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金曜日のおばあちゃん

以前、僕は清掃会社に勤めていた。車で一日に何件かのアパートを巡回し、建物周りや廊下、階段などの共用部を清掃する仕事だ。

毎週金曜日に清掃を行うアパートがあった。

ある日、清掃をしていると、小さな声が聞こえた。見ると、一つドアが開いており、誰かが手招きをしている。行くと、おばあちゃんがいた。
おばあちゃんはだいたいこんなことを言った。

「わたしは足腰が悪く、ごみ置き場までゴミを持っていくのがツラい。週に一度訪問介護サービスの人が来てゴミ出しをしてくれるが、それだと足りない。毎週金曜日、燃えるゴミをドア前に出しておくから、ごみ置き場に出しておいてくれないか」

そのアパートの構造上、そのおばあちゃんの部屋からごみ置き場までは、階段を降りるか、階段を使わないならかなり遠回りしなければたどり着かない。
結局、業務としてではなく、僕の個人的な行為として、やってあげることにした。毎週金曜日、燃えるゴミが置かれている。それをごみ置き場まで持っていく。

お礼のつもりなのだろう、おばあちゃんはほとんど毎週、ドアを開けて僕を呼び寄せ、お菓子などのちょっとした食べ物をくれた。

ある金曜日、僕の都合で、急遽仕事を休むことになった。その代わりに土曜日である次の日に清掃を行う。
あのおばあちゃんはゴミをどうしただろう。僕が行くまで、丸一日ドア前にゴミが放置されるだろうか。鳥などに荒らされたりしないだろうか。それとも家の中に一旦戻しただろうか。そんなことを考えていた。

次の日、清掃に行くと、ゴミは置かれていなかった。一応、ドアをノックしたが、誰も出てこなかった。足が悪いおばあちゃんは部屋から玄関まで来るのに時間がかかる。少し待ったが、やはり出てこない。留守なのだろうと思い、清掃に戻った。

清掃を終えて、車に戻ると、少し離れたところから、年配の男の人がこちらをじっと見ているのに気づいた。用具を片付けている間もずっとこちらを見ている。

僕は「何かありましましたか?」と尋ねた。
その人は「自分で分かってるだろ」と言った。

そこで僕がとっさに思ったのは、この人はこのアパートの大家さんで、昨日清掃に来るはずだったのに来なかったことを怒っているのではないか、ということだ。

でも、話を聞いていくと、違うようだった。「わたしは隣のアパートに住んでいる者だ」とその人は言った。その人は怒りながら、断片的にこんな言葉を発した。

「昨日、きみ、来なかったよな?」
「救急車が来たよ」
「階段で転んだんだ」

その人が、なぜ僕に対して怒っているのかは分からない。ただ、あのおばあちゃんは、昨日僕が来なかったために自分でゴミ出しをしようと階段を降り、そこで転倒して怪我をしたのかもしれない、ということは推測できた。

その年配の男の人は、僕と話が噛み合わないことを悟ると、首をひねりながら自分のアパートに戻っていった。僕は次に清掃を行うアパートへと車を走らせた。男の人の威圧的な態度、そして(おそらく)おばあちゃんが怪我をしたということで、少し暗い気持ちになりながら、清掃をした。

次の週から、ドア前にゴミが置かれなくなった。ノックをしても誰も出てこなかった。やはり、おばあちゃんは怪我をしたのだ。そのまま何ヶ月かたったある日、ドアポストに薄緑色のテープが貼られた。空き部屋、ということだ。おばあちゃんはどうなったのだろう、と思った。

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