もしかして、私たち、入れ替わってる~!?

時代遅れの詰め襟に窮屈さを覚えながら、本村重彦は通学路を駆けていた。左手首には、近くのホームセンターで買った、昆虫を思わせる暗色の腕時計が、7:56と表示している。

よし、これなら電車に間に合いそうだ。いつものことながら、"予定通り"の遅刻スケジュールにしたがう重彦は路地を飛び出した。

「キャッッ!」

重彦が気を失う前に見たのは、いまどき珍しい、真っ白なセーラー服であった。

……

「あいたたたた……」

腕時計がちょうど8:00に変わった頃だろうか。しわのできたセーラー服が、地面から身を起こした。

「あれ?俺が寝てる!?!?」

はじめに気がついたことは、目の前に自分の体が横たわっていることであった。その後、2、3秒経ったころに、女生徒は、自らの顔をペタペタと触る。

「へ!?やっぱり?髭もない、手が小さい、なんか良い匂いがする、そもそも俺の体が目の前にあるのに俺は動いてる!」

女生徒は、異様なテンションでこう続けた。

「もしかして、私たち、入れ替わってる~!?」

なんと、この女生徒の身体に、重彦の人格が存在しているのである。重彦は、内心、こんなドラマや映画のテンプレートみたいなことがあるわけない、と思いながらも、憧れのシチュエーションに興奮していた。

「ってことは、もしかして……」

女生徒となった重彦は、元々の自分の身体、詰め襟姿の高校生の体を揺する。が、起きる気配がない。

いっそこのまま逃げてやろうか。いや待てよ、でもここから恋愛に発展するケースもありうるよな。とりあえず起こして自己紹介ぐらいはしよう。元に戻ったときには俺が女子更衣室に入った変態になっていた、なんてことも避けなきゃならないし。

そういえばこの制服はウチの制服だな。ということは、学生証に顔写真がある。どんな子かも知りたいし、名前が分かれば起こすのにも役に立つかもしれない。たぶんこのカバンの外ポケットだろ。

「え、この人、あの白鳥美佳じゃん!」

驚くのも無理はない。白鳥美佳。重彦と同じく帝柊高校に通う生徒だが、学年は重彦より一つうえの三年生であり、その名を他校の生徒でも美人として知っているほどの存在だった。

こいつぁ、しめたぞ。元に戻ったときにはお近づきになってるに決まってる。なんせお互いのことを自分のことのように、というか自分のこととして知ることになるんだから。これは絶対起こさないといけない。

「白鳥さーん!いや、み、み、美佳ー!白鳥美佳ー!」

「……白鳥?」

おお!目を覚ました!俺の体なのに心なしか気品のある目の開け方だ!やはりそう、俺たちは……

「白鳥ってあの!?どこ!?っていうか、あなたが白鳥さんじゃないか!いやぁ~、光栄っす!!!あ、そうだ!ごめんなさいぶつかっちゃったみたいで!」

あれ、おかしいな。白鳥さんの体には俺の人格が、俺の体には白鳥さんの人格が入っているはずだ。でもどう考えてもこの反応は白鳥さんじゃない。どうやら、この入れ替わりは、二人の人格の交換ではなく、三人かそれ以上の人格の交換だったらしい。少しプランは変わるが、結局元に戻ったときの、なんか、そういう連帯感みたいなものはあるだろう。まだ諦めるな。まだ白鳥さんと付き合うルートは存在する。

しかし、こいつは下心丸出しの思春期のガキの反応だ。大方、中学生も近くにいたりして三人の人格が入れ替わったのだろう。こいつの素性もはっきりさせないとな。

「君の名は?」

「えーと、本村っす!本村重彦!」

ん?



んんんんんん?

