「法学の入門書」入門

 今回はお笑いあまり関係なく、法学に興味がある、または法学部に入ったけどいまいち「法学」がわからない、という方に「法学」一般の入門書をおすすめするための記事となります。

 私は法学部を卒業しただけのしがない学生ですので、拙いご紹介になってしまいますが、流通している入門書はいずれも素晴らしいものだと思います。本記事でご興味を持たれたならば、是非ともいくつかの入門書を流し読みしてもらって、気に入ったものをご通読されることを祈ります。法学の入門書が「法学への誘い」であるのだとすれば、本記事は「法学への誘いへの誘い」としてお読みください。

0.分析のための観点──「入門書」の二つの目的

 法学の入門書には、大別して二つの目標があると考えます。すなわち、第一に、今後の学習に向けて必要不可欠な知識を提供すること、そして第二に、法学のおもしろみを提示することです。

 法学というと、六法を暗記し、必要な条文を諳じるイメージを持っている方もいらっしゃるでしょう。しかし、六法の暗記が法解釈に必要というわけでは決してありませんし、私も条文で暗記しているものはありますが、それは法解釈学をやっていた結果であって、目的でもなければ不可欠の能力でもありません。たしかにそういうことをできる人はいるかもしれませんが、典型ではありませんし、さしあたりは考えるべき目標ではないでしょう。

 そもそも、私個人としては暗記を目標としても面白くありません。入門書を評価するための第二の点に関する「法学のおもしろみ」は別のところにあると考えています。先程述べたように、法が各法分野で法体系や個別の条文の前提または目標とする理念があります。こうした理念は、単に理念としてアリガタガルだけでは実現しえません。法学のおもしろみは、「ある理念を実現するために具体的な仕組みとしてどのようなものが考えられるのか」ということを、法をその一例として考えることができる点だと思います。もちろん、常に理念を実現できているわけではありませんから、「じゃあどのようにしたらそれが実現できるだろうか?」という立法論や政策論とも関連してきます。

このときに必要となる考え方が、いわゆる「リーガルマインド」や「法的思考」と呼ばれるものです。価値理念を措定し、そのためのルールや指標を適切に設定し、具体的な場面にそれを適用する。こうした、暗記とはかけ離れた、想像力の豊かさを必要とする営みもまた、法学であり、私個人としてはこれが最もおもしろい点であると思います。法学はおもしろくないといけません。

しかし、法「解釈」学は、「この条文でしようとしていること」だけがわかっても、「この条文で実際にできること、できないこと」を特定しなければ単なる「ぼくのかんがえたさいきょうのりっぽうせいさく」になってしまいます。この点が第一の点、すなわち法解釈に不可欠な知識(「おやくそく」)という目標の重要性を現しています。条文に書いてあることから離れて目標を設定し、それを無制限に追求するならば、解釈(?)者の数だけ法があることになってしまい、法が公平に機能しなくなってしまうおそれがあります。

 以上より、法学が理念の実現手段としてどのように機能しうるかを考えるためには、法の理念と解釈の技術の二つが不可欠であり、入門書ではこれらを提示できているか否かをその指標として評価しようと思います。

 なお、その他の入門書も複数冊流してみたのですが、「法学への誘い」というよりかは、「法と日常生活との結び付き」を主眼としているものが散見され、既にご興味のある方を読者として想定する本記事では割愛させていただきます。

それでは以下、ご紹介いたします(順不同)。

1.南野森編「法学の世界」日本評論社、2019年

不可欠の知識:★★☆☆☆

おもしろみ:★★★★☆

 特色として挙げられるのは、憲法・民法・刑法など「代表的」な法分野だけでなく、情報法や少年法など、必ずしも法学部を卒業するための必修科目でない法分野についてもそれぞれ独立して専門家が紹介してくれている点です。他の法分野との違い、その分野の特色として、それぞれの法分野の目的・価値・理念を冒頭に置き、その後事例を紹介する、という構成が、法学の「おもしろみ」を追体験させてくれます。一方で、独立した法分野を各々で扱うために、「法学」一般の方法論を学ぶ、という第一の目的については、「習うより慣れろ(慣れるために他所で勉強しろ)」といった感じですね。しかし、個人的に「おもしろみ」のほうが結局は法的思考にとって重要であると思うので、おすすめしたいところです。

