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映画時評2022&2023

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2022年10月から2023年12月に劇場公開していた映画の感想記、時評をまとめたものです。
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#映画

2023年私的ベスト映画ランキング&目録

本ランキングは私個人の主観により選ばれた、2023年でもっとも印象的だった映画のランキングです。 客観的な完成度でランキングしたわけではなく、あくまで初見の、印象に残ってる順。二度見したら評価が変わるかもしれません。映画という存在は常に流動的なので。 ここに載ってない映画は、劇場で観なかった映画になります。本当は年内に『PERFECT DAYS』を観に行きたかったのですが、行けませんでした。来年見たら、このリストにそっと加えておこうと思います。 追記:加えました。(2024

映画時評『ヒッチコックの映画術』

関東ではもう上映が終わってるころだろうと思いますが、地方では今ごろ『ヒッチコックの映画術』が上映しております。 本作は、そのものずばりヒッチコック映画についての映画ですが、少し特殊なのはヒッチコック自身にヒッチコックを語らせるところです。 当然ヒッチコックは死んでいるので、喋っているのはモノマネ芸人。喋る内容は、監督のマーク・カズンズがヒッチコック関連の資料を渉猟し、分析して作った脚本になります。監督によるヒッチコック批評のような側面も正直ある。 全部で6つのテーマに分けて

アメリカン・ニューシネマの復習と『バニシング・ポイント 4Kリマスター版』の感想

『バニシング・ポイント』は1971年のアメリカン・ニューシネマで、50周年らしく4Kリマスター劇場公開ということで、見に行ってきました。 パンフレットの代わりに、アメリカン・ニューシネマの沿革を記す文章と『バニシング・ポイント』の解説がついた冊子が売ってたので、買う。 改めて、ニューシネマとはなんぞやという部分がざっと書かれているので、おすすめ。 ニューシネマのそもそもアメリカン・ニューシネマとは1967の『俺たちに明日はない』を端緒に1974年『ロッキー』公開で完全に

特殊な境遇ではない、隣人の痛み『ザ・ホエール』

生活が困難なレベルの肥満男の最後の五日間。 『ザ・ホエール』はそれを社会問題として、自分たちと関わることのない対岸の光景として描くことはしない。 身近に存在する隣人として描き出すのだ。 チャーリーは温厚で思慮深く、文学や詩に親しむ、教養高い人物です。 決して、七つの大罪にある暴食の罪を犯し、堕落した人物などではなく。 私たちと同じように、食べ、シャワーをあび、歯をみがき、ベッドで眠る。 しかし私たちはそこに驚きを見る。 日常のルーティンもチャーリーの巨体が行うことで、

それは大聖堂にもまして神聖な、ただの公園 『生きる Living』

カズオ・イシグロが黒澤明の『生きる』をリメイクすると聞いて、あまりの納得感に笑ってしまった。 当然だ。 にわかイシグロファンの自分でも、共通するテーマをすぐさま感じてしまう。 『わたしを離さないで』のヘールシャムの孤児たちと『生きる』の渡辺さんは、自分自身の死があらかじめ予告されている。 決定された運命のなかで生きる人々の物語として、通底するものがある。 なので、黒澤明の原作にもかかわらず、イシグロ感がバリバリである。 黒澤明のリメイクを観に行ったというより、カズオ・イ

戦え! 全マルチバースのあたし! ニヒリズムをぶっ飛ばせ! 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

アカデミー賞7冠おめでとうエブエブ! SFが作品賞を取るのも珍しい出来事ですね。 私自身文句なしに一位に推したい作品です。 予告を見た限りでは、B級テイスト強めなハチャメチャな作品だと思ってました。 『ディックロングはなぜ死んだのか?』と『スイス・アーミー・マン』の監督、ダニエルズの最新作なので。 前2作はオフビートで、淡々としたところがあったのが、『エブエブ』ではテンポがよく、見せ場のメリハリがしっかりしていて、作風に変化が感じられる。満足感が高いエンタメな方向に。

『フェイブルマンズ』 映画は私を癒さない。

見終わったあとに、上映時間が151分なのに気づいた。 100分くらいかと思った。 それだけ、卓越した編集とストーリーの才が結集しており、円熟の監督の技巧は実に手慣れたものでした。 『フェイブルマンズ』では、映画についての情念もそこそこに、スピルバーグ自身の家族についての物語が中心となっていく。 撮影中監督は、自身が再現したセットの中に、思い出の中の家族の姿を見るようで、涙したらしい。役者の前で本当に泣いたという。 それは本人も語る通り、全く奇妙な現場だったろう。 とう

