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過去の私、今の私。


たまにふと、脳裏によぎる光景がある。

戦国なのか、いつの時代なのかわからないけれど、桜が満開で一杯の木の下で、鎧を着た1人の男性がボロボロの姿で木によりすがって座っている。笑顔で。

でもその男性は死んでいる。

その光景は私の何かを呼び覚まそうとするけれど、何もわからないままで終わる。

ただ変な話、懐かしさを感じる。

たまにふと、この光景が脳裏に浮かぶとは言え、それが一体なんなのかわからず、それ以降も普通に当たり前の日常を送り、特に生活が変わるわけでもない。

不思議なのが男性は亡くなっているのに、満開に咲く桜はとても綺麗で、その男性も死んでいるのに顔は安らか。
まるで眠っているみたい。
一体どこの誰で何の関係性があるのかわからないのに、とても大事で愛おしい感情までわく。
なのに、その答えはわからないまま時だけが過ぎていく。

そして私はと言うと、虚しいかな。
ただ、毎日を生きているだけ。
誰も信用しないし、いつ死んでもいいと思ってるくらい、この現実が嫌いだ。

この世の中は、醜さで溢れている。
人が人の心と体の命を平気で奪う汚れた世界。

日常生活でもそう。
学校も街の中もバスに乗っている時も。
皆“自分”が大事でそれを邪魔する人、弱い人をいたぶる。
その光景を見る度にうんざりする。

今朝なんかコンビニで遭遇した中年の男性。
温めが足りないって、店員さんに対して怒鳴りつけ、この男性のせいで後ろは行列。
なんかその男性の姿を見てると、ただ自分のストレス発散のためのような罵声を吐いてるとしか思えない。

後ろに並んでる人達も早くして欲しそうだけど、あんな人と関わりたくないのだろう。
呆れてたり、ため息ついているくらいだ。
横のレジの店員も慌てて並んでる客をまいている。
どうやら今は店員さんは2人しかいない様子。

それにしてもまだ罵声は続いてる。

真後ろにいる私もその罵声を聞かされ、段々その身勝手な男性のイライラし始めているた。

「俺は熱々がいいんだよ!なんだよ!この生ぬるいのは!」

だってさ。
ウザイ。
「今すぐ食べるわけでもないのに、例え熱々にしても会社にたどり着くまである程度冷めるし、だったら会社のレンジで自分好みに温めたらいいのに。なんで、わざわざコンビニの朝の忙しい時間帯に朝からよく、わめけるよね。後ろ大行列なのに、それでも自分のこだわりを通そうとするなんて、ワガママな子供か!ってやつのタイプのおっさんかぁ」
隣にレジ打ってる店員さんもお財布いじってるお客と一瞬動きが止まった。
なんとなくだけど、後ろに並んでいるお客全員が固まった、そんな気がした。
中年の男性も一瞬ピクっと言動が止まった。
でも、朝から私のイライラ止まらない。


「いや、他の人の迷惑考えずにここで駄々こねるって大人のする対応じゃないから、この人、体はおっさんだけど精神がまだ子供?いや、でも子供の方がまだしっかりしてるよなぁ。優しいし思いやりもあるし。あっ、そっか!こう言うタイプの人間って会社でも嫌われてて、わかっててそのイライラを弱い人に当たることしか出来ない可哀想な人なのかも。でもそれも結局自分勝手な行動だよね。結局周り皆んなから嫌われてて、でも自分は悪くないって、めんどくさいタイプで、家に帰ればいまだにママに駄々こねてて、しかも赤ちゃん言葉使ってたりして。いや〜、でも子供じゃなくしかもこのおっさんがそれをやってたらキモい。ただのホラーじゃん。まっ、普通に考えたらまともな大人だったらこんな事しないか。ん?って事はこの人は何?ただのヒステリー茹蛸星人?」

そう考えていると、周りがさらに凍りついていた。
さすがに周りが何故かその男性ではなく私にきてるような気がした。辺りを見渡してみると、皆んな私を見てる。

あっ、もしかしてまた思ってたことを口にしてしまってた?

やっちゃったか。

たまに自分の思った事、口から言ってしまう事あるんだよね〜。
またやっちまったかぁ!と頭にぺちっと手をやった。
自分の行いに呆れながらいたら、その男性はゆっくりこっちに振り返り、顔が真っ赤で今にも飛びかかりそうな恐ろしい鬼のような顔で私を見た。
だけどまたしても私はつい、

「プッ。変な顔」
また言っちゃった。
本当に面白い顔してたからウケてしまい、またしても心に留めておけばいいのに、つい心の声が漏れてしまった。

本当にわざとじゃないんだけど。

その言葉に、隣の店員さんもお客さん達も含め、後ろの人達は笑いをこらえながらもクスクス笑っている。
その光景に男性は、恥ずかしくなったのか我慢しきれない様子で、慌ててその場を後にした。

やっと私の番になり、レジにサンドイッチとカフェラテを置き、
「お願いします」
と言うと、若い可愛らしい女性店員さんから涙ながら、
「ありがとうございます」
とお礼を言われてしまった。お会計をしながら、私はつい、
「疲れますよね。変なイチャモンつけられると。これ結構美味しいから良かったら休憩の時に飲んで下さい」
と自分用に買ったカフェラテを差し出してさっと店を後にした。

本当、今の男性もそうだけど汚い人間達ばかりだ。
自分より弱いと思う人を自分の八つ当たりなのか何なのか知らんけど、あんな風に言葉でも傷つけて。
あ、病気で薬からくる副作用でイライラ?
それともただの屑?
元からの性格?
一体何が原因であんな風になるのか。
ある意味興味はあるものの、やっぱりあんなのに遭遇はしたくないな。
正直面倒臭い。

かと言って、私にはその人の生活環境はわからないし、何か理由があるかもしれない。まぁ自分都合で罵声吐く人なんて正直その人の実情知りたくもないけど。
どんな状況下でも自分の都合で人を傷つける人間が多すぎるこのご時世。

汚れきっている世界。
なんでこんなにも汚く、生きづらいんだろう。

そう思いながらもじゃ、私は?
となると、結局私も同じ。
腐ってる。

そして私の家も腐ってるからまぁ、人の事言えた義理はないけど。

簡単に私の家族の話をすると、父と母は仕事の忙しさを理由に、ほとんど家に居ない。
いや、居ようとはしない、と言う言葉の方が合ってる。
両親2人はお互いにもう何年も避け合い、たまに口を開けば口論をし、罵り合う。
勝手にすればいいけど、私の事をまるで想っているかのように口論している事がある。

それは毎回やめてほしいと思う。
私の事、本当はどうだっていいくせに。
世間体ばかりしか気にしない2人には、私はただの道具にしか思ってない。
そう感じる。

衣食住は何不自由なく与えられ、家も両親のおかげでかなり立派な方だと思う。
周りからは羨まられるけど、それは形だけで、ただ広い家に、いつも私は独り。

家族旅行なんてたった一度、小6の時に日帰りで隣の県にある観光地のみ。

そこでも両親は喧嘩。

楽しくなんてなかった。
“家族”って何なんだろう。
家で1人ドラマを観ていると、笑い合い苦しい時は支え側にいる家族。
家族の絆ってのを思い知らされて、この家族に虚しさを覚える。

