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第5問 招集手続の瑕疵と取締役会決議の効力、取締役会決議を経ない取引の効力

 X社は製材業を営む株式会社であり、取締役はA・B・C・Dの4名であり、代表取締役はAである。X社は、その業とする製材業を営んでいた製材工場(X社にとって重要な財産であった)をY株式会社に譲渡する旨の売買契約を締結し、同工場を引き渡した。
 この取引をすることについて、X社では取締役会が開催され、Cが反対したものの、A・Bの賛成によって承認決議がなされた。しかし、当該取締役会に係る招集通知はX社取締役のA・B・Cにのみなされ、同社取締役のDにはなされていなかった。Y社は、工場の購入に際して、X社が工場譲渡に関する取締役会決議を経たかを代表取締役Aに口頭で確認した上で、更に会社に問い合わせたが上記招集通知漏れが明らかになることはなかった。
 その後、X社はY社に対し、上記売買契約の無効を理由に上記工場の明渡しを請求した。

[設問]
 X社の請求が認められるかを検討しなさい。

解答例
第1 X社の請求の法的根拠は、契約無効に基づく原状回復請求権(民法121条の2第1項)である。X社は製材工場の売買契約に基づく債務の履行として、Y社に製材工場を引き渡しているため、あとは、この契約が「無効」(民法121条の2第1項)と言えるかが問題となる。
第2 本問における製材工場はX社にとって「重要な財産」(会社法362条4項1号)に当たるため、これを処分するに際しては、取締役会の承認決議が必要である(会社法362条4項柱書)。X社は形式的にはこの承認決議を経ているように思えるが、Dに招集通知がなされていないため、会社法368条1項に違反している。このように招集手続に瑕疵ある取締役会決議は有効か。
取締役会の開催にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集手続に瑕疵があるときは、原則として、当該瑕疵ある招集手続に基づいて開かれた取締役会の決議は無効になると解すべきである。しかし、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、上記の瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である。
 本問における取締役会決議では、A・Bが賛成し、Cが反対していたのであるから、仮にDが出席し、反対すれば承認決議がなされなかった可能性がある。したがって、上記特段の事情は存在しない。よって、本件取締役会決議は原則通り無効である。
第3 では、無効な決議に基づく本件売買契約も無効とならないか。
株式会社の一定の業務執行に関する内部的意思決定をする権限が取締役会に属する場合には、代表取締役は、取締役会の決議に従って、株式会社を代表して当該業務執行に関する法律行為をすることを要する。しかし、代表取締役は、株式会社の業務に関し一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する点に鑑みれば、代表取締役が取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々の取引を、当該決議を経ないでした場合でも、当該取引行為は、内部的意思決定を欠くにとどまるから、原則として有効であって、ただ、相手方が当該決議を経ていないことを知り又は知り得たときに限って無効であると解するのが相当である。
 Y社は、工場の購入に際して、X社が工場譲渡に関する取締役会決議を経たかを代表取締役Aに口頭で確認した上で、更に会社に問い合わせまでしたが、Dへの招集通知漏れの事実が明らかになることはなかった。このような経緯に鑑みると、Dは買主として尽くすべき調査義務を果たと言える。したがって、Y社は、X社が有効な取締役会決議を経ていないことについて知り得なかったと評価できる。
 よって、取締役会決議は無効であっても、本件売買契約は有効である。
第4 以上より、X社の請求は認められない。

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