『ボーンズ・アンド・オール』 骨まで食べた後にそれでも残るもの

食人というモチーフは、日本のアニメでも馴染み深く、『東京喰種』や『鬼滅の刃』など枚挙にいとまが無い。 そんな中で『ボーンズ・アンド・オール』が特徴的だったのは、食人という行為に味覚が結びついていないことだ。 作中の人喰いは、喫緊の上を満たすために人肉を食べることはない。 普通の人間と同じ食事もするし、数年間くらい人肉を食べなくても死んだりとかはしない。 『東京喰種』だと、人喰いのグールとなってしまった主人公は、人間の肉とコーヒー以外、舌が受け付けなくなり、人の肉を食べな

『エンパイア・オブ・ライト』 昼と夜の往還が魂を救い上げていく。

本作の前にデイミアン・チャゼル監督の『バビロン』があり、偶然にも”映画”がテーマの映画が重なる。 ついでに『フェイブルマンズ』もそうだ。 『エンパイア・オブ・ライト』では、「映画への愛」を全面に出した『バビロン』とは違って、監督自身の個人的なエピソードを反映した映画になっています。 単に「映画館が舞台の映画」と呼ぶのがふさわしい気がします。 それくらい両者で手触りが違うもの。 昼(現実)と夜(非日常)を往還するドラマ撮影監督はロジャー・ディーキンス。 人物を、美しい闇

『バビロン』 映画愛に見せかけた、反(アンチ)映画。

名作オマージュな脚本この映画を見たとき、脳裏にいろんな作品がちらついた。 ストーリーに関しては、『市民ケーン』や『甘い生活』など古典的作品へのオマージュが多く、目新しさは感じなかった。 (現にアカデミー賞では脚本賞にノミネートされていない) 冒頭のパーティーとヒロインとの出会い、それから死体を気づかれずに 持ち出すサスペンス。 ギャンブルの金を返しに行って、マフィアに命を狙われるラストシーンなど、シーン単位での面白さがあった印象です。 『熱狂』を再現するサントラ最も高く評

『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』 歴史と対峙するときどうするのか

あらすじが面白い。 ナチスに捕まったユダヤ人ジルが、助かりたい一心で、「自分はペルシャ人だ」と嘘をつく。収容所では偶然、ペルシャ語を習いたかった親衛隊のコッホ大尉がおり、一言もペルシャ語なんて知らないのに、教えるハメになる。 ペルシャ語を知らないので、デタラメな言葉を作っては、それっぽく教える。そうして、ピンチを凌ぐジル。 コメディ映画にもできそうなのですが、(というかそれを期待していた)実際は手堅い収容所映画となっていました。 その手堅さとは、例えばコッホ大尉の造形

『ノースマン 導かれし復讐者』 蛮族に立ち返る時が来たようだな。

エガース監督の前作、『ライトハウス』は劇場で油断してしまい、クトゥルフ系怪奇映画だと知らずに見てしまった。 密室に置かれた二人の灯台守が敵対し、殺し合いにまで発展するといったサスペンスものかと思った。 その後、パンフレットを読み『ウィッチ』も鑑賞して、この監督の趣味が、ラブクラフトやポー、幅広くオカルトや民俗学にまで及んでいるのを知る。製作された映画の趣味性、作家性が露わになっている様は実に頼もしい。 ぶっちゃけオタクだ。デルトロ監督に似てる。 『ノースマン』に関して

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』 すごい金をかけたキャメロンの箱庭。

『アバター』から13年ぶりのキャメロン監督作にして続編。 3D字幕版で鑑賞してきました。その感想です。 CG映画のトップランナー。本作最大の見どころは、映像技術になるでしょうか。 最先端のメカがふんだんに使われ、CG技術の見本市となっております。 そのことについては、『CINEMORE』の大口孝之さんの記事に極めて詳細にまとめてあったので、そっちをおすすめ。 キャメロンのような監督が、巨額の予算をつぎ込んでこういった技術や手法を開発、実験してくれるのは後発のクリエイターに

『MEN 同じ顔の男たち』全裸男マトリョーシカ

すごくシュールな映画です。 初めはホラーとして恐怖たっぷりに不気味な雰囲気を演出していくのですが、途中からシュールさが恐怖を凌駕する。(監督の意図だけど) この映画のテーマは明示されず、監督自身、解釈の幅を広くとっているようです。ネットの感想を見て回ると、わたしが見落としていた細かい指摘や、解釈が無数にあって面白かったです。 少し長いですが、以下に監督のインタビューを抜粋。 とても重要な部分だと思ったので。 この映画は観客が解釈して初めて完結する、知的なパズルのような映