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green & garden「京都極彩秘宝館」出展作品に寄せて-フレーバーテキスト-

このテキストは2019年4月16日〜28日京都green & gardenにて開催される「京都極彩秘宝館」に出展している作品に対するフレーバーテキスト、いわば香辛料です。

美術/芸術作品について作者が雄弁に語ることは作品を観る人に対して快適な鑑賞へ誘うと同時にイマジネーションや体験を重ねる事への遮断にもつながる為、解答と脱線のバランスを自己の判断でコントロールし、くれぐれもかけすぎにはご注意を。


はじめに……

今回出展した「ユウゲンの極光」シリーズは、今年の1月末から継続的に撮影をしている作品で、私にとっては久しぶりとなる一発撮り(カメラの機能やスタジオのライティングなどで作品を100パーセント完成させたもの)写真作品です。

私にとって一発撮りなのかフォトマニュピレーション(撮影後様々な画像加工を行って仕上げる作品)なのかは重要な事ではなく、描きたい景色に対して写真を画材にどう描くのかが重要だと考えています。

「ユウゲンの極光」は今まで私が撮影してきた「命の質感」をテーマとしたザラリとしたマットな手触りのあるものとは真逆で、粘性のある鮮やかで煌びやかな感触があります。それをいかに描くのかという点において、写真のプリミティブな撮影方法と、古典写真において重要な紙だったバライタ紙がふさわしいと考え、培ってきた技法を総動員・再構築して制作に挑みました。

生きること・死ぬことはなんなのだろうか。

人類史において数多くの哲学者や悩める人々が繰り返しアップデートし続けている題材に対して、写真美術/芸術家として私が出せる解答を空想の極光(オーロラ)として提案できればと思っています。


ここからは展示作品それぞれへのスパイスとなります。


「幻海」

「ユウゲンの極光」シリーズにおける一番最初の撮影で産声をあげ、発表した作品。

撮影した日は1月26日。
その日は東京で参加させて頂いたグループ展の最終日で、次はどんな制作や展示をしようかと考えていたタイミングでした。

この日はもともと別のシリーズの撮影をしていたのですが、その撮影現場で被写体の方がなにか思いついたかのように現場の設備を使って遊び出したので、私もちょっとスタイルを変えて撮ってみるかとライティングやカメラの設定を変えて自由気ままに撮影を続行。

そうしたなかで偶然記録された景色に私自身が魅了されてしまい、ここに新しいソース(源泉)があるのではないかという天啓が訪れました。

その景色は山頂や飛行機から見える雲が海に見えるように、光と影と人間が作り出す紋様、その幻の海が目の前に広がっているかのようでした。

現代芸術家アンゼルム・キーファーが展覧会「地を開かせよ」展でのギャラリートークで、

「冗談を言っている時と言うのは、頭を柔軟に働かせている時だ。そして冗談は時に現実になる。」

と発言していて、私自身、既存の撮影・現像方法に囚われて脱却できない状況が続き、悩みあぐねいていたのですが、この日の撮影現場で偶然発生した「遊び」や「冗談」が新しい道しるべとなり、今後へ踏み出す一歩になりました。


「極光」


「幻海」と同じ日に産まれ、私にこの「ユウゲンの極光」シリーズを撮り続けてみようと思わせてくれた作品。

見た瞬間、「好き」と感じたのです。

私達は年齢を重ねるにつれて「好き」というシンプルな感情では物事を決定しなくなる。「社会性」「効率」「ポジション」など様々なしがらみによって「好き」という直感的な選択は霧のようにかすんでゆく。

しかし、「好き」は「好き」以外の何者でもない。

どれだけ成長して変化を重ねようとも、その断片に触れるだけで鼓動が高まってしまう。

作家として10年以上制作を続けてきて、作品のアプローチや表現方法は大きく変化しましたが、根源に宿るものはずっと変わっていないのかもしれません。

極光=オーロラと名付けましたが、私自身アラスカや寒冷地でオーロラを肉眼で見たことはありません。全ては誰かが撮影したオーロラのお裾分けを頂いたに過ぎず、私の中に記述されているオーロラと現地でそれを眺めた方との文章は大きくズレているのでしょう。

しかし、その「ズレ」が、私自身ならびに作品を観る方への空想・思想を埋め込む余白として機能し、物語が紡がれていくのでしょう。


「紅精霊の唄」


紅精霊=Red  Sprite

「レッドスプライト」とは超高層紅色型雷放電に付けられた名前。
雷雲の上空、普段私達があまり見ることのない場所でその精霊達は宴を開き、ご自慢の鮮やかなドレスと唄声を響かせている。

子供の頃「雷鳴を聴けるということは生きているということだ、だから怖がる事はない」と誰かから教わった。

やがて訪れる死。それを告げる唄。
耳を塞いでも、口ずさんでも良い。
その唄は私達がここにいるのだと教えてくれているのだ。


「骸骨の舞跳」


秋田雨雀が大正13年頃に書いた戯曲「骸骨の舞跳」
関東大震災朝鮮人大虐殺事件を描いた生々しく怒りに満ちた作品。

関東大震災朝鮮人虐殺事件とは大正12年に起こった関東大震災の時にパニックに陥った人々が錯綜した情報に翻弄されて朝鮮人、ならびに朝鮮人と勘違いされた人々を集団で殺害して回った事件。

関東大震災朝鮮人虐殺事件wikipedia

「骸骨の舞跳」が書かれて90年以上過ぎた今も、アナログメディア/インターネットのどちらでもこの事件の時と変わらぬ集団暴力行為が行われ続けている。

自由・平等・平和を唱えながら誰かを傷つける人々を沢山見てきた。

社会・宗教・思想・芸術。そのどれもが人間の弱さや無意味な争いを止めることはできず、むしろ火種にすらなり得る。

だが、希望の灯火は絶やしてはならない。絶やしたくはないのだ。


新田二郎「アラスカ物語」で描かれるエスキモー達の伝承にある、不吉な出来事を予兆する青白いオーロラに付けられた名前「骸骨の踊り」

占いや伝承はそれそのものが重要なのではなく、それを受け入れる事で未来の自分への推進力/抑止力になりうる。

さあ踊りましょう。血も涙もないだなんてまっぴらごめんだ。


「カーネーション・クライング・ライト」


キリスト教において聖母マリアが十字架を背負いゴルゴダの丘を登るキリストを見送った際に流した涙が産んだ花。

アメリカの南北戦争の際、ウエストバージニア州で敵味方を問わず負傷兵の看護にあたったアン・ジャービスの死後、その娘が母への追悼の為に捧げた花。

現代芸術家バネット・ニューマンが母アンナの死後、描いた絵画。

カーネーション・クライング・ライト。
カーネーション・クライング・ライト。

細くて赤い1本の閃光。



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