卒論(法学部)黙示録俺

たまにはマジメな自分も見せておきたいと思ったので、今回は珍しく卒論を書いたときにタメになった参考文献や、自分が資料を利用するときにやった方法を紹介しておきたいと思います(思い出を振り返ろう企画)。

なお、今回紹介するのは、法学部における卒論の書き方であること、当時私は友人たちに比べてやる気がなかった(A4のページ数で周囲と比べて半分以下です。皆は最低でも40枚書いてるんだぜ?おかしいだろ。また、実働時間は多分100時間を切ったりします。知らんけど。いくつかある締切前には徹夜が当たり前でした)ことなど、やや特殊な部分がありますが、皆様の専門分野や目的に応じてアレンジしていただければ幸いです。

なお、これはあくまでも私個人の経験に基づくものであり、より一般的なメソッドについては3.おまけ(参考文献?)でご紹介いたします本等でご確認ください。

1.卒論の目的

論文一般の目的ともいえますが、卒論を書くときに意識しなければならないのは、既存の学説にはない、何か新しいことを発見するのが目的であるということです。◯◯教授はこう解釈するが、△△教授はこう解釈する、などと百科事典的に並べることを要求されているのではありません。このことはどの分野でも同じだと思われますが、法学特化で、この「新しいこと」とは何か検討してみたいと思います。

法解釈学の特徴

法学(法解釈学)は、各法分野にも多少差違はありますが、①法の解釈により②妥当な③紛争解決の方法を探るところに特徴があります。

①について(よーい、どん)

まず、①は、ある条文を対象とするのが法解釈であるということです。その条文が解決しようとする問題がどのようなものか、どのように処理すべきとしているのかにつき、学説や判例、立法者の説明などを参考に理解することが求められます。

このとき、とくに注意すべきなのは、規範の目的は何かという点です。法解釈学は、法の趣旨・目的により適合する規範の解釈を目指すものです(もちろん、条文の文言から離れすぎてはならないわけで、いわば「分離解釈」してはなりませんが)。その目的をはっきりさせなければ、当該法の解釈の是非を論じることはできません。この解釈によってはじめて、条文が規律する対象は何かが明らかになり、その対象となるべき要件が何であるかを設定することができます(予備校的にいうと「規範定立」でしょうか)。

②について

このことに関連して、②について説明します。ある解釈を批判する際に検討されるのは、①で述べたように、その解釈が法の目的に適合しているか否かです(本稿もまさに「卒論の目的」から始めているあたり、私は「学問ごっこ」の達人といえるでしょう)。

たとえば、解釈それ自体が、目的よりも機能に重きを置きすぎている場合(「実務ではこのように処理しているから解釈もこうあるべき(←解釈に従い実務を行うべきなのでは?)」などと解しているなど)であるとか、便宜を重視して他の条文の規律する対象についても越権的に処理することを目指す場合(「こう解釈すれば別の場面でもこんなに楽チンです(←別の場面は別の条文で処理すべきでは?)」としているなど)であるときには、不適合となるおそれがあります。

また、解釈によっては、目的それ自体を他の解釈とは異なるものであると措定したり、あるいは、複数の目的を有する条文の場合には目的間の優先順位をどのようにすべきかで対立している場合もあります。

これらの対立は、目的を巡る争いといえますが、特定の問題に対して下す結論において対立が先鋭化することがあります。すなわち、重んじるべき目的を達成できるように解釈したはずが、ある紛争(現実にあった事例でも、あるいは思考実験的な講学上の事例でもよろしい)につきその解釈に従うと、かえって目的が実現できない結果に陥る場合(大抵、「◯◯説を徹底すると以下のような問題が生じ、不合理である」や「(前略)妥当でない」などと書かれます)があります。

これは「適用」の局面での問題ですが、法が紛争解決(③)をはかるものである以上、「適用するとやばいけど解釈として整合してるんだからいいんだい!」とは開き直れません。この場合、修正されるべきは解釈のほうです。

その修正の方法としてよくあるのが、「足し算」と「引き算」です。結果が目的に反しない限りで適用をする、という適用対象の限定化(消極要件を新たに設定する、信義則などの他の原則によって制限するなどして規範を再定立する)が「引き算」だとすれば、「足し算」は別の利益、とくに複数ある上位の目的達成を強調し、適用した結果犠牲になる目的・利益があることもやむなし、とする比較衡量の方法といえます。