こんな温かい家族、憧れだった。
正直、親の愛なんて言葉を使うなら私は知らない。
でも“愛されたい”なんて、いい歳になっても心の中で思う事はある。
もし今後、私が幸せな結婚をし、子供が授かれば私がして欲しかった言動を子供にしてあげたい。
しっかり向き合って抱きしめて、愛してあげたい。

でも愛って、なんなんだろう。

わからない。
でも愛し愛されたい。
矛盾した事だとはわかっている。わかっているのに、こんな事を思いながら今まで生きてきて、無駄な時を過ごし、だからこそこの家、全てからただ逃げ出したかった。

本音を言うなら、この状態でも、もし今見ている世界から別の世界に行けるなら、幸せを感じる世界がもしこの世にあるなら。
私が、もし幸せになってもいいなら。
幸せを感じてみたい。

桜並木を通りながら幼い頃から毎年、願った。

そして、私はこの春から高校3年生になった。
今はこの腐り切った世の中に“ただ生きているだけ”で夢も希望もない。
進路も決めないといけない。したい事もない。正直未来なんてどうでもいい。

でもあの家からは出たい。
フリーターでもなんでもして稼がなきゃ。
前まではそう思えた。

なのに年月が経ち、今はそれすらアホらしくなって、テレビをつければ痛ましい事件、人情のかけらもない批判、終わらない争いで失う命。

こんな腐り切った世の中、全て消えて無くなればいいのに。
今じゃ、こんな風に毎日思う。

人生ってなんだろ?

生きるって、なんだろう?

答えは見つからないまま、いつものようにそう下校時刻になり、学校を後にした。
前方の女子は楽しそうに騒ぎなら3人で帰ってる。

『あれって、同じクラスの子だよね。このままじゃ後ろついて歩く事になりそう。面倒くさいから別の道から帰ろ』
何気に思って私はいつも右を通る分岐点の前で、反対の左の道を選んだ。
何回か同じ事があり、その度に通ってる道だ。
だから気にせずにその道を歩くと、いつもとは違い、今日はやけに人通りも少ない。
いや、誰もいない。

まだ春なのに、その道を進めば進むほどじめっとしてくる。
すると前方に8歳くらいの女の子が困った表情で、今にも泣きそうに立っている。
周りには私以外誰も居ない。
迷子になったのかと思い声をかけた。
「こんにちは。ねぇ、大丈夫?何か困ってる?母さんかお父さんを探しているの?」
すると女の子はこっちを見て、愛くるしい目で安心したのか、突然大粒の涙を流しながら首を大きく横に振るだけで喋ろうとはしない。
困りながらも辺りを見渡しても相変わらず誰も居ない。
「はぐれちゃたのかな?どうしよ。とりあえず一緒に交番まで行ってお父さんお母さん探してもらおう」
と女の子に手を差し伸べた。
女の子は不安そうな顔をした。
けれど意を決したかのような表情をし、軽く頷き、ゆっくりと私の差し出した手を握りしめた。
『あれ、この子の手。すごく冷たい。ずっと1人でここに居たから?いや、でも今4月だよね...。とりあえず今はこの子が風邪引く前に早く交番探して行かなきゃ』

疑問と不思議な感覚はあるものの、しばらく女の子と手を繋いで歩いていくと、なんとなくモヤのような霧のような道になり、そして少し晴れてきた。するとぼやけ気味に家が見えた。
「あっ、お家があった!」
女の子は大きな声で左側を指した。
しかし、そこはよく見ると空き地で、しかも売地になっている。
あれ?と感じてるのも束の間、女の子は嬉しそうに、
「お姉ちゃん!家まで連れて帰ってくれてありがとう!パパとママもいる!ありがとう!」
満面の笑みでその空き地に向かって走りだして行った。女の子の姿は、その土地に入った瞬間、消えた。

「!!!!」

な、何?何?何??消えた!?
いや、確かに手を握って歩いたはず。
女の子の手はやけに冷たかったけど。
え?だって、あの子、迷子だったんだよね?だから交番に一緒に行くだけだったのに、何これ?夢?私夢見てるの?
いや、それとも最近私の心も汚れきってるから幻覚でも見てるだけ??

ええっ??一体どう言う事??

その場で戸惑って立ち尽くしていた私に、またその空き地から薄い影が見え始め、こっちに近づいてくる。
するとさっきの女の子の姿がはっきり見え始めた。
「お姉ちゃん、伝えてってあの人に言われたから伝えにきたよ」
「え?あの人?」
辺りを見渡してもやはり誰もいない。
なんだか不思議だけど、怖くもなかった。
ただこの現状に驚きの方は大きかったけど。

女の子はあどけない顔でさらに話を続けた。

「お姉ちゃんは霊感があって幽霊見えるんだって。困っている幽霊を助ける力もあるよ。その力って昔、お姉ちゃんが今じゃない過去世の時に巫女さんだったかららしいよ。今まで自分でその力を知らずに閉じ込めてただけで、それがこの前した事で封印が解けたんだって。だからまた昔の力を呼び起こす事ができたって。」
「この前した事?」
何のことかさっぱりわからなった。
「うん。お姉ちゃん。全てが嫌になって首吊ろうとしたでしょ。でもそれをしようとしてできなかったのは助けてくれた人がいるからだって。お姉ちゃんを助けるために一度死後の世界から還ってきて、一つの封印が解けたみたいだよ。そこでお姉ちゃんの力の封印も一緒に解けたみたい」

その言葉に驚きを隠せなかった。
確かに先週、全てが嫌になって自分の部屋で首を吊ろうと準備した。
遺書も書いた。
いざ首を吊ろうとしたら、恐怖からなのか両手が硬直して指10本が反対に反って動かなくなった。
あんな現象初めてだし、指があんなにも逆に反るなんて事があるのか、体験した事のない恐怖を感じた。
手は戻らないし、どうしたらいいのかわからない。
痛みはないもののこの指。
これじゃ何もできない。
戻らない指を何とか戻そうとしても戻らない。
ただただ、恐怖でしかなかった。

するとなんで自殺の道を選んだのか。死のうとしたのかわからなくなり、“現実”に我を取り戻し、ただただ不安と恐怖で声を出して何年振りか大きな声で泣き叫んだ。
ずっと。気が済むまで。
誰も居ない家で。独りで。

その時、見えない誰かが優しくて温かい手で、私の手を包み込んだような気がした途端、手も元に戻った。

これは誰にも言ってないし、誰も知らない事。
なのに、なんでこの女の子は知ってるの?いや、誰からの伝言みたいだから、じゃ、その人は一体誰?封印って何?困っている幽霊を助ける力?

