母の実家
本日は上巳の節句だ。
この季節になると母から頼まれ、桃の花をもらいに親戚の家に自転車をこいで行っていたことを想い出す。
此処には目線がキツイお婆さんが、屋敷の奥の座敷に控えていて気が引けた。
桃の花が咲いていた母の実家は、日本で初めて石炭窯でタイルを焼いた松尾徳助の窯があったところだった。
彼の長男は窯に見切りをつけて大陸に出奔し、次男が跡を継いでいた。その長女が母であった。
母の妹は、大陸に渡った叔父に子が無くそこの養子になった。
しかし、それなりに成功した叔父は大陸で亡くなり、敗戦後、未亡人は一家を挙げて有田に引き揚げてきた。
この未亡人の存在はどこか威厳があり、近づき難かったのである。
廃窯の跡地は畑になつていた。
桃の花がいっぱい咲いていたが、自分で手折る事はなく、母の妹から遠慮しがちにいただいて帰った。
敗戦で招かざる人達が戻らなければ、母の弟がこの窯の後継者だったのだが、過日、家長の出奔を見送った人々には複雑な思いがあったに違いない。
桃の花にまつわるあのお婆さんの目線と小生の少年時代の小話である。
閑話休題。
今玄関の室礼にしている雛人形を描いた軸は母が遺したものなのだが、嫁に来るときにでも持参したものかもしれない、と母の顔がよぎった。
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