大喜利回顧録俺

本稿では、(いつもの)大喜利の技術論ではなく、大喜利をやりはじめて今にいたるまでの所感や行動について回想します。個人的な話だけしても面白くないでしょうから、ときどき一般論とムリヤリ結びつけて教訓じみたことを言いますが、説教おじさんが嫌いな方は無視してください。折りに触れいくつか拙稿をご紹介いたしますが、お読みいただいていなくても支障はありません(でも全部無料なので読んでもらえると嬉しいです)。

0.大喜利をする前

はよ大喜利しろよ、と思われるかもしれませんが、エピソード0として、大喜利をはじめる前とはじめたきっかけについてお話したいと思います。エピソード3の後に聞くよりかはマシだと思って許してください。

私は、大学進学までは大阪で過ごしました。とはいっても、「ケンミンショー」でよく見るような「典型的な」「コテコテの」大阪人というわけではなく、仲の良い友人と話すときには冗談を言う、くらいの真面目な人間だったのです。

しかし、上京してからは、この「大阪出身」が私を苦しめます。分かる人には分かるムチャブリの雨あられ、「大阪出身?なにかおもしろいこと言ってよ」の呪いが発動したのです。この装備呪われてるって聞いてなかったんやけどね。

こうしたムチャブリに、私は一応その都度応じ、なんとなく「省三くん(私)はおもしろい」という評価を勝ち取っていたのですが、ある日、カルチャーの異なる集団に属してしまいます。「聞いたことがあるから笑う(なければ笑わない)」や「誰かを嘲笑するのがメインの笑い」という、笑いに受動的な文化に出会います。物事を面白く"する"のではなく、面白いものが"ある"、出てくるのを待つという文化です。つまり、笑いは「起こす」ものではなく、「起こる」ものであり、「起こそうとしている時点でスベっている」と判断される共同体といえるでしょう。

ここから、私の大阪民族主義が先鋭化していきます。「お前らのお笑いリテラシーが低すぎるだけや、本場の笑いを見せたらぁ」という決意を胸に抱きつつ、本来は別にそこまで大阪人ではない私が、勝手に大阪人代表として生きることになります。この決意によって、これまでは構成を練り心理描写がメインだったトークに喩えを中心とする発想力を加える必要が生じたのです。この「発想力」を鍛えるために最適だと考えたものの一つが、大喜利という競技でした。

1.大喜利若葉マーク時代~スリップ注意

大学2年の後期だったでしょうか。私はTwitter上で大喜利に回答をしはじめてみました。いまやフォロワー数が1万人を超える、有名なアカウントが、大喜利お題主としてアカウント作成したばかりの当時、私も参加していました。とくに、そのお題主さんの経歴が「ハガキ職人」というアマチュア界最強の肩書きであったこと、そんな方が「審査」してくれることに惹かれ、積極的に回答を送信していました。また、Flipsという場にも参加し、参加者は少数ながら、その質の面では(私を除き)高い水準にある回答に触れ、学ぶことができました。

当時の私はというと、漠然と「お題の設定からギャップを生めばいい」とだけ考え、誰でも思いつくような回答を我先にと送っていました。「死んだらおもろいやろw」などと、頭の悪い考えに基づき、「紐無しバンジー」といった恥ずべき回答もしていたと思います。俺ってば 能無しチンパンジー。

そのような陳腐な発想を得意気に披露し、恥をかくために大喜利をはじめたのでありません。発想力を鍛えるために大喜利をはじめたのです。そこで、私の周りで、とくに私が「こいつ……できる!!!」と思っていた方々をとにかく観察しまくりました。すると、人によって得意な回答のパターンがはっきりとわかりました。「この人は、アニメのパロディのときおもしろい」「この人は、あるあるがおもしろい」などです。

このように人による回答の傾向を分析したのち、次に考えたのは「どうすればこのような回答が作成できるようになるのか?」という問いについてです。これに対応する答えはシンプルで、回答に用いられているネタの「元」と、その「元」を回答として組み立てるための技術を習得すること。これが私の「大喜利回答パターン」作成の動機になりました。

2.大喜利共和国の独立~手段ではなく目的に

エピソード0で述べたように、そもそも大喜利をはじめたきっかけは、トーク力を鍛えるためであって、大喜利それ自体を目的としていたわけではありませんでした。しかし、技術論によるアプローチをしていくうちに、大喜利そのものの固有性、そして魅力を理解するようになります。トークが、聞き手の想像力や理解の程度に応じて補充・補足できる自由な営みであるのに対し、大喜利は、「言いっぱなし」で、かつ長すぎればおもしろくないという独自の制約の下にあります。この「制約」こそが大喜利の本質的要素であると考え、次第にトークから独立した大喜利の回答方法を意識的に模索しはじめます。