「本村重彦?嘘だろ、本当は?」

「いや、本村ですけど……」

よおし、何が狙いかはわからんが、とにかくこいつは俺だと言い張るらしい。しかし、俺しか知らない情報について尋ねればぼろが出るはずだ。

「じゃあその腕時計、いくらで買ったの?」

「え、腕時計なんて別に」

「答えられないだろ」

「いや980円のところを、三割引だから……」

「!?もういい、もういい!!!じゃあTwitterのパスワードは?」

「パスワードを人に教えるのはちょっと……いくら相手が白鳥さんでもなぁ。でもTwitterやってんだね!相互フォローしようよ!」

なんだこいつ、というかなんだ俺は。情報セキュリティの意識だけは高いでやんの。下心は丸出しのくせに。

「じゃあ、最初の一文字と最後の一文字だけなら?すぐに変更してもいいから」

俺のパスワードは25桁、最初の一文字は大文字のJ、最後の一文字は4だ。25桁中二つくらいは教えるだろ。

「うーん、じゃあ教えるね。J と4」

「!?ですがぁ~!!!鍵アカウントの誕生日設定は?」

「クイズのひっかけみたいなことしないでよ。しかも鍵アカウントまで?もしかして、白鳥さん、ストーカー?」

「だれがお前のTwitterになんか興味あるもんか、良いから教えろよ!」

「積極的なんだね白鳥さんは、しょうがない。2006年10月7日にしてるよ」

悔しいがその通り!ピチピチのJCのフリをして家出少女を装っている!!!

「……となると、お前は重彦で間違いないらしいな。」

「だから言ってるのに……」

…….これは困ったな。つまり、つまりだ。俺の人格だけが、コピーされて、白鳥さんの身体に宿っているということになる。じゃあ白鳥さんの人格は?……わからん。え?俺はこれからどうしたら良いの?とりあえず、オリジナルにはこれ伝えとくべきだよな……

「実はな、重彦」

「急に下の名前で呼ばないでよ、ドキッとしちゃうよ!」

「バカが。実は、俺も重彦なんだ。人格がコピーされちゃってるわけよ。」

「んなあほな。」

「じゃあ、重彦本人しか知らない情報を喋ってやろうか。シークレットタブのパスワードやら昨日の夕方に見た動画やら。」

「知ってるわけないだろ、じゃあ動画のほう言ってみてよ」

「ASMRと検索履歴に残らない単語を組み合わせて検索して、上から二番目に出てきたやつと、その後その動画をアップロードしたアカウントの別の動画、サムネが金髪のやつはよかったから再生リストの「戦後」に追加した。」

「えぇ……」

「これでわかっただろ、重彦の人格が二つあって、それぞれ重彦本人と白鳥美佳とに入ってるってことだよ!」

「えー、どうせならそっちがよかったなぁ」

「言ってる場合か。なんとかして元に戻らんと。」

「別に戻らなくても重彦in重彦なんだからどっちでもよくない?」

「俺が困るだろ。そっちがよかったなんて言うなら代わってやりたいぐらいだわ。」

「じゃあ、俺らでもう一回ぶつかってみる?WIN-WINじゃね?で、お互い困ったときは重彦の当番制みたいに回したら大丈夫だろ。コピーなんだし記憶もなんか上手い具合になるんじゃないかな。」

……その手があったかぁ!

「やろう!」

……

路地のほうに重彦(in重彦)が戻り、俺は、多分こっちから来たんだろうな~、と思うほうに立った。

「聞こえる~?」

「聞こえる。じゃあ、よーい、どん!」

……俺たちは再び衝突した。

……

「あいたたたぁ~!二回もするもんじゃないなぁ!」

体に鈍い痛みを覚えながら、その痛みがたしかに自分の体であることを実感させた。この声、この手、この足は俺の体だ。確認をしたのち、重彦の体に戻れた喜びが俺を包んだ。

「たしかに痛い、というか内蔵に来る!」

「あー、よかったよかった。じゃあ頑張れよ。重彦の当番代わるときは家来てくれたらいいから。チェンジで、って。」

「わかったわかった。」

……白鳥さんの人格はどうなったか知らんが、まあ俺は俺で解決だ。

と思ったとき、地面に横たわる白鳥の姿に気がついた。

「……死んでる」

じゃあ、さっき返事してたもう一人の俺は!?

「あー、これ、どうやら次は俺の体のほうに偏っちゃったみたいだなぁ。」

「なんで同じ人格が複数でルームシェアするはめに……」

「どうする?」

「どうしようもないね……」

二人、というか一人?で途方に暮れていたそのとき、

「カハァー!死ぬかと思った!!!」

白鳥が息を吹き返したのである!しかし、この様子を見ると……

「あの~、君の名は?」

「本村重彦!!!!」

……

結局、重彦三人でその後話し合ったが、これといった解決策は見当たらず、「現状維持で行こう」ということになった。三人寄れば文殊の知恵なんてのは、同じ人格ではダメだったらしい。

終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?