疑問が高まる中、女の子は私に向かって真顔で、
「ただね。お姉ちゃんの力はすごいけど、まだ目覚めたばかりだし、よく思わない悪い霊もいるから気をつけて。そいつがお姉ちゃんの命を狙って自殺するように仕組んだみたいだよ。だけど助かった。だからそいつは諦めていない。またくるって」

その言葉にさっきまでとは違い、急に恐怖の寒気を感じた。
その何かが、いつどこから私を見ていて何が起きるのか。怖さからか、自らの恐怖を隠すかのように手をギュッと握りしめた。

その手が優しく温かくなった。
自分の手を見ると、その手を女の子が優しく握ってくれていた。
さっきの冷たい手とはまるで違い、安心を覚えた。
女の子は私の手を包み込みながら、
「お姉ちゃんのおかげで私、家に帰れたんだ。帰りたくてもあいつに帰してもらえなくて。ずっとあそこから動けなかったのをお姉ちゃんが助けてくれたんだよ。ありがとう」
女の子は可愛い満面の笑みでお礼を言うと、
「じゃ、パパとママが待ってるからもう行くね!あっ、お姉ちゃんは1人じゃないから大丈夫!じゃあね」
そう言って女の子はまた空き地に向かい、そして入った途端姿を消した。

「1人じゃないって、ん?その前に私、今まてま幽霊見えてたっけ?」
以外に冷静に今の話受け止めた。
やっぱりただの夢なのかとすら思えて仕方なかった。
けれどそれを覆すように、さっきまで女の子が手を握ってくれてた手の中からジャリと音がし、手を開き中を見てみると数珠があった。

初めて見るのに、まるで昔から知っているかのような数珠。
しかも透き通ったきれいな濃い青色から薄い青色で作られた数珠だ。
自然の形で、その数珠を手首にはめ、
「綺麗な数珠だなぁ。とりあえず、帰ろ」
数珠の色の美しさに惹かれながらその場を後にし、家に向かった。

しかしこの時、別の場所から怒りに満ちた視線を感じることはなく、私はその場に背を向けて歩き出した。

これが全ての始まりだった。

朝。窓越しから賑やかなスズメ達の声が聞こえる。スズメすらみんな楽しそうだ。
何でそんなに朝から楽しくできるのか。ある意味うらやましくもある。
下に降りてパンを自分で焼き、コーヒーを入れていると、母親が慌ただしく2階から降りてきた。
「今日も会議で帰り遅くなるから適当に食べといて」
千円テーブルに置いた。いつもの光景。無表情でお札を見てから、
「コーヒー淹れたけど、いる?」
母専用のカップに既に入れて、コーヒーを渡すと一口飲み、
「ありがとう!遅刻しそうだから、もう行くね!」
たった一口だけ飲んだカップをテーブルに置き、いつも通り去って行った。

また広いリビングに1人。
虚しく朝のニュースが流れているだけの光景。
いつもの当たり前の光景。
何年も前から変わらない光景。
なのに、いい加減慣れていいはずなのに相変わらず寂しさは拭えないのはなんでだろう?

窓の外は快晴。
テレビでもこの1週間は快晴で気持ちのいい春日和だと言っているのに。
桜も散り、なんだかまた新たな1年の始まりを感じる。
でも私は新たな1年なんて求めてもいない。なんなら要らない新たな一年。
無言でただ広いだけの虚しい部屋を見渡し、皿を食器洗い機に入れ、残ってたコーヒーを流しに捨てた。
「もったいない」
淡々と言いながらも母が残したコーヒーが流れていくのを見ているとまるで虚しく流れて消えていくコーヒーが、私のような気がした。
その時、左手首にしてる数珠がジャリっと音が鳴った。
「あれ、この数珠、昨日の。って事はあれ夢じゃなかったっけ?」 
まじまじとその数珠に興味がわき、見ていたら、朝のニュースが、
「7時30分です」
の声に、
「うわぁぁぁ!遅刻しちゃう!」
母じゃないけど慌てて家を後にした。

なんとかギリギリ間に合い、自分の席に座り朝の支度をしていると、いつもの女子グループが大きな声で、1人のリーダー格の子の机を中心に他3人はその机を囲み立ち、話で盛り上がっていた。
「なんかさ、ここの近くのコンビニの隣のビルから若い男性が飛び降り自殺したんだって」
その言葉に耳がいった。
「えぇ、昨日私帰りにそのコンビニ行ったよ。嘘!マジで怖っ!」

怖っ、か。

やっぱりみんな知らない人の自殺の話なんか、弔うとかの気持ちより所詮はそんな気持ちなんだ。

私がもしあの時自殺してたらそう思われていたんだろうな。
気にしなければいいのに周りの声に、またしてもなんとも言えない虚しい気持ちになりながらもカバンから教科書を出し、机に入れた。
窓際の席から見える空は天気予報通り快晴なのに、私の心はいつも晴れた事はない。

・・・・・・。

空をボーーと眺めていると、ハッとした。
いや一度だけ、晴れるというか人生って楽しいかもって思えた時があった。

なぜか、忘れていたけど。

高校1年の時だ。
なんで忘れてしまってたんだろう?
私の人生を、あの時今と一緒で、私の暗闇の人生を短期間光で照らしてくれた唯一の友人の事を。
「起立!」
の声に我に返り、いつも通りの変わらない授業が始まった。
また、日常が始まる。
そして昼。
いつも屋上で1人ひっそり食べて時間をつぶしている。

そうだった。
2年前のあの時も、ここで1人食べていたら同じクラスだった健斗に話かけられたんだ。

忘れていた過去の記憶を思い出した。

「美味しそうな弁当だね。自分で作ってるの?」
あどけない表情で覗いてきた。
びっくりしたけど、顔を見た瞬間なんだか懐かしいような、昔から知ってるような気がした。
けど人見知り私は素っ気なく頷いた。
「確か同じクラスだよね?ここさ、気持ちいいよね。風通しもいいし、静かだし。空青いし」
ゴロンと横たわり上を見上げながら目をつぶってる。
えっ?人が静かにお昼食べている横で寝る?
わけわかんない、こいつ。
悪気はないんだろうけど、馴れ馴れしい態度に戸惑っていたら、
「空って何で青いんだろうね?しかも人の心動かすくらい綺麗な色。不思議だよね」
屈託のない、純粋そのもののが、なんだか横に居ても嫌じゃなかった。むしろ居るのが当たり前のような、自然だった。
なんなんだろう?この感じは。
不思議だったけど、嫌じゃなかったから、私は横でお弁当の続きを食べた。

そしてこれが毎日の日課になった。
同じクラスと言う事もあり、健斗は常に周りに男女関係なく仲間が沢山いて慕われていた。休み時間はいつも楽しそうに健斗の周りには人がたまり談笑。
私は窓の席で風を感じながら読書。

たまに健斗に絡まれるけど、読書の邪魔をするからつい、睨みを効かせてしまう。
「おぉ、もしかして今いいとこだった?ごめん!お詫びにこれ」
と言った一口チョコを机に置いた。
驚いている私に健斗は両手を重ねごめんのポーズをしながら去る。
机に置かれたチョコ。
なんかあたたかい優しさを感じた。
そんな毎日もなんだか捨てたもんじゃないとさえ、思えた。
こんな些細な事だったけど毎日か楽しくなった。
昼屋上でたわいもない話をしたり、静かに2人で流れてゆく雲を見ているだけ。
ただそれだけ。

こんななんて事ない毎日が、いつまでも続くわけはないとはわかっていた。
高校を卒業したら、多分お互い別々になりこれも思い出になる。

でもそれで良かった。
私は初めて健斗のおかげで、毎日の楽しさを感じ、小さな幸せを感じられるようになったから。
私の何かが変わり始めたような気がした矢先、その夢の様な楽しい毎日はあっけなく消えた。健斗は交通事故にあい、そのまま逝った。

