節目。これまでの総括。
はい、たつです。
たつぼーです。タツヒコです
私事ながら、先日無事30歳を迎える事が出来ました。
歳取るのうれしくないなんてのはそれぞれの主観で、僕は歳を取る事も、誕生日を迎える事もとても嬉しく思います。
その表れで、ここにつらつら書いていたように、25歳の誕生日からずっと誕生日周辺にイベントをやっておりました。
「thanks giving!!」
感謝祭。バンドに憧れたきっかけである、HIGH and MIGHTY COLOR が昔やってた節目のライブタイトル名から頂いたもので、アメリカのThanks Giving Dayがめちゃくちゃ近いのはたまたまでした。(そのおかげで毎年イベントの感想追うの大変だった)
そして、元々「25歳の誕生日から30歳の誕生日まで」と決めていたので、迎えたと同時に終わる事も出来ました。
いろんな人に本当にまだまだ続けるように思われてたりしますが、本当にラスト。名前変えてやったりもしません。
正直今の感想は、どうにか毎年続けて、無事に終われて本当に良かった。自分の言葉は一先ず有言実行を果たせました。
勿論心残りはあります。最初の決意表明に書いた、
”「イベントSOLDOUT」を目指す。”
これを達成することが叶わなかった。誰も期待などしていなかったとはいえ、そこに足りるモノを作ることが出来なかった。それは本当に悔やまれます。
これは、出演バンドに対してではなく、自分にです。
最高のバンドを揃え、とても良いイベントだったと自負出来るものを多くの人に見てもらうという事は叶えられなかった。
この5年間、ライブイベント全6回+単独ワンマン1回の7本分の主催を行う中、正直毎度「集客数」というものはものすごく意識をしてました。
それを意識して追うのはどうなのか?って正直何回も悩み、それでも
「お客さんにお金を払ってもらい、その価値のあるライブイベントを開催する」
「自分という人間がやっているという色を出す」
「そのイベントを多くの人に見てもらう」
そんな当たり前すぎる事を、ただ求め続け、終わったらまた翌年のライブハウスの日程を抑えて、それを繰り返し続けました。
フライヤーも毎年「個人主催だからと言って、手作り感溢れたモノの視覚的印象はその域を超えない。どれだけ良いバンドを揃えて良いイベントを作っても来たいと知らない人からも思わせるものを用意しないと絶対損。」と考え、毎年いろんな人に依頼しました。
正直、何回も逃避したし、完璧だって言えるものは、当日以外自分個人には言えません。でもやりきれたのは、本当にいろんな人が温かく、協力してから、全力で応えてくれたからでした。
メチャクチャ月並みな言葉ですが、それが何より力になりました。
そんなこんなで、5年やりきった。そう言わせて貰えます。
もう、個々の解説とか、ワンマンの感想とか、そんなのは僕の個人のものではなく、受け取ったこれを読んでいただいてる皆様のものです。
毎年イベント当日までがめちゃくちゃしんどくても、ライブで全部吹き飛びました。当たり前やん。俺が好きな人で、誰にでも見せれる人ら揃ってんねんもん。
少し昔の話をしますが、僕が人前で歌い始めたのは21歳の時でした。
15歳くらいから漠然とした夢で、歌いたい気持ちを心に持ちながら、いろんな理由つけて無理とか目を逸らし続けて、色恋にかまけ、だらけて過ごし、ある日ふとフリーターの自分に急に焦り出し、付き合っていた女性とも別れることになり、20歳で大阪を離れて無理やり一人で生きようとしてました。
でも、就職した職場での人間関係が上手くいかず、それに伴い仕事が上手く回せなくなり仕事が出来ない役立たずで叱責され、仕事から帰り疲れ果てて気を失うように眠る毎日。
見ず知らずの土地に飛び込んだことで友人もおらず、毎週欠かさず観てた明石家さんまさんの番組で笑える事と毎週借りてまくってたアニメと映画のDVDだけが救い。
この世で一番使えない何もできない人間だと、本気で思ってました。
そんな中、mixiでお誘いを受けて、スキマスイッチをコピーできる人と出会い、「もうどうせ駄目なら別に今から好きなこと始めても。。」と仕事も辞めて歌い始め、そこから少しずつ色んな事が出来るようになり、自信もついて、視界が明るくなっていきました。
そこから9年。
あの頃の自分には想像できなかったほどの、明るく素敵な世界を見ること、作ることが出来ました。
学生の頃に逃げてた分、取り返すように大好きな音楽を聴き、当時できなかった音楽を語れる友達、その他多くの友人、先輩に大変恵まれました。
本当に、やれてよかった。遅くても始めてよかった。
これから先は、今後一生歌えるように何をしていけば良いか。
そんな事を考えながら、いろんな事をしていくと思います。
主催は、バンドでの主催以外は、またやるかどうかはわかりません。
如何せん、自分が出ないライブなど立てられないので、一緒に志を同じく持てる人が現れたらやるかもしれません。
そんな日が来るまではまた、普通に出てるライブに会いに来てください。
少し、休憩してまた前に進みます。
それでは最後に!!!
thanks giving!!の5年、たつワンマンに関わってくれた
Tran☆izer , The Einar Busters , THE ORANGE PRESIDENT, G-sky28 ,
湯毛BAND , SOUND TEST, Magic Food Punishment , DJ銀之字 ,
橘田ほのか(ぽんずバンド), Ernst , 開運!ぴょんぴょん大明神 ,
Looking Away , みらくるマシンガン , 米の名は。,
RAYGUNS , シオミズ , ソライロ , フリコ , 神Project ,
SUMO OF THE GAY , tatsuno gen , InCyder house rule ,
Scheme , kjærlighet , ノスタルダムス , Grasshopper
運営・撮影スタッフ
猪塚 翔 , テキサス , ばっは , じゃがりん
フライヤーデザイン
林元気 ( vol.00 , 2016 ) , あやぴ ( 2015 )
ながさき ( 2017〜2019 , tatsuワンマン )
フード出店
とにー ( 2017 )
cafe&bar atelier sunrise ( 2019 )
スパイス食堂 女児 feat. The Einar Busters ( 2019 )
tatsuワンマンバンド
白輪 , Nono-KJ , ミカミコウタ( 2018 ) , 佐々木”Kobai”亮佑 ( 2018 )
りょうちん ( 2019 )
協賛イベント
アニバッカス , 虹色パレード , じゃがフェス , まさひろフェス、OTA-ROCK
心斎橋VARON ( vol.00〜2017 , 2019 )
日本橋STAR BOX ( 2018 )
歌う魚 ( tatsuワンマン )
海賊版戦隊セイクリッドヘキサゴン
ヤマシタ , ふーみん , MAYA , かすみん , おかもと
そして!!!5年間で御来場いただいた、全ての皆様!!
本当に、本当に、ありがとうございました!!!!!!
tatsu コウノタツヒコ
Y.T.S.
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