日本のPCR検査のCt値は高すぎて偽陽性がたくさん出ている?デマです

ネットに蔓延るデマを斬ります

今回のお題は「PCR検査に関するデマ」です

すっかり新型コロナパンデミックから立ち直った台湾のCt値は35なのに対して、我が国日本では40以上に設定して感度が高すぎる。
これでは、台湾で陰性だった人でも日本では陽性になってしまう。厳しすぎる基準で陽性判定しても、それは偽陽性なんじゃないの!?

と言った疑問に対して検証してみました。
まず、PCR検査とは何か?Ct値とは何か?の2点について解説します。

PCR検査とは
PCR法はポリメラーゼ連鎖反応:Polymerase Chain Reactionの略です
単にPCR法という場合には、「DNAの特定領域を増幅させる」事を指します。
微量のDNAであっても、増幅させる事で色々な事に応用できます。
この技術を応用した検査がPCR検査となります。
実はPCR検査には色々な種類があります。
ここでは感染症の診断に使われているリアルタイムPCRについて解説します。

開発者が「感染症の検査には使えない」と言った理由
そもそもそんな事を言ったのかわからないみたいです。
「PCRは定性的に物質を識別することを目的としているが、その性質上、数を推定するのには適していない」「この検査はウイルスの遺伝子配列を検出できるが、ウイルスそのものは検出できない」と言った趣旨の発言はどうやらしているらしいのですが、だからと言って「感染症の診断には使えない」訳ではありません。
発言の中にある「PCRは定性的に物質を識別する」とは、簡単に言うと「どんな物があるか」が分かるって事です。
「数を推定するのには適していない」と言う部分は前述の発言と揃えるなら「定量的に推定できない」って感じでしょうか。

定性分析:どんな物か?/性質の分析
定量分析:どれ位の量か?/量の分析

感染症の診断と言う観点では、定性分析だけでは「どんなウィルスが有るか」しか判りません。
実際に感染しているのか?ウィルスがたまたま検出されただけなのか?の判断ができないのです。
それでは確かに「感染症の診断」はできないかもしれませんね。
なので、その方法は診断には使ってません。
仮に開発者が「感染症の診断には使えない」と本当に言ったとしても、実は関係ない話なのです。

リアルタイムPCR
前述の通り、単にPCR法と言う場合は「遺伝子の特定領域を増幅させる事」を指します。
ただ遺伝子を増幅させただけでは、検査はできません。
増幅させて見つけやすくしただけでは、どんなウィルスが居るか?は判っても、どれくらい居るか?まではわからないからです。
そこで登場するのがリアルタイムPCRです。
PCR法の技術を応用して定量分析が出来る様にした検査機器です。

仕組みについて簡単に説明します。
まず、単なるPCR法の問題点から。
微量のDNAでも増幅すればする程増えて行くので、検体に「元々どれくらいのウィルス量があったのか?」が判りにくいので定量分析はできないと言われています。
ですが、例えば少ない増幅回数でDNAが見つかるようになったらどうでしょうか?
元々のDNA量が多いから少ない増幅回数で検出できるようになる=ウィルスが大量に居たって事が推定できます。
反対に、増幅回数をかなり上げないと検出できない=ウィルスが少量しか居なかったって事が推定できますね。
それをリアルタイムにやるのがリアルタイムPCRです。

画像1

↑の図はリアルタイムPCRの分析結果の例です。
横軸がサイクル数(cycle:増幅回数)
青い線が反応曲線(検出されたDNA(PCR副産物)
黒くて太い線が閾値(threshold)
反応曲線と閾値が交わった箇所がCt値(Threshold Cycle)です。
検体の中のウィルス量が多い場合は少ない増幅回数で反応曲線が閾値を越える=Ct値が低い
検体の中のウィルス量が少ない場合はたくさん増幅しないと閾値を越えない=Ct値が高い
重要なのがこのCt値です。
「日本はCt値が高すぎる」と言うアレです。
このCt値ってのは被験者(患者)によって違います。
つまり、設定値ではなく測定値なのです。

Ct値45ではたまたま喉にくっついていたウィルスでも陽性に!?

画像2

↑45サイクルで検査している証拠としてSNSに投稿された写真です。
45サイクル=35兆倍もの増幅をすれば、たまたまくっついてたウィルスや、ウィルスの死骸の断片でも陽性になるのでは?
と言う指摘は間違いではないですが、「サイクル数がいくつか?」はさほど重要ではありません。
古典的なPCR法なら「何サイクルで分析したか?」は重要ですが、リアルタイムPCRはサイクル数よりも「Ct値はいくつか?」が重要です。

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45サイクルと言うのはこのグラフの横軸の右端(サイクル数の上限)と言う意味ですから、測定値ではありません。
45サイクルの所でThresholdを越えるとしたら、それが「Ct値45」と言う事になります。
日本の陽性の基準はCt値40以内(感染研が出してるマニュアル)みたいなので、Ct値45なら「陰性」と判断されるでしょうね。
もっとも、サイクル数の上限での測定値は信頼性が低いので、再検査になるでしょう。