雨の中、道路に飛び出した子猫を助けようとして。

その子猫は無事だった。
健斗が命をかけて守った小さな命。

健斗の葬儀の日、会場まで行ったけど中には入れなかった。
イタズラ好きな健斗の事だから、実はこれもイタズラで、本当は生きているんじゃないかって思った。いつものように。
「驚いた?」
ってあどけない表情でひょこっりと現れるんじゃないかって。
だから、だから、見送れなかっかた。
期待した。
いつものように、あどけない表情でまた言ってくる。
そう信じたかった。
そうあってほしかった。

だから、見送れなかった。
出来なかった。

いつもの場所で一緒に見上げていた空を1人で見上げた。
健斗の死は夢か嘘で、本当は生きている。

でも、健斗が再び姿を現す事はなかった。

1人青い空を見上げれば見上げる程、悲しみは増した。
学校にも私の居場所はない。
空を見上げる事もしなくなった。
そして悲しみを隠すかのように、健斗との思い出は、心の扉に封じた。

ズタズタに引き裂かれた心の傷穴はなかなか塞がらない。こんな想い初めて感じた。
苦しい。悲しいよ。
虚しい毎日は落ち着くどころか、悲しみを増幅させるだけだったが。
だから健斗の事は考えないよう過去を封印した。

再び自ら封印した心の扉を開けたものの、現実を見た今、意外にも冷静に捉える事ができた。
「幽霊見えるなら、なんで今まで健斗見えていないんだろ?やっぱり私霊感ないじゃん」
しみじみ思いながら自分で作った残りの弁当とコンビニで買ったサンドイッチを食べた。
そして、午後の授業が終わり下校時刻。
帰宅部の私は学校を後にした。
いつもの帰る道と昨日通った道の分岐点に立った。
一瞬迷ったけど、今日は前方に同じクラスの子もいないし、いつも通りの道を選んだ。
賑わう商店街に、そこまでは高くはないけど立ち並ぶビル。
すると、クラスメイトが言っていたコンビニとビルが見えてきた。
『確か自殺があったの、あそこだって言ってたっけ?』
一瞬立ち止まったが、ニュースにもあるように世界中どこかで誰かが亡くなり、そして新しい命が生まれる。
だから私はあまり死に対して恐怖と言う感情がわかず、そのまま歩き続けた。

すると、1人の若い背広を着た男性が背を向けながらも困っているかのように、何かを探していた。立ち止まったまま辺りを見渡しながら何やらやはり、探しているようだ。

あの男性、何を探しているんだろう?
ただそう思っただけだった。
男の背後しか見えないけど、ずっとキョロキョロして必死に何かを探しているようだ。
声をかけた方がいいのか悩んでいると、左手首にしている数珠が、ジャリと動いた。
すると、男はこちらを振り返った。男は足元にあったお守りに気付き、ゆっくりしゃがみ手にした。
その瞬間嬉しそうに男は、
「ありがとうございます。おかげで母からもらった大事なお守りを手にする事ができました」
寂しそうなやつれた顔で男は言った。

ただ気になったのが、男が振り返る間際、一緒頭から全身血まみれの姿に見えたような気がしたけど、気のせいだったのか、今は普通のただやつれて細身の男性だ。

あれ?そう言えばお守り触れた?って不思議な事言ってたけど、どう言う意味?
顔をかしげてたら、男は、
「ごめんなさい、私多分死んでるんですよ。昨日このビルから飛び降りようとして、迷って立ってたので」
クラスメイトの言葉を思い出した。
隣にはコンビニ、そしてこれが例のビル。
階によって会社だったり、エステだったり色んな企業がびっしり入ってるようだ。
男もこのビルを見上げながら、
「あぁ〜あ、本当に死んでしまったんだ。なんかあっという間というか、あっけないと言うか。これで人生終わったんだ」

寂しそうに言う男。
まるで死にたくなかったかのように聞こえるけど、自殺したんだよね?後悔してるって事なのかな?
心の中で自問自答していたら、
「そうですよね。何で?って不思議に思いますよね。きっとあなたになら言っても大丈夫だと思うので、とりあえずここだと見つかるので、別の安全な場所で話しましょう。ついて来てください」
男は歩きだした。

疑問はたくさんあるものの、悪い人にも見えず、とりあえず言われるがまま、男について行った。
すぐ近くにある公園の付近を囲むかのように4つのベンチの1つに男は座った。
「ここなら多分安全かと思うので、どうぞ」
少し男と距離を取り座った。
男は相変わらず寂しそうな表情で、公園で遊ぶ親子を切なそうに見ながら話を始めた。
「自己紹介が遅れましたが、私あのビルでガス点検をする会社で働いていた鶴野真と言います」
こちらを見ながら礼儀正しく浅く会釈をされ、思わず姿勢を正し直し、
「あ、私は高校3年生の桜木唯と言います」
と同じく会釈をしたら、鶴野さんは笑った。
「ご挨拶してくれなくても知ってますよ。と言うか、なんて言うんでしょ。言わなくてもその人を見たら名前や歳、何をしてる人で、何を想っているのか、わかると言うか脳裏に響いてわかるようになっているみたいです。死者には。と言っても私は昨日死んだばかりだから、まだわからない事だらけで正直死者が皆、こうなのかも知らないんですが」
男は公園で遊んでいる親子を愛おしそうに見つめながら言った。

何でこの人は自ら命を絶ってしまったのだろう?そして、その選択をしたのに後悔をしているとしか思えない。すごく切ない悲しみが伝わってくる。

「私、田舎から出てきてあの会社に勤めていたんです。けど上司には毎日怒られ、最初怒鳴られたりするのはまだ自分が新米でわかっていないし、ミスをするから仕方ない。だから必死に働いて勉強をしたら、きっと上司もいつか認めてくれて、怒鳴られる事もなくなるだろうって淡い期待をして、頑張ってました」
話を聞いてると鶴野さんと言う人物は真面目で、頑張り屋さんなんだと感じた。
「だけど上司の阿部竜司は、いつも何かしら理由をつけては毎日罵声で罵る事は当たり前で、お客様関係の大事な連絡も確認した事と違う事を言われたりされたり。予定してた納品が後日になったり、嫌がらせのようなわざとして。でもそれは僕のミスだと自分のせいにされるのが日常でした。自分に対しての嫌がらせならまだしもまき沿いにされたお客様に迷惑をかけて、自分のせいで本当に申し訳なくて、辛かったです」
男は下を向き、今にも涙を流しそうな悲しみの表情で言った。するとその男性の生前であろう、まだ働いていた光景が見えた。