(なお、「信義則」と書きましたが、これを用いる場合には、法的保護に値するといえるだけの合理的期待の内容を特定し、それが存在することを示す必要があります。定期考査で学生がやりがちなミスとして、「信義則」とだけ書いてはいオワリ、とするものがあるので念のため書いておきます。法学部あるあるですね。名称だけ覚えてその論理構造を覚えないと大変なことになりますよ。他にも、何が何に対して及ぶのか、何にとって何が必要なのか(無いとどのように大変なのか)、濫用されるという権利はいったい何なのか、どんな注意義務があって何がそれに違反するという過失なのか、などなど……念のために言いますが、皮肉ですよこれは!)

しかし、最もうまいやり方は、目的と結果が一致する解釈の提示であることはいうまでもありません。

③について

大体②で触れてしまいましたが、続いて③について述べますと、紛争解決を問題とする以上、様々な態様の紛争を法は処理しなければなりません。典型的な問題から特殊な問題がありますし、既存の法では処理できない(すべきでない)問題も起こり得ます。立法が必要な場合がありえ、既存の法を解釈しても適用できないときには、適用できないことを示すこと、あるいは、立法された条文の意義と限界を示すことも「新しいこと」といえるでしょう(対象が新しいのだから「新しい」に決まっています)。

以上から、卒論においては、①については目的に合致した新解釈を示すこと、②についてはそれが他の解釈よりも目的に即した結果を導くこと、③については具体的な事件に適用すべきか否かを示すことが求められているといえるでしょう(内容に重複はありますがお許しください)。①~③は密接不可分ですが、①と②は法解釈(の学説)にとってより重要な部分といえるでしょう。よって、とりわけ①と②において、「新しいこと」を示す必要があると考えています。

2.卒論作成のステップ

それでは以下から、いよいよ卒論を書くための具体的な行動を紹介します。私は、以下のA~Gの各過程を辿りました。

A.テーマ決定

実は一番難しいのがこのテーマ決めです。しかし、一度決めてしまわなければ後のステップに進めないので「えいやっ!」と決めてしまいましょう。修正は利きます。研究を進める間に、より興味関心のあるテーマを見つけたり、あるいは問いの立て方を変えたくなることもあるでしょう。後で別のテーマだったことにしても構いませんから、できるだけ具体的に、狭い分野に絞って「仮の問い」を立てましょう。

ところで、テーマを決めると一口に言っても、やはり気になるのが「どうやって決めるか」です。「えいやっ!」じゃねえよ、と怒っている方もいらっしゃるでしょう。大丈夫です。僕は怒られたくないのでちゃんと紹介します。

テーマを決めるのに一番役に立ったのは、ゼミでの活動でしたが、判例タイムズなどの法学関連の雑誌で代用できるものだと思います。最新の、しかも学者がわざわざ「この事件またはこの裁判例には学術的に新しいものがある!」と取り上げてくれているのがこれらの雑誌です。これを利用しましょう。

自分の関係する法分野における事件を紹介・解説してくれている記事を流して読んでみて、挙げられている参考文献にも目を通すなどしましょう。このとき、コンメンタールを座右の書として使うと、問いの立て方の精度が上がります。コンメンタールには条文ごとの伝統的な学説がまとまっており、記事のどこが伝統的な議論によるもので、どこが新しいものなのかがはっきりします。卒論は伝統的な議論を押さえなければ書けませんから、コンメンタールでそれらを押さえておく必要があります。

実はこれ、前述の③のほうから②、①へと攻め上るやり方ですね。これまでの解釈では何らかの問題が起こりかねない事例を見つけ、適切な処理を導くためにはそこからどのような解釈をすべきか考えるというやり方で、議論の対立する点が分かりやすく、かつ「新しいこと」の必要性の高いテーマ設定ができる蓋然性の高いやり方です。

B.第一回資料収集

テーマを決めたら、評釈やコンメンタールの関連部分に挙げられる参考文献を一通り揃えましょう。後々芋づる式に遡る必要がありますが、現時点では評釈とコンメンタールの関連箇所の参考文献だけ集め、これらを精読すれば十分です。第一回資料収集の目的は、条文の法秩序内部における位置付けおよび先行研究を大まかに把握することなので、微に入り細に入る必要はありません。というか、コンメンタールだけで十分な場合もあります。