この辺で気づかれたかと思いますが、Ct値=サイクル数ではありません。
サイクル数は増幅回数ですが、Ct値とは「反応曲線が閾値を越えるサイクル数」なのです。
上限の45サイクル(検査キットや装置で変わる)まで増幅し、全てのサイクルで検査→度のサイクル数で反応曲線を越えるか?(Ct値はいくつか?)を見て判定するのがリアルタイムPCRです。

陽性となる基準:カットオフ値

この記事の冒頭部分で「台湾のCt値は35なのに~」と言う部分を正しく表記するなら、以下の様になります。
「台湾での陽性判定の基準となるCt値は35なのに~」
単にCt値と書く場合は被験者ごとの測定値です。
その測定値が幾つ以下なら陽性なのか?の基準をカットオフ値(カットオフCt値)と言います。
このカットオフ値について「日本は厳しすぎる」と言われてます。
台湾のカットオフ値は35未満らしいので、それと比べると確かに高いですね。
厳しい基準で判定してるから感染者が無駄に増えると言う説があります。
確かに台湾の35と日本の40では日本の方が厳しいですね。

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日本の感染研の報告では、Ct値35の検体からもウィルスが分離培養できた(感染力がある)例が僅かながらあったそうです。
Ct値35を陽性の基準とすると、このケースを見逃すかもしれません。
「こんなレアケースを見つけるために、たくさんの“感染力の無い陽性者”を感染者扱いしているのか」って話になります。
確かにPCR検査の結果だけでは、被験者が感染力を持っているのか?いないのか?は判りません。
これだけPCR検査をしている理由は「被験者が感染しているのか?感染力を持っているのか?」を知るためと言うよりも「感染拡大防止」に重きを置いているかと思われます。
「被験者が高Ct値だから感染力が無いかもしれない」のではなく「高Ct値だけど感染力が有るかもしれない」と言う前提で扱っているのでしょう。
区別して考えないといけないのは「感染している(いた)」のと「感染力がある」と言うのは別だという点です。
感染力が無い=偽陽性とはなりません。
感染力が無くとも、ウィルスが検出されたのなら陽性と言う事になります。
では、陽性=感染なのか?と言う話になります。
PCR検査の結果だけで診断してはいけないと言う話にも繋がります。
それについては次のセクションで解説します。

偽陽性と偽陰性

PCR検査の結果については以下の4つの可能性があります。

真陽性(実際に感染しており、陽性判定
真陰性(実際に感染しておらず、陰性判定
偽陽性(実際には陰性だが、誤って陽性判定
偽陰性(実際には陽性だが、誤って陰性判定

PCRの結果だけで診断ができないのは、それぞれの結果の信頼性が100%でないからです。
被験者が実際に感染しているのかを確定するには、症状の有無や曝露歴(発症者との接触)、抗原・抗体検査、CTスキャン等の多角的な診断が必要です。
ここではPCR検査の結果の信頼性について簡単に解説していきます。

前知識として、感度と特異度を知ってください

感度:目的のウィルスを見つける能力
特異度:目的のウィルスと他のDNAを区別する能力
とでもしておきます

感度90%=100人の感染者のうち、正しく陽性と判断できるのは90人(10人は誤った陰性判定で見逃し
特異度90%=100人の非感染者のうち、正しく陰性と判断できるのは90人(10人が誤って陽性になる、他のDNAを目的のウィルスと誤認

感度が低ければ検査での見逃し(偽陰性)が多く発生し、特異度が低ければ偽陽性が多く発生する事になります。
では、PCR検査の感度・特異度はどれほどなのでしょうか?
実はほぼ100%なのです
PCR法は目的の特定領域のDNAを増幅する訳ですが、新型コロナを対象とした検査キットは新型コロナだけに存在する「固有の遺伝子配列」のみを増幅する様にできています。※1
他のDNAが間違って増幅される事はありません。
検査キットは「目的のDNAだけが増幅される」事と、「他のDNAが増幅されない事」が確認されています。
では、偽陽性・偽陰性は起こらないのかと言うと、残念ながら起こります。

・偽陽性が起こる理由について
ヒューマンエラーが考えられます。
人が操作している以上、どうしても起こってしまいます。

・偽陰性が起こる理由について
PCR法(DNAを増幅する)の部分だけで言えば、感度も特異度も100%と考えられるのですが
検体採取の手技、検体を採取する場所、タイミングによってウィルスを正しく採取できない可能性があります
つまり、感度が低いって事です。

・検体採取の手技
採取箇所全体を綿棒で拭えたのか?

・検体を採取する場所
肺に多くのウィルスが居て、鼻や喉にはあまり居ない被験者の鼻や喉から検体を採取してしまっては、ウィルスを正しく採取できません

・検体を採取するタイミング
感染初期でウィルスがまだ増殖していないタイミングで検体を採取しても、ウィルス(のDNA)は検出されません

以上の様な状況で陰性判定が出ても、偽陽性の可能性が有ります。
ウィルスが多目に検出される事は無いですが、少なめに検出される(または検出自体されない)可能性があります

陽性になりにくい検査での陽性判定ですから、陽性判定の信頼性は高い事になります

逆に、陽性になりにくい=陰性になりやすいと言う事なので、陰性判定の信頼性は低いと言う事になります

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