『お前みたいな能無し初めてみたわ、邪魔だよどけ』
わざとぶつかり歩く小柄な中年の男性。
こいつが例の上司。阿部竜司か。
そいつは、鶴野さんが組んだ仕事の内容を社員全員が帰宅した誰もいないオフィスで、鶴野さんのPCを開きチェックしていた。
『ふ〜〜ん、あいつ俺より客に媚び売って仕事増やしやがってるな』
暗闇の社内にPCの光が、阿部竜司の顔を照らす。
まさに悪徳代官の顔。
データや発注をキャンセルやら自ら替えていた。それが見えた瞬間、
「その阿部竜司、本当腹が立つ!!人しても腐ってる糞野郎ですよ」
またしても心の声がダダ漏れした。
それを横で聞いていた男は、キョトンして、
「そうですよね」
と吹き笑いをした。
笑顔になった鶴野さんに明るい七色の光が包み出した。
すごく綺麗な光。
初めて見るその光に魅了されていたら、鶴野さんは私の方を悲しそうな、そして優しい微笑みをして話を続けた。
「実は私、あの日もまた罵声を言われてもう3年目なのに、全然なれなくて。段々自分が悪いんだ、自分さえいなければ、って1年ほど前から思うようになり、でも現場で関わるお客様にはいつも親切に優しくしてもらったり、時には私に『あの上司大変でしょ、頑張ってるね』
『あの人の元でよく耐えてるよね。応援してるよ』なんて皆さん、言ってくれて。本当それが救いでした。だからお客様のために頑張れていたのに、私と同じように阿部の言動で鬱になった同僚に対しても阿部は冷たく、
『鬱は大した事ないでしょ。仕事出来ないからって精神科に行くのはただの甘えなんだよ。そんな弱っちい事でどうするんだよ、これから先。気合いでもなんでもいれて自分の気持ち回復させろよ。1週間休みをこっちは善意で了承してやってるんだから、そのくらいでさっさと回復しろよ。これ以上特別休暇なんてあげれんから。自分の仕事をきちんとしてくれるなら1週間の休暇も了承するけど、出来ないなら考えんとな。休んだからと言っても自分の仕事くらい自分でしてもらわんと』
その言葉に絶句しました。私も同僚も。
後日同僚は郵送で退職届を出し、その後は連絡がつかなくなり心配していた私は、彼に何度か電話をしたけど繋がらず。それで自分の思いをメールしました。そうしたら彼からメールが届き、
『あの会社に未来はないですよ。自分が壊れる前に自分のために考えて下さい』
って内容をもらいました。今考えるとその通りだったし、彼に気づく事も何もフォロー出来なかった。情け無い事に自分の事で手一杯だったのに、彼は自分も大変な時に私の心配をしてくれた。彼の優しさが身に染みました。それと同時に一体私は今まで何をやってたんだろう。って。自分の無能力を痛感し、こんな自分いらない、消えた方がいいってずっと思いながら過ごしてたんです」

切なそうに何年も抱えている苦しみを鶴野さんは見ず知らずの私に話をしてくれた。

もちろん聞くのは全然私なんかで良ければ話は聞くけど、ただ相変わらず腐りきっている世界だと痛感した。
目の前で行き交う人達を見ていると、お互いに名前もその人の生活環境、抱えてる心の闇は知らず、一瞬にしてお互いに去る。
ただその一部には、必死に心の涙を拭いながら歩いている人もいる。

そんな事は知らず、みなそれぞれを生きている。

すると風が吹いた。
何となく嫌なじめっとした風だ。
鶴野さんは空を見上げた。
「あまり時間がないようですね。なので急ぎ目に話を伝えておきます」
時間?よくわからないまま、私は鶴野さんの話に再び耳を傾けた。

「私はあの日も同じく罵声を言われていました。もう罵声も頭に入ってるような入っていないような。そんな状況の中、罵声が終わり解放されたら本社からオンラインの面談があるとの事で会議室に行き、始めました。そこで言われたのが本社の部長、安藤功治から阿部から私が現場でミスをした日にち、場所、件数の報告が上がっていると。このミスは阿部が後日行った時にチェックしたものらしく、それを直接私には言わずに本社にあげていたそうです。本来ならそのミスは問題ないものもありますが、実際ミスしたものに関してはすぐに対応しなくても大丈夫な件もあったとはいえ、なんで私に教えずに本社に言い、私にはこの様な形で知らされるのか。なんでこの人はこうなんだろう、って。もうこの人はこのままで変わる事はない。そう微かに思いながらただ部長の話を聞いていました」

過去の映像だろう。まだ活気に満ち溢れていた鶴野さんの姿が見えた。
阿部の言動を自分なりに考えながら慎重に言葉を選びながら向き合って話し合いをしようとしている。だけど結局、
『上司の俺に楯突くのか!!誰がお前をここまで育てたと思ってるんだよ!この出来損ないが』
と、自らの机で資料を叩いて威嚇していた。今後新しく入ってくる社員のためにもこの環境を変えなければ。
そんな決意のもと鶴野さんのは意を決して阿部に話をダメもとで持ちかけたが惨敗に終わった。
それでも諦めずに最後の頼みの綱でもある本社の部長、安藤に現状を伝え改善を求めている姿が見えた。
しかし、阿部と安藤は2人仲がいいのか、
『それはいかんね。でもそっちの現場は阿部くんだから本社の規定に合っていたとしても結局は現場なんだから、阿部くんの機嫌を途端とりながら指示に従って上手くやってよ』

安藤はそれしか言わなかった。

本社に阿部の言動を言っていたのはどうらや鶴野さんだけじゃない。何人もいたようだ。他県に人手不足のとこに応援でそれぞれが行き、たくさんの人が阿部に嫌がらせや嫌味をよく言われていたようだ。
目に余る事だからこそ、みな困り報告をしていたようだ。
しかしこの安藤部長は同じセリフを言うだけで、阿部から現状を聞くわけでもなく、改善しようともしなかった。
さらに役職の立場を利用する阿部は、それをいい事に、自分の事務作業を、
『俺、PCわからんから、やっといて』
と若手に自分の仕事を押し付けていた。そして、
『まだ作業終わってない?は?何のんびりしてるわけ?早く自分の仕事終わらせろよ』

何これ?本来なら自分の仕事を人になすりつけ自分の仕事?そう言うあんたがやってないじゃん!言ってる事とやってる事違いすぎなんですけど!?
光景が見えるだけでもかなりイラつく。なんなんだ?このチビ糞オヤジは!!背後から飛び蹴りしたろうか!?
心がもう、怒りの感情しかわいてこなかった。

また私の心の声が聞こえてしまったのだろう。鶴野さんは苦笑いをしていた。
それがわかり、あっ、また口が悪かったから苦笑いされた。と自覚し少し恥ずかしくなってしまった。
鶴野さんは笑いを止めると前を真っ直ぐ見ながら話を続けた。

「だから、あの日そのミスの書類を見て何かが途切れてしまったんです。自分が良かれと思う事もどれが正しくて間違いなのか。もうどうでもよくなって、わからなくて。そして私と言う存在は誰にも必要とされていない。居ない方がいいのではないか。そう思いながら何となく屋上に行き立っていました。屋上には初めて行きましたが、なんだかまるで誰かに呼ばれたような気がして行ったんです。そして下が見えるギリギリのところまで行き下を見ました。行き交う人達に車道。当たり前の光景がなんだか別世界のようにも思えた瞬間、なんでここに立っているんだ?と何気なく思ったら、次の瞬間全てが痛みと闇に包まれていました」
その光景が見えた。
鶴野さんの後ろから人間ではない人の手が鶴野さんの背中を押した。

そして鶴野さんはビルから落ち、亡くなった。

となると殺人。
いや、人間の手じゃなかった。薄く透き通っていた肘までの手しか見えない。
その見えた部分は青紫で気持ちが悪い。
なんだろう、この感覚。
殺意と同時に見えるおぞましい“何か”を感じた。
私はこの時、久々に身震いをした。
鶴野さんは冷静に前を見据えていた。
「私は確かに自殺を考えていました。私と言う存在は無能で、価値もないと3年間あの阿部に毎日言われ続け、最初はそれでもいつか自分が努力をし、一人前になったら認めてもらえるって、でもそれは叶う事はないし、こちらが一生懸命やっても阿部は認めない、結局は人の揚げ足を取って怒鳴りたいだけなんだって。可哀想な人ではありますが」

こんなしっかりして前向きな人でも毎日罵声言われ続けたら心壊れるよね。
私ならそんな上司、やっぱり思いっきり殴ってやるか、蹴っ飛ばしてやりたい。
なんて軽い物じゃないか。そこまでしたなら、逆に相手の心身壊れるくらいの復讐してやりたい。
いやでも冷静に考えてみたら、蹴り飛ばしたりした後、警察沙汰になるのも面倒臭いな。
それに糞同じ土俵に立つのも嫌だし、その前にそんな糞殴る価値もなければ、殴る手が汚れるのも嫌。
だけど糞野放しにするのも癪にさわるし。
阿部は図にのるだけだし。

いや、でももし相手に心身共に回復出来ないダメージ負わせる事に成功したとしても、私は幸せになれる?満足?