この際、①で述べたように、各学説や判例は規範の目的をどのように解しているか意識して読む必要があります。目的の優先順位や解釈の前提が、密接に関連する他の条文の改正や新しい判例などによって変動する、あるいはさせるのが適切な場合があり、私自身はこのやり方で解釈を導きました。また、変動するか否かを検討し、「しない」と結論しても「新しいこと」といえるでしょう。

C.アウトライン作成

手書きのメモでもワードでもお好みのやり方でよいと思いますが、この段階でテーマとなる問いに対する大まかな結論を決めます。これらも後々修正するものですから、気負わずに感覚に従って決めてしまいましょう。ただし、あくまでも規範の目的に一致するように注意しながら、です。

こうすることで、自分の考えと学説を対比させながら読むことができ、理解に資するだけでなく、より適切な結論に至るための準備ができます。すなわち、反論にさらされながら、自説に有利な学説に泣きつき、有利な学説にはその恩を反対学説の根拠を吟味しながらぶつけるという仇で返すということをしているうちに、諸学説の使っている武器が判明し、その武器を改めて自分で使ってみることで自説の改善や論証のための道具を手に入れられるのです。

結論を決めたら、条文の文言および趣旨目的をスタートとして、ゴールに命題として結論を述べましょう。このスタートとゴールの間にいかなる中間項が必要となるのか、これを埋めていくのが残りの作業となります。

なお、この作業と同時に、第一回資料収集の成果物である資料を読み込み、論証の各段階どのように使えるかを、必要に応じてラインマーカーか何かで目立たせ、付箋か何かを貼って「~が……であるという論証に使えるかもしれない」など、一見してわかるようにしておきましょう。

また、この際、第二回、第三回、第n回資料収集に向けて、集めるべき資料もわかってくるので、「どう使えそうか」とセットでメモしておきましょう。資料収集はこれ以降、必要に応じて、半ば常にやることになりますが、資料を手にいれた際、このメモを貼ったりするなどしておきましょう。実際読んでみて、思惑通り使えるか使えないか、他の箇所で使える武器があるか否かを検討し、適宜メモを書き換えることも忘れないようにしましょう。

D.論文作成(仮)

いよいよ本丸の論文作成にとりかかります。アウトラインのゴールから逆算し、命題の形でスタートまで遡れたら、あとは推論の各過程につきスタートから論証をはじめましょう。

やっていくうちに、「この命題は論証無理かぁ!?」や「そもそもこの中間項は不要だった」など、気がつくこともあるでしょう。その際には、スタートから順に無理がある論証をやめ、論証可能な命題に書き換えればよいのです。

ただし、結論はできる限りはじめのままで保ちましょう。中間項の作り方によっては結論は変わらず正当化できるケースが多いので、諦めず、ギリギリまで結論にしがみつきましょう。それでも無理なら、結論を修正すればよいのです(同時にアウトラインも書き改める)。論証はバッチリのはずですから、それにしたがった結論になるでしょう。

[以下、加筆(2020年10月13日)]「はじめに」はおわりに

「はじめに」や「問題の所在」を書くときに注意すべき点について補足しておきます。本記事では、もっぱら論文の内容を構想するための手順を扱ってきましたが、論文でよく目にする「はじめに」などのイントロダクション的な項目について説明していませんでした。

 「はじめに」や「問題の所在」というのは、簡単に言うと、「この論文ではこのような問題に対する回答を示します」という問題意識とその理由を伝えるために書くものです。もっと言えば、「この論文は、この疑問を共有する人たちに読んでもらうために書きました。初見さんは、なぜこれが問題かと思うかもしれませんが、こうした理由によります。それでは、こうした問題について今から検討しますね~」というご挨拶です。

 この「はじめに」や「問題の所在」を書くのは、はっきり言うと最初と最後です。論文を書き始めるときには、自分の問題意識を明文化し、その後の執筆では、示した問題意識に応じた論を書いていくからです。ただ、書いているうちに問題意識それ自体が変わったり、書いてしまった内容と齟齬を生じさせる場合がままあるので、最後にもう一度、書き終えた者として「たしかにこうした問題を扱いました」と「はじめに」に戻り修正する必要があるのです。

