鏡に映るもの

広い館内に私一人、静かな部屋にはクラシック音楽がよく通りカツカツという足音が反響する

壁には額縁に飾られた様々な写真が私の思い出たちが展示されていた

その写真の中の私は楽しそうに笑ったり泣いていたりで懐かしさに駆られる

ここは私の博物館、様々な私が飾られ彩られる場所

そのなかで特に私の目を引くのは列をなす21個の模型だった

それは博物館でよく見る人の進化の過程の模型によく似ていた

しかし並ぶのは猿と人とその中間じゃない

「私の成長過程か・・・」

模型の下には0歳から21歳までのプレートが置かれており私が総理解するのに時間はかからなかった

赤ん坊の頃からランドセルを背負い、制服を着て

順々にマジマジと見ていく途中に頭の中ではその時その時の思い出たちが浮かび上がっていた

ゆっくりゆっくり見比べてとうとう最後の模型である21歳に到達したとき私は時間が止まったのかと思った

衝撃が走ったのは私の頭

流れていた音楽は止まり、心臓の音だけが室内を反響する

鏡でなければいけなかったのだ

そこにいるのは21歳の私つまり今の私のはずで

目に映るのはまるで今の私をそのままコピーにかけたかのような・・・

21歳の私には顔がなかった

精巧に形作られた模型の中、ただ何もない平面の顔が浮き立ってこちらをジッと見つめていた


ピピピピピピピピピッ

「・・・・・・・んんん」

布団から手を伸ばして目覚ましを止め、もう少し布団に入っていたい気持ちをかろうじて払いのける

汗でべっとべとになった寝巻きが少し気持ち悪い

カーテンをサッと明けると朝日が部屋中に飛び込んできて眩しさから目がしばしばする

なんだかとても嫌な夢を見た

気持ち悪くて、ただなんとなく怖かった

そんなことを思いつつ友達と約束を思い出し足早に着替えを済ませ

朝ごはんのトーストを1枚だけ頬張って友達と出かけてくる旨を母に伝えたら

洗面所で歯を磨いて化粧をする

鏡にはいつもどおりの少しまだ眠そうな私の顔が写ってる

「うむ、80点あげよう」

ニコリと鏡に笑顔を作るといつもの私がちゃんといる

そんなことに何故かホッとしたのも束の間

時計を見たら針はもう既に少し早足で向かわないと間に合いそうにない時刻を指していた

急いで靴を履くとトントンと靴をなじませ「行ってきまーす」と目的の待ち合わせ場所まで走って向かったのだった


「「かんぱ~い」」

カチャンと音を立てりんごジュースを一気に半分まで飲み干す

「就職先決定おめでとう」

今日の主役である友人の優奈をそう祝福した

今日は優奈の内定祝いにパーっと遊ぼうということで最近話題の映画を見たあと

現在スイーツバイキングを堪能してるところだ

優奈はフォークを小さい四角のチョコケーキにたて一口に頬張りモゴモゴしながらありがとうと言う

ずっとなりたいと言っていた職業で無事内定が決まりで今こそ何となしといった顔だが内定通知が届いた時なんて飛びついて抱きしめてきたぐらいだ

「本当によかったね、これで長年の夢が叶うね」

「色々あったけどようやくスタートラインに立てたよ

 これでまたなりたい自分へとまた一歩近づいた」

「なりたい自分」これは彼女の口癖だった

自分のしたいことをしっかりと持つ彼女は大学でもいつも自分の立てた目標にひた走り

大変じゃないのと?頑張りすぎじゃない?という周りの心配を屁ともせず

「なりたい自分へなるためだから」とだけ言ってチャームポイントのポニーテールを揺らしまた奮闘するのだった

そんな彼女に私は尊敬や憧れの感情を抱いていた

なんとなしにただ行ける大学に入った私と同じ場所にいた彼女

それなのにその場しのぎのとりあえずで今立っている私より何故だか遥かに高い位置にたってるように感じた

そんな彼女に惹かれるのはもはや当たり前のようで友達になるには大して時間はかからなかった

「あんたも早く決まるといいね」

「そ、そうだね」

予想外の質問にドキリとして苦笑いでまたその場しのぎ

だって私にはもう内定は必要のないものだから

今ここでそれを伝えるのは少し申し訳ないものねと私は自分に言い訳をした

歯切れの悪い返事にはてなを浮かべつつ優奈は「何かやりたいこととかないの?」と続けた

私はその問に詰まってしまった

分からないとしか答えられない私にまぁそんなものかと軽く納得して空になった更に新しいケーキを盛りに行った

歯切れの悪い返事はやりたいことが中々見つからない後ろめたさなのだとでも納得したのだろう

その日はさっき見た映画の話や四年間の思い出話に花を咲かしていたらバイキング終了時間が来て解散となった



帰路の中、頭の中を反芻するかのように「なにかやりたいこととかないの?」という言葉が巡っていた

家に着いた私は思いつきのままに死ぬまでにやりたいことを書き出して見ることにした

映画とか小説とかでよくあるアレだ

最後にとびっきり美味しいものとか食べたいとか・・・どんな?

お母さんの料理が食べたい。

何でもない、いつものあったかいご飯が。

これはまぁ達成済みというか遂行中というか

最後に旅行に行きたいとか・・・どこに?

行ってみたい美しい町や国、心打たれた美しい場所や光景

そんな場所は特にない、私にとってはこの狭い街だけが私の居場所だ。

あー駄目だ、何故かしっくりこない

どんな輝かしい願いを書いても、楽しそうな事を書いてもなんだか想像してみたら曇り空のようにモヤが入ってなんだか霞んでしまう

思い切って今日映画の主人公がやってたスカイダイビングとかどうだろう

主人公いわく死と隣り合わせのスリルが最高にクールだとか・・・

いやそれについて言えばスカイダイビングなんてしなくても隣り合わせどころかもう真後ろまで来てるか・・・

とんだブラックジョークだ

書いて消して、書いて消して・・・ビリッ

消しゴムを強くかけすぎて破れた紙を見てなんだか急にどうでもよくなった

私は知ってたんだ

私には何もないことを

私は何者でもないことを

紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に入れると机の上に立てかけてある小さな鏡が目に入った

「うむ、80点の顔だ」

ニコッっと笑顔を作るとそこには朝と全く同じ、今までと全く変わらない顔のない私がうつってた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?