「なんか、違う気がする」
様々な考えが浮かぶ中、思わずポロリと出た言葉に鶴野さんはまたしても苦笑いしながら、
「その通りだと思います。結局自分が醜くなるだけで、それもまた悲しい事ですから」
優しく言う鶴野さんに、この人の人柄の良さが見える。それにしても直接会った事もない、阿部竜司と安藤功二。
この2人糞だな。
なんかやっぱ仕返してやりたい。

『鳩の下痢の糞でも頭から被っちまえ!』
と心で思った瞬間、鶴野さんは笑い出した。
「えっ?」
びっくりしている私をよそに、鶴野さんは笑いが堪えきれず、涙を流しながら、
「いや、すみません。さっきから嫌でもあなたの思ってる声が聞こえてきてしまって」
鶴野さんは涙を拭いながら、私に向かって、
「いやでも、そう思ってくれてありがとうございます」
笑顔で言った。

さっきまでの切なそうな苦しみに満ちた悲しみの表情とはまるで違い、生き生きした別人のように。
「いや、私は何も。逆に心の変な声ばかり聞かせてしまってすみません」
平謝りした。
思う存分笑いきったのか、すっきりしたかように落ち着いてきた鶴野さんの顔色は、さっきまでとは違い、健康的になり、しっかりと前を見ながら話を続けた。
「今まで正直幽霊とか居るかもしれない。くらいで否定も肯定もしていませんでした。今回確かに自殺は考えていたし、死にたいとも強く思っていたのも事実です。でもそれは何となく思っていただけで、今となっては後悔しかありませんが、あの時何故自分が屋上に行き、下を見たのか。そして下がろうとした瞬間、誰かに背中を押され落ちてしまった。あなたもご存知のように、私を押したのは生きている人ではない、死んでる何者かの手によって結果死んだので、証拠なんてあるわけもないので、現実世界としては結局、私は自殺扱いになりましたが」
先程までとは違う、また別な切なそうな顔で話を続けた。
「私は田舎で育ち、父は私が5歳の頃酔っ払い運転手に轢かれ即死でした。私にはあまり父の記憶はないけど、写真を見る限り父はいつも笑顔で私を見る顔がとても優しく、幼かった私ですら父に愛されていたんだと感じる事ができました」
切なそうに話す鶴野さんの目には薄っすら涙が溜まっていた。
「1人っ子だった私を、母は不自由させまいと身を粉にしながら働きながらも、しっかり大事に育てくれました。ありきたりですが、そんな母を今後は少しでもゆっくりと自分のために過ごして欲しくて。毎回断られても仕送りをしたり誕生日や母の日には母が好きな食べ物とか送っていたんです。まぁ、今考えると母に喜んでもらう、って前提の自分のエゴだったんですが」
鶴野さんの仕送りは、息子名義の貯金をしていた。いつかの将来のためにと。お母さんは息子の優しい思いが嬉しくて、涙目になりながら貯金をしている姿が見えた。

プレゼントも写真を必ず撮り、食べ物なら食べる時、亡くなった旦那さんの位牌にお供えをし、嬉しそうに位牌に語りかけながら食べていた。
頂く時も丁寧に手を合わせて、
『いただきます』
と感謝し、一口一口しっかり味をかみしめながら食べていた。
このお母さん。
息子のために必死で働き、弱音は息子に見せた事はないようだ。
幼い息子が熱を出し、幼稚園からお迎えがあればひたすらスーパーで働いてるお母さんは店長に罵声を浴びせられながらも必死で謝り、何とか許可を得て息子の元に行き、病院で受診後、家に帰って熱がある息子の看病をしながら側に笑顔で優しく頭を撫でている。
職場での辛い事は微塵にも顔にも出さない。

私はいつだって風邪を引けば、母にその事を言うと薬だけもらい1人寝ていた。
お腹が空いて冷蔵庫を開けたら、プリンがあった。
それだけだった。
熱にうなされてる時も、母や父が夜な夜な一緒に居てくれたと言う記憶は私にはない。

鶴野さんのお母さん。
私の理想の母親像。
優しいお母さんだなぁ。いいな。

ついそう思った。
鶴野さんはこちらに気を遣うかのように一瞬、横を向きかけたが、やめた。
「母がいたのに日常に疲れきり、すっかり大事な事を忘れてしまってました。人の温もりや思いやりを。後悔してもしきれないとはこの事ですね」

返す言葉も見つからない。
こんな時なんて言葉をかけたらいいのか、私もわからなかった。
ただ隣に座り、話を聞いていた。

「落ちた時、私はまだ生きていました。でも死ぬのはわかっていたし、ただ全身打ちつけた痛みと人の悲鳴。あぁ、このまま無惨に死んでいくんだ。その事はハッキリわかり、悔しいやら悲しいやらそんな思いのまま息をひきとりました。すると血まみれでおぞましい自分の死体が目にはいり、周りの生きている人は私の死体を目で覆う人、珍しいものを見るように覗き込む人、写真を撮る人さえいました。ただ中には救急車を呼んで助けようとしてくれる人もいました。その光景をまるで他人事のように見ていたら、武士のような格好をした男性が目の前に突然現れ、
『どうだ?お前を苦しめ死に導いたヤツを今ならお前の好きなように苦しめる事も殺す事もできるぞ。私と一緒にくれば』
そう言ってその武士は、私に手を差し伸べました。ただその手を見た瞬間、恐ろしいくらいの憎悪を感じ、私は断りました。
『そうか。なら気が変われば教えろ。でなければお前は永遠に何も出来ないまま、ここに居続ける。それが嫌ならいつでも声をかけろ。私の姿が見えなくても私は常にお前を見ている。だから復讐をする気になれば、いつでもここから出れる。お前次第だ』
その時耳が痛くなる嫌な何か音がしましたが、それが何の音なのかわからず。ただ本当にその武士の言った通り私はあそこから出れなくなりました。母からもらった大事なお守りもいつま肌身離さず持っていたのに、いつも入れていたポケットにもなく、体中探したけど見つけれずにいたところにあなたがきて、その左手にしてある数球が動いた瞬間、死体と同じ血まみれだった私は元の姿になり、あそこから動けました。あなたが私を救ってくださったのです。本当にありがとうございます」
深々頭を下げられ、
「いやいや、私何もしてないですよ」
両手を左右に思いっきり振った。その手は鶴野のさんの胴体に当たったが、スッと体を通過した。
改めてこの鶴野さんは亡くなってる。と痛感した。

こんなにもいい人が何でこんな目に?
そもそもその武士は一体何者で何が目的なんだろ?
屋上で押した手だけの正体は、もしかしてその武士?
でも何のために殺してるの?
何が目的?

