っ越しなどの際に有名であるが、2のルールはあまり知られていない。それもそのはずで、実は2のルールは、2016年1月の公職選挙法改正で導入され、前回の参議院議員選挙から実施されているものなのである。
 実際に、2のルールで投票する場合には、かつての居住地に赴き、投票することになる。(住民票を下宿先に移さない学生がよく使う、「不在者投票」は、この場合には可能なのだろうか……?)

同法
19条2項 市町村の選挙管理委員会は、選挙人名簿の調製及び保管の任に当たるものとし、毎年三月、六月、九月及び十二月…並びに選挙を行う場合に、選挙人名簿の登録を行うものとする。
21条1項 選挙人名簿の登録は、当該市町村の区域内に住所を有する年齢満十八年以上の日本国民(…)で、その者に係る登録市町村等(…)の住民票が作成された日(…)から引き続き三箇月以上登録市町村等の住民基本台帳に記録されている者について行う。
21条2項 選挙人名簿の登録は、前項の規定によるほか、当該市町村の区域内から住所を移した年齢満十八年以上の日本国民のうち、その者に係る登録市町村等の住民票が作成された日から引き続き三箇月以上登録市町村等の住民基本台帳に記録されていた者であつて、登録市町村等の区域内に住所を有しなくなつた日後四箇月を経過しないものについて行う。


3.今回のケース

 さて、では今回のケースはどんなだったか。時系列に振り返ると、次のように整理できる。

・2019年2月14日 仙台市を転出 (卒業のため)
・2019年2月15日 藤枝市に転入 (実家に仮住まい)
・2019年4月4日 藤枝市を転出
・2019年4月7日 富士市に転入 (配属地での下宿開始) 

 この期間で、選挙人名簿の登録に関係するのは、3月1日と参議院議員選挙の公示日の前日である7月3日である。
 しかし、3月1日現在で住民票があった藤枝市には、実家といえども、書類上は半月しか住んでいないことになっており、前述の1のルールを満たしていない。
 また、7月3日現在で住民票があった富士市も、書類上の居住期間が3ヶ月にわずかに足りておらず、前述の1のルールを満たしていない。
 さらに、3ヶ月以上(6年近く)住んでいた仙台市を転出してからも、7月3日時点で4ヶ月半の月日が経過している。これもわずかに2のルールを満たしていない。
 かくして私は、2016年の法改正の成果むなしく、参議院議員選挙に投票することができなかったのである。選挙権を有してから選挙には必ず一票投じてきたのに、こうした形で投票に赴けないというのは、いささか残念ではある。だが、なかなか得がたい体験を通して、選挙人名簿について詳しくなれたと思えば、今回の“投票棄権”は怪我の功名なのかもしれない。じっと富士山を眺めながら、選挙を促す防災無線の放送を聞いたことは、後から振り返ってちょっとした思い出くらいにはなるであろう。


4.余談という名のまとめ

 ただ、2016年の公職選挙法改正などに見られるように、国民の投票を促すように制度改正がなされているのは、高く評価できる。この20年で見ても、在外投票制度や期日前投票の拡大など、「投票当日投票所投票主義」を柔軟に捉え、多様な投票方法を認める動きが目立っている。また、いわゆる「一票の較差」の問題についても、近時、最高裁判所は投票価値の平等を厳格に捉え、立法府と再三にわたり「キャッチボール」を行ってきた。立法府の対応は決して十分とは言いがたいが、今回の参議院議員選挙では2つの合区が設定され、定数も増えている。その意味で、国民の一票の重みは、投票率の低下と反比例して、増してきているようにも見える。
 こうした流れの中で、今回のケースも全く無関係とはいえない案件だろう。もちろん、選挙の公正性との兼ね合いもあろうが、「投票する意思があるのに投票できない」という事態が少なくなるような制度設計が望ましいことは、論を俟たない。そういうわけで、最後に、最高裁判所の判決文を引用したい。

 国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。…
 憲法の以上の趣旨にかんがみれば、自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。
         在外日本人選挙権制限規定違憲判決(2005年・最高裁)

(2019.07.21)

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