だから、「はじめに」はおわりに書く、ということになります。先程「はじめに」は「ご挨拶」にあたると書きましたが、論文執筆は礼にはじまり礼に終わるわけです。

[加筆は以上。]

E.セルフチェック

ここまでで書き上げた論文を自分でチェックしてみましょう。校閲等の形式的なチェックはもちろん、構成に過不足はないか、命題間の関係が読み取れるものかどうか、用語の意味を自らがわかっているかどうかなど、内容面でもセルフチェックします。

この際、書き手視点ではなく、読み手として論文を吟味しましょう。多くの方はワード等、デジタルで論文を書くでしょうが、チェックの際は紙媒体に印刷しましょう。気分的なものですが、一歩引いて論文を見ることができます。

印刷したら、そこに赤ペンを入れて「つながりが不明確」「不適切な接続詞」「一文が長すぎる」「因果関係になっていない」「説明または論証不足」などと書き込みましょう。ワードのコメント機能でも同じことはできますが、手で書いたほうが早く、また、後日修正した論文と見比べるのが楽(パソコンを数台もっていれば別ですが)なので、私は紙で印刷することをおすすめします。

F.専門家チェック

法学部の卒論の場合、卒論は事実上ゼミ論文ということが多いでしょう。その場合、ゼミの担当教授に中間発表等すると思います。その際、自分の論文に赤を入れてもらうことになりますから、これは書くまでもないことかもしれません。

しかし、そうでない場合や、あるいは見てもらう機会が少ない場合、無理を言ってでも専門家に見てもらいましょう。

幸い、私は機会に恵まれ、自分では「これでわかるだろ」と流した部分を的確に「お前これわかってて書いてるのか?説明不足だぞ」とピンポイントで刺されたことがあります。第三者、とくに専門家の目があってはじめて気がつくこともあるので、これは不可欠のプロセスです。

G.そして完成へ

以上の各ステップを行きつ戻りつ、試行錯誤しつつ、修正し続けることで、晴れて卒論の完成です。あとは提出するだけ!簡単ですね!

ただし、提出の前に、最終チェックしましょう。とくにありがちなのが、修正したはよいものの、論文のタイトルだけは最初のままにしていて修正後の内容と一致しなかったり、タイトルだけでは何の論文かわからなくなっているケースです。また、目次をつける場合、添削したことでページ数が変わったり、章立てが変わっていたりすることもあります。つまり、修正によって生じる齟齬を解消しているかをチェックする必要があります。

これを終えたら、さっさと提出して、逃げるように遊びに水族館にでも行きましょう。魚と十分戯れたら、家に帰って寝る。自分への労いとしてコンビニ飯でも食いながらビール飲んで寝ましょう。

3.おまけ(参考文献?)

論文書くので一番辛かったのは、形式的な部分に関することでした。脚注等の形式(媒体ごとの表記の違いや、前掲のナンバリングのズレ等)については、ある程度ゼミの活動で身についていたものの、教授から「お前らを法律のプロとして見るからな」等の圧力(アマチュアやぞ)を受けていたため神経症といえるほど念入りにチェックしました。

インターネットというのはすごいもので、各大学が発表してくれている引用の方法等をGoogle検索で調べられるんですね。しかし、機械音痴で、かつ、紙媒体原理主義の私は本に頼りました。形式面で世話になったのは、どちらも法学向けですが、

この本(論文に対する考え方と締切の意識は参考になりました。論文書き始めたころに読めてよかった。本自体は薄いけど)

この本(これも薄い。こちらのほうが法学の学習の仕方については親切だった記憶があります)

でした(ここで形式間違えるの嫌なのでリンクでAmazonに飛べるだけにしました。今手元にないし)。

なお、脚注をつけるべき"タイミング"のようなものについては、これらの文献には明示されておらず、よって、既存の論文を模倣するのが次善の策だと思います(たとえば、「省三説によれば、脚注を付する際には既存の論文を模倣する形でつけるとよいとされる」という文があるとき、「省三説」直後につけるのか、「とされる」の直後につけるのか、なんてのは好みの問題だと思われますが)。

他にも学部生活を通じて色々な本にお世話になりましたが、ここでおすすめするには紙面が足りないため割愛いたします。目的に応じておすすめできる本が異なるため、ご要望等ございましたら、是非コメントやTwitter上でご連絡ください。

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