考えれば考えるほどわからない事だらけだった。
そもそも自殺願望があったとしても、願望だけで、曖昧な状態だった人に対して、私みたいに遺書書いて死ぬ準備をしていない人を狙う意図ってなんなんだろう?
考えれば考えるほどわからない。すると、
「えぇっ!!!あなた自殺はかったんですか?」
鶴野さんは突然大きな声で言った。今まで小声で喋ってたのに。
「はい。って言うか、そんなでかい声出るんですね」
そこに思わず感心をしたら、
「そこですか?」
呆れた表情をされた。
いや〜、なんて言えばいいのやらと照れ隠しのつもりで左手で頭を掻いた。すると、
「その数珠、昔から持っていたんですか?」
言われ、改めて数球を見た。
相変わらず見る度に、綺麗。
同じ色でも透き通ってて何層にもわかれてて、不思議と見てるだけでも魅了される。数球を見ながら、
「これですか?いや、実は昨日可愛い女の子からもらって」
鶴野さんもその数珠に魅了されてるかのように見ながら、
「そうだったんですか。でもその数珠は元々あなたの物のようですね。あなたの過去世の時からの物のような、だからこそ他の人には持てない、扱う事は不可能だと思いますよ。ただの直感ですが、そう感じるんです」
この数珠は今までに見た事ないくらい綺麗で魅了されるけど、それだけで特に何も思ってなかった。
でもそう言われると、確かに手首にしているだけでなんとなく心が落ち着くと言うか、懐かしさがあるような。
確かにこの数珠をはめてから”私”を取り戻しつつあるように感じた。
「そっか。この数珠。ただの数珠じゃなかったんだ。ってか、ん?私、こんな目立つ数珠してて学校行ってたけど、こんなんしてたら規定がどうのって言われるのに、先生からは何もおとがめなしだった。良かったー」
安堵していたら、鶴野さんは平坦な表情で前を見ながら、
「その数珠、生きている人には見えていないのでご安心を」
なるほどね。だから先生に注意されなかったのか!と納得した途端、
「えぇ!!みんな見えてなかったの?」
今度は私が驚き大声で言ってしまった。

「はい。それは死者専用に作られたようで、生きている人には見えていません。ただあなたは特別な力があるのでその数珠をはめることも使いこなせる事も出来るようです。多分それを渡した少女もきっと私と同じようにあの武士によって動けなかったのを助けられたんでしょうね。どうやってその数珠を持ってきたのかはわかりませんが」
鶴野さんさえ、色々と疑問に思う事があるようだ。
「でもあの時、私はまだ数珠なんて持ってなかったし、ただ単に女の子が迷子になってたから交番に行くつもりで。でもその子動こうとしなかったから勝手に不安だったのかな?って思って、それで手を差し伸べたら、その手を女の子がしっかり握ってくれて、それで一緒に歩いて行ったんだけど」

それを聞いて鶴野は驚きの表情をした。
「多分あなたは、気づいていないだけで“力”を持っていた。そしてたまたま誰も知るはずもない、本来ならずっとあのままそこに縛られながら居続けるはずだった女の子に声をかけ、手を差しのべ、その子を助ける事ができた。やっぱり、あなたは私が思っている以上に力がすごいですよ。そして数珠が来た事によってきっとさらに新たな力と共にあなたを守る力があるんだと思います。すみません、確証もなければなにせ、昨日死んだばかりでまた死後と言いますか、この生活がよくわかっていませんが、そうなんだとまるで誰かが教えてくれてるかのように頭に声が響いてきて。その声はもとても心地いい優しい声で安心出来るので、多分信頼できるものかと思います。あの武士とは違って」

鶴野さんはその武士をかなり警戒しているようだ。私はその武士を見た事がないし、正直武士=落武者は恐い。と軽く思うぐらいだった。

「あ、ちなみにどうやら死んでから49日経つ前にあの世に行くそうです。それまで自由に色々と行けるようなので、母や思い出の場行ってこようかな」
鶴野さんは優しい瞳で前を見据えて言う。
「ん?でも49日って日数はよく聞くけど、それまでは自由?色々行ける?どう言う事?」
不思議に思いながら頭を傾げながら言うと、
「頭に浮かぶと言うか、さっき言った安心出来る、多分同じ人なんでしょうが、その人の声が脳裏を通して聞こえると言うか伝えとくれると言いますか。教えてくれるんです。」
例の武士とは違い、その脳裏に聞こえると言う人の事は信じてるようだ。
ま、私もよくわからないまま何が何だかわからない事だらけだし、とりあえず、まっいいっか。
そう思った。
「相変わらず、変わってないね。とその方が笑ってます」
鶴野さんは笑いながら言った。
「はい?今思った事?」
「はい。相変わらずのんびりと言うか適当と言うか、天然と言うか。なんかその方大爆笑されててこっちまでつられて笑ってしまうんですけど。いや、失礼」
笑いながら言われると、自分の何気ない言動が急に恥ずかしくなった。
私が天然?世間には興味ないし、周りを見下して距離取ってるのに?
鶴野さんに言ってくるその人、一体誰?
なんか私の事よく知ってるみたいな。
顔を真っ赤にしながら頭の中がパニックになってた。
「いや、その方もバカにしてるとかではなくて、あなたが逆に年数が経てば経つほど人間味が出てきたから安心したと。良かった。と笑いながら言ってます」
「は、はぁ。そ、そうですか」
まだ照れのような恥ずかしさは残ってたけど、
なんとか感情が少し落ち着いた。 
「話は戻りますが、その方が言うにはあなたはまだ力から目覚めたばかり。正直現状も何かあった時の対照法もまだら知らない。だからこそ、あの武士にとってはあなたの命を確実に狙いやすく、確実にくるとの事です」
鶴野さんを通して伝えてくる誰かもわからない人の伝言とはいえ、言葉がずっしりと心に響いた。
でも私の命さえ狙っている、と言われているのに、なぜか別に恐怖はなかった。
私が“生きたい”と願っていないせいなのかもしれないけど。
「え?でもよく考えてみたらなんでその武士は私が邪魔なの?力がある、とか封印解けたと言っても自覚もなければ、使いこなす事も出来ないのに?」
鶴野さんはしばらく前を見据えたまま、険しい表情で黙った。
そして、
「あなたがこの前助けた女の子、いますよね?あの子はあそこで事故で亡くなった。死んだ後も女の子は両親の元に帰りたかった。でもあの武士は私と同じように幼い女の子に自分を轢き殺した運転手を怨み、同じ苦しみ以上を与えようと提案した。けれど女の子はそれを拒否した。ただ両親のところに帰りたいって泣くなだけだったようで、それで私と同じように気が変わったらつまり、自分を殺した人に何かしら復讐する決意が定ったら解放すると行って、あそこから動けなくしたみたいです。50年も」
「50年も!?」
そんな長い年月、あの女の子は泣きながら1人ずっとあそこにいたの?
ただずっと泣きながら帰りたくて帰りたくて、それでも解放されずにただ1人。
ずっとあそこに。なんで.......。