2.稲正樹ら編「法学入門」北樹出版、2019年

不可欠の知識:★☆☆☆☆

おもしろみ:★★★★★

こちらは法哲学的・法社会学的考察を多分に孕み、「よくある議論」について必要な法的知識をきっちり紹介。日頃のニュース等について「井戸端会議」ではなく、法的な「なぜ?」や「どうして?」といった疑問をもち、自ら取り組んでいくための道具がたくさん。AIと法など、最新の論点にも触れるため、「法学への興味」とともに「法的な興味」を喚起してくれる。ただし、こちらも「おもしろみ」がよくわかる反面、「法学」一般における技術についての記述は薄い。個人的には、手続法の概念(証明責任など)を独立して解説してくださっていた点で、日常で使える法的思考の基礎的ツールを学べる本であると思う。

3.石山文彦編「ウォーミングアップ法学」ナカニシヤ出版、2010年

不可欠の知識:★★★★★

おもしろみ:★★★☆☆

この本をずばり一言でいうと、「必修科目でやることを一冊に!」となるでしょう。要件・効果論やその他法解釈の前提となる知識の説明や、日常用語とは異なる法的な言いまわし(「おやくそく」)、さらには憲民刑の主要三法の基本的な建付けまで概説しています。「法学」一般の入門書として抜群の効果があると思いますし、必修科目をこれから学ぶ人にとっても大きな助けとなることうけあいです。ただし、おもしろみ、つまり価値理念については、必要最小限の記述となる箇所があるため、適宜その他の本等で補う必要があります。しかし、概ねバランスに優れた良書であると思います。

4.笹倉秀夫「法学講義」東京大学出版、2014年

不可欠の知識:★★★☆☆

おもしろみ:★★★☆☆(場合によっては★★★★★)

法解釈の際に用いる解釈の方法論を詳しく提示する。また、私のいうところの「おもしろみ」である「価値」についてだけでなく、正義論や法概念論などの法哲学的考察(元々著者の専門分野であるから当然といえば当然だが)が含まれており、「法学」の対象とする「近代法」とは何かを成り立ちから原理的に提示する。法哲学に素養のある、または興味のある方ならば「法学」というよりも「法哲学」入門として大変楽しめるものになると思われる。また、「擬制」という法におけるテクニックの功罪を扱うが、擬制する(「みなす」)ことが法において具体的にどのようになされるのか、なぜ必要なのかまでを解説する。擬制という操作が法的テクニックであることを思い出させてくれた。

5.所感

 流石に偉いセンセ(本来書評を書くこともおこがましいくらいに偉い専門家の方々)が書いてるだけのことはあって、どれも少なくともひとつの指標では高評価になってしまいました。まあ、酷評すべきその他の本もありましたが、それは本記事では扱いません。おそらく前述の目的のため、というよりかは、たとえば「法学の必要性」であるだとか「法の役割」であるだとかを説明することを目的としていると思われるため、本記事の志向と異なるというだけですから、そもそも評価するのが「お門違い」というものもあったのでしょう。ここぞとばかりに酷評して、「どうだ!俺はこいつらを酷評できるくらいに賢いんだぜ!」をしてもよいのですが、バカがばれるだけなのでやめておきます。

 さて、「一長一短」風の無難な解説になってしまいましたが、それについて弁明しておきましょう。まず第一に、そして最大の理由としては筆者の力量が及びません。「一短」と言えただけで我ながら勇気があったと思いますよ、本当に。「不可欠」であるという知識について、私自身が網羅的に知っているという前提に立たないと第一の指標について語ることはできませんし、そんな前提は本来成立していません。しかし、何とか絞り出したその勇気を評価していただきたい!

 次に、ここでご紹介した本はいずれも優れています。そして「入門書」である以上は、今後の読者自身の学習を前提にしているため、それ一冊で過不足を論じることは本来できないといえます。もちろん、「今後の読者自身の学習」のための地図としての優劣を一応つけてはみましたが、それは便宜的なものです。ここでご紹介いたしました書籍を、相補的に読んでいただければ、法学への旅のスタートで躓くことはないと思います。一冊でダメなら二冊で、ということで、一応★の数を調整いたしましたので、★に応じて入門書を組み合わせて読んでみてください。本記事が、法学入門への入門となったならば、拙い書評を出した恥も洗い流されることと思います。

 それでは、法学の門の先で逢えましたら、また。

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