同時に、大喜利の回答として発想したものであっても、それが大喜利という形式になじまない場合には、無理して大喜利の枠に納めるべきでないと考えるようになりました。はじめは、「長いものはオチが読めるからウケにくい」くらいの意識だったのですが、長い回答の特徴を考えていくうちに、冗長な表現だけでなく、設定を追加しすぎていることがあることに気がつきます。「お題=フリ、回答=オチ」が原則である大喜利で、回答部分にもフリを持ち込むと、当然回答部分にかかる負荷は増加します。その現れとして、長文回答というのが作成されてしまうわけです。だからこそ、回答に「フリ」を導入する場合には、あるあるやパロディなどの技術に頼る必要があるわけですが、それでも不十分な場合「その笑いは大喜利の笑いではない」と判断すべきだと考えるようになります。俳句に一編の小説の内容を詰め込むことはできないし、そうすべきではないのと同様に、大喜利にコントすべての笑いを詰め込むことも不可能かつすべきではないのです。この考えを言語化したのが、「一言大喜利のすすめ」でした(とはいえ、私のなかで「大喜利回答パターン」で既に技術についてはほとんどすべて説明したと考えていたので、「一言大喜利のすすめ」を作成した時期とこの考えに至った時期には隔たりがあります。長文回答の垂れ流しを見て、ムカつきすぎたのがきっかけで作成しました)。

ちなみに、Twitter上の大喜利をメインに活動していたのですが、実は、大喜利大会に半リアルで参加(?)したことがあります。大会参加者たちが試合をするなかで、リアルタイムでSNSでも回答を募集するという企画があり、私は会場の客席から回答を送信していました。試合結果の集計中のスキマ時間に、司会がネットで寄せられた回答から厳選したものを読み上げるのですが、それらはすべて私の回答で、かつ、参加者よりも笑いをとっていました。ネット大喜利界隈では有名人の方々がいるなかで、失礼ながら「勝った」と思えたのは自信になりました。

しかし、自信がついた一方で、何の技術もない回答に怒りを覚えるようにさえなってしまい、前述の「紐無しバンジー」や「吉田沙保里」などの回答を避け、「わかる奴だけついてこい」という、売れてない若手芸人のマインドセットまでも装備してしまいました。当然呪われています。

とくにこの頃は、松本人志『一人ごっつ』や千原ジュニア『答え』など、プロの回答を見てもその「元」と技術を理解できる(一部だし、作成まではできないくせに)など、調子をこかずにはいられない状態でしたから、技術を自己目的化していました。それゆえ、前述の受動的笑いの文化では徹底的に「つまらない」奴としてこきおろされました。

この頃の拙稿が「大喜利回答パターン(発展編)と愚痴」で、良くも(?)悪くも「トガッテル」状態でしたね。「審査」を謳うお題主のアカウントがどれほど技術に意識的であるのか、結局は技術も発想も劣った人間に迎合しているだけではないか、と恩も忘れて「審査」について懐疑の目を向けるようになりました。

「審査」一般は、つまるところ目安にすぎず、場合によっては目安にもならない、くらいの感覚で臨むべきでしたね。勝手に期待して勝手に裏切られるのはやめておくべきでした。

まあ、それにしても周りからは「おもしろくない」「それでおもしろいと思ってることだけは笑える」などと罵られ、「もしかしたら俺は本当につまらないのかもしれない」と思ったこともありました。その反証を得るために、某事務所のオーディションに参加して大喜利で自己アピールしたり、近所の飲み屋で(店長に頼まれ)べつのお客さんにトークするなど、客観的評価を探りました。当然、ウケましたし受かりましたけどね!!!

3.大喜利メガネ

こうまでくると、次第に日常生活にも大喜利が侵食してきます。電車に乗っていても他の客にあだ名をつけるのに夢中になったり、キャッチが話しかけてきても「あ!くもんの時間だ!」などと言ってみたり、日常そのものが大喜利のお題として眼に写るようになります。嘘みたいですけど本当の話なんですよ、これが。はい。呪いの装備「大喜利メガネ」でした。

なお、このとき精神的に追い込まれていたのもあり、なんでも笑ってなきゃ死んでしまうという状態だったこともあるので、一般化はできないと思いますし、私自身、今現在は意識的に考えないとそうはなりません。この頃は、『ごっつええ感じ』やガキ使オープニングのハガキのトーク、上岡龍太郎・島田紳助のしゃべくり一般、明石家さんまの返し一般などを貪るように何度も見返していました。

4.現在

なんとか呪いの装備のオーダーメイドスーツから解放され、精神的に復調して現在に至ります。「まあ笑えたらええやろ」くらいのソフトな姿勢を体得しつつ、これまでの自分の回答の反省会をやっています(だから「つまらない」なんて言わないでくださいね)。

しかし、この前のIPPONグランプリでは、その道のプロ、とくに実力のある方々の回答を、方針のみでも許すなら予想できる割合が結構高かった(一々集計していないのでパーセンテージは出せませんが)ので、とても嬉しかったです。

それでは、最後に一般論風に〆ておきましょう!「呪いの装備はお早めに教会へ!」

省三

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?