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ゴルジェ概論:中空構造から考えるゴルジェ

ゴルジェとは、意味を決めるのではなく、意味を受け入れるものである。


中空構造から考えるゴルジェ

 ゴルジェとは、意味を決めるのではなく、意味を受け入れるものである。ゴルジェは、まず、中空構造という概念を介して理解することができる。この中空構造は、皆がそれぞれの意味を投げ入れることができる容器のようなもので、その中心は空であり、その内部空間によって形が特徴付けられる。この中空構造は、日本神話においても見られ、無為の神が中心に存在し、周囲の神々や人々が活動することでバランスを保つという中空構造が表現されている。例えば、古事記に登場する三貴子(アマテラス、ツキヨミスサノオ)のうち、ツキヨミはほとんど物語に関わらない神であるが、日本人にとって月は重要な存在であり、万葉集や竹取物語などにも登場する。また、天地初めて発けし時に成れる三神(アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カミムスヒ)のうち、アメノミナカヌシは世界の創造主として名前が示すように中心的な存在だが、神話体系の中では何もしない神であり、このように、無為の神が中心にありながらも周囲の神々や人々が活動することでバランスを保つという中空構造が日本神話には随所に見られる。この説は、日本社会の長や組織運営にも影響を与えていると指摘されている。ゴルジェにおいては、意味の無為があることで、その領域は極度に限定されたものではなく、ダイバースでバランスのある自由な解放区となる。

 このコラムを読んでいる方は、ネット上で「ゴルい」という形容表現を見たことがあったり、使用したことがある人は少なくないと思う。しかし、ゴルジェという言葉を知らない人にいざ「ゴルい」や「ゴルジェ」の意味を問われた時に上手く説明できなかった事はないだろうか。これはゴルジェが無為であるが故に、抽象性が高く、「正しい」や「美しい」といった言葉と同じように、具体性の高い「りんご」を説明するよりも、意味の解釈が個人に起因するからである。つまり、冒頭にも述べたように、ゴルジェは意味を決めるのではなく、意味を受け入れるものであるため、こちらからゴルジェの意味を提示することは難易度が高い。ゴルジェとは人によって考え方や定義が異なり、「ゴルジェ」という言葉自体に具体的な意味がなく、人が自分の経験や価値観に基づいて、ゴルジュという中空構造の内部に意味を投げ込むものである。内部の空間にそれぞれの意味を投げ込む事により、ゴルジェは内部の空間に合わせて形状を変える。皆がそれぞれのゴルジェという入れ物を持ち、自分の入れ物と似た状態を見たり感じたりした時に「ゴルい」という表現が可能となる。

数学的アプローチ
 さらにゴルジェについて、細分化し構成要素を分析するために数学的な表現を導入した。ゴルジェの代数をGrとし、次のように表すことができる:

Gr=f(S,C)

 ここで、Sは個人の主観的な五感の感覚や感情に基づく感性的評価を表す。これは対象の形や色や音などの特徴が感覚器官によって受け取られ、脳で処理される。したがって、Sという評価は、人間の感覚器官と脳の機能に依存する。次に、Cは個人の経験から獲得した値観や信念に基づく認知的評価を表す。これは言語や思考や記憶などの高次の機能によって、対象の文化的や社会的な意味や価値を構築する。そのため、Cは人間の言語や思考や記などの高次の機能に依存する。fはこれらの要素を統合する関数で、Grの意味を決定する。fは個人によって異なるが、一般的には以下のような性質を持つと考えられる。

非線形性: 関数fは非線形であり、SやCのわずかな変化がGrの意味に大きな影響を与える可能性があります。個人の感性と認知は複雑で多様であるため、非線形性はゴルジェの多様性を捉える鍵となります。

相互作用: 他者とのコミュニケーションや社会的文脈は、SとCに影響を与え、関数f自体を変化させる。ゴルジェは個人だけでなく、社会的文脈にも根ざしている。

 以上のように、ゴルジェは非常に複雑で多様な意味を持つ。しかし、ある一定の共通の認識もあるのはなぜか。これは、人間が生物学的や文化的に共通の特徴を持っているからである。生物学的には、人間は同じ種であり、同じような感覚器官と脳を持っており、対象の特徴に対する感性的評価にはある程度の一致がある。文化的には、人間は同じ社会で暮らし、同じような言語や思考や記憶を共有している。したがって、対象の意味や価値に対する認知的評価にもある程度の一致がある。これは同民族の間ではさらに顕著に表れる。

 ゴルジェとは一定の共通性を持ちながら変化するものであり、それゆえに意味の一般化が難しく、ゴルジェという言葉自体には空っぽの中空構造が宿る。その中に人々が意味を投げ込むことで、それぞれのゴルジェが出来上がる。
 このように、ゴルジェは意味を決めるものではなく、意味を受け入れるものであると言える。

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