日記25:ゴール(2019/09/03)

どこまでいったら終わってくれるんだこの人生は。

死んだら終わりなのか?
いや違う、それが違うから困ってるんだ。困ってるんだおれは。聞いてくれ。いいか? 聞け。聞けってわざわざ言うってことは聞く以外何もするなということだ。頼む。聞いてくれればいい。聞いてください。

君も知ってるか? 知ってるだろうがあえて言わせてくれ。いいか。

死んだらな、めっちゃ金がかかる。

人間死ぬと金がかかるんだ。なんだそれ。なんだそれと思うが、死んだというだけでめちゃくちゃ金がかかるのがこの世界この国この社会だ。
金がかかるということは何かを消費しているということで、何かを消費しているということは生活をしているということだ。それすなわち生命活動が終わっていないことに等しいと思ってるのですが、貴殿はどうお考えでしょうか。
いやお前らの意見なんか聞かんが。

ところで結婚することをゴールインと表現する馬鹿がいますね。なにがゴールインだ、馬鹿。
ただ戸籍が移動したり苗字が変わったり余計な手続きが増えたり親族が急に約倍になったりするだけの儀式の何がゴールだ、馬鹿。馬鹿め。大馬鹿か、貴様らは。
結婚しかないのか? お前らの幸福像は。なんなんだ一体。なんなんだ、一体、お前らは。なんなんだ? わからん。わからんのだよまったくもって。わからん。まったくもってわからんのだから困る。

そうか、困ってるんだな私は。いや、困ってるかどうか定かじゃないが、イライラはしているな。どうにもならなさに。

世間一般と「幸福」についての価値観にズレを感じる。大いにズレておりもはや思考のすり寄せすらも難しくなってきた。
「異性と結婚して、子供を産み育て、幸せに暮らす」このたった1パターンの将来設計だけをなぜ全人間が背負わなきゃならないことになってるんだ。多様性とかいう言葉、流行ってるんだろ? 早くどうにかしてくれよお前らの大好きな「多様性」でおれを救ってくれや。どうしてくれるんだよ。

多様性を主張するやつらだってだいたいが異性と結婚して「幸せ!」みたいな顔してやがる。幸せなのはいい。おまえらが勝手に幸せになるのはかまわない。勝手にしろ。でもお前が手に入れた、あるいは手にしたいと願う幸福像を、その形にどうにも合わないおれのような愚者に、それをあろうことか当てはめて「大丈夫、これからだよ」「人生何が起こるかわからないんだから」「私も昔はそうだったワ」などというような形のないうずらぼんやりした将来への励ましの言葉などを投げかけてくるのはやめないか? そろそろやめない? そういうの。「大丈夫」ってなに? おれがいま大丈夫じゃなく見えてるのか? 大丈夫なんだが。全然大丈夫でーす。

なあおい。多様性、多様性、って言ってるじゃんお前ら。なあ。多様性とかいう言葉好きならちゃんとその言葉の意味を考えてお前の価値観と照らし合わせてくれ。気付いてくれ。お前の気付かないところにも多様な他者がいます。ほっといてくれないか。勝手に幸せになってくれるぶんにはかまわないから。

全人間の中で「おばちゃん」と呼ばれる人間はとくにこの傾向がキツいが、おばちゃんたちはだいたい聞く耳を持たんので永遠にこういうお節介を言ってくるんだろう。わかってる。おれが勝手にキツがってるだけなんだ。
耳がもうダメだ。ダメだな。

こうやって考えてるから「マトモ」になんかなれっこねえなと思う。中二病みたいなことではなく、多くのバカが思い描く理想の普通みたいなものには自分はなれない、無理だな、と思う。

今日の日記は完全に愚痴だった。
正直すまんかった。くだらんことしか言えなかったな。

こんなん書くくらいならやめてしまったほうがマシか?

どう?

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