鶴野さんも切なそうな顔で公園で遊ぶ親子を見ながら話を続けた。
「幼い女の子が不慮の事故で亡くなり、ただ両親の元に帰りたい。ってただそれだけが願いだっのに。あの女の子の心は強かったです。両親も生前毎日あの事故現場に行っては姿の見えない我が娘に話かけてたようですね。最初はやはりご両親共に泣き崩れてましたが、それを見て女の子も悲しんでいたようです。どうやらあそこの家族は、いつも笑顔で前向きな方達のようだったので、ご両親も年月が経ち、娘さんのためにも笑顔で毎日あそこに通っては昨日あった事や些細な事を見えない娘さんに話をしていたようですね。そのおかげであの女の子も優しい心を維持出来てたようです」
女の子もそうだけど、そのご両親もすごい。私だったら、と考えるとそうは出来ないんじゃないかと思う。
あの女の子は50年と言う長い年月ずっと1人であそこで帰れる日をひたすら待っていたんだ。

すごい。
女の子の精神の力やご両親の愛情が伝われば伝わるほど、当たり前の日常が消えて、笑いに満ちていた生活がなくなり、両親も女の子の人生も、一瞬で変わってしまった。

なんでこんなに幸せな家族が辛い目に合わないといけないの?
世界は理不尽すぎる。

公園で楽しそうに遊んでいる親子を、切なそうな笑顔で見ながら鶴野さんは話を続けた。

「ご両親も寿命で亡くなられ、それであそこに娘が取り残されて、しかもあの武士により動けずにいることも亡くなってから知り、何度も助け出そうとしたみたいですが、やはりあの武士に邪魔をされてご両親の魂はボロボロに。女の子はその両親の姿を見て、酷い目にあってもそれでも自分を助けようとする両親に泣きながら、もう助けようとしないで天国に行ってと懇願していました。それでも諦めないご両親は、負けるとわかってでも娘を助けだそうと、何度も何度も手を変えては救出を諦めずに闘っていました。女の子はただた大事な両親が傷つけられてるのを見ているしかなく、心深く傷ついてました。昔生きてたころのように両親と一緒に手を繋いで笑い合うだけでよかった。ただそれだけなのに。なんでこんな目に合うのか。あの女の子は苦しんでいました。あの時の切ない悲しみが伝わってきます」
男は悔しそうに下を向いて震える拳を握っていた。
助け出そうとする親。
それを邪魔してまでなんであの武士は女の子に執着をしてたの?
そしてあの女の子は、それでも復讐の道を選ばなかった強い精神。
なんで私はあの女の子をあそこから出してあげることが出来たんだろう?
疑問に思う事はたくさんある。
「いや、待って。ならその女の子を意地でも出さなかったのって、例の武士だよね?なのに私幽霊とは知らず普通に迷子かと思って手を繋いであそこから出したって事?なら私、あの武士からものすごぉぉく、恨まれてるんじゃないの?」
そう思ったらゾッとした。
鶴野はキョトンしながら私を見た。
「ええ。ものすごぉぉく恨まれてますよ。だって女の子だけじゃなく、私も助けてくれましたから。つまりあの武士にとって何かしらの理由で留めたい魂をあなたが無知とは言え、解放しちゃって事はある意味、会社で働いてる人で例えるなら計画して続行している仕事を、新たな内容に軽々と変更してしまった。そりゃ自分の描いていた計画を滅茶苦茶にされたからには黙ってはないでしょ」
鶴野さんはいつもの癖のように淡々と分析し、言った。会社の例えもある意味恐ろしい。それが相手がなおさら幽霊で、しかも悪者の武士。
流石の私も恐ろしさに気づき、恐怖で固まっていた。
「私、さっきまであなたの力絶賛してましたが、状況を考えれば考えるほど、あの武士にとってはあなたは相当の邪魔者で消してやりたい、いや、自分の計画を変更してしまう者だからこそ、あの武士が言う“復讐”対象になってるでしょうから、全力であなたの命すら狙ってくる。嫌でもいつかあなたの前にその武士は姿を現す。大丈夫ですか?」

真剣に聞かれた。
確かに恐い。
別に私、悪い事したわけでもないし、武士の計画が何なのか知らないし、興味もない。
でも何のために、幼い女の子が死んだ後ですら、あそこに留め悪の道に誘うのか。
まるでわからないし理解なんて出来ない。
どうみたってあっちが完全に悪者のくせに、なのに何で私の命さえも狙ってくるのか。
逆恨みやん!偽善者じゃん!それ、迷惑!
しかも武士なんて、落武者なの?それすら想像するだけでも恐いじゃん!

「そこですか!?」
間髪入れず鶴野さんからつっこみがはいった。
「いや、だって武士ですよ?なんか、落武者とか想像したら怖いじゃないですか。今まで幽霊なんて見た事なかったのに、今じゃそれが見えて。しかも私の命さえ狙ってくる怨念たっぷりの武士なんて」
鶴野さんはなんか私に慣れてきたのか、冷静に微笑みながら、
「いや、どうやらあなた昔から見えてたみたいですよ。ただ事故とか自殺の血塗れとから基本苦手のようだから、どうやら無意識でその力でそう言った光景は綺麗に改ざんされてたようです。昔から無自覚とは言え、やはり力は凄かったようですね。いや、でもあなたならそれも納得ですが」
「無自覚でそんな事出来るものですかね?って何故に納得?」
私は顔を傾げて言うと、鶴野さんは呆れたと言うか、同じ場所にいるのにまるで私とは別世界のように思わせるような表情でのほほんとしていた。
しかし、さっきの言葉に妙に納得できない私は、
「あのぉぉ」
鶴野さんの顔を覗きこむかのような仕草をした途端、強い生温い嫌な風が吹いた。
鶴野さんの表情は先程とは違い、危険を察したのか、険しく当たりを見渡した。
「あの武士が近寄って来ています。多分あの武士には私や女の子を解放したのはあなただとバレています。私はここに居たらまた捕まるので一旦身を隠します。あなたはこのままでも大丈夫と。その数珠があるので今のところその武士からは身を守れるようです。そして先程から私に色々と教えてくれてる方が、あなたを全力で守るとも言ってるので大丈夫でしょう。一旦私も身を隠しながらその武士の正体を時間ある限り調べてみます。私も気をつけますが、あなたは人間。どんな手でやつは来るかわかりません。十分に気をつけて」
そう言うと鶴野さんの姿は消えた。

やっぱり幽霊だったんだ。
でも私からしたら幽霊と言っても鶴野さんも女の子もしっかり姿見えてたし、よく幽霊って姿が透き通ってるイメージがあったり、直感的に怖いとか寒いとかもなかった。
それにあの女のだって手を繋げたし。
でも何で?ん?もしかして私も死んでる?
いや、さっき鶴野さんは私の事生きてるって言ってたから私は生きてるって事になるよね?
腕を組み、色々と自問自答しながら考えていたら、公園で遊んでいた親子が宇宙人でも見るかのように私を見ていた事に気づいた。
急に顔が赤くなり、恥ずかしさからその場を走り去った。
今改めて考えたら、私には鶴野さんと話してるだけだったけど、側からみたら1人で喋ったりしてるように見える。
つまり、ただの怪しい人にしか見えてないって事じゃん!

すっっっごく!恥ずかしい!!!

全力で恥ずかしさを消すかのように走った。
それもまた、周りの目を気にせずに。

その状態から公園の北側にある湿った薄暗い木々の中から、ひっそりと憎しみを込めた目で例の武士は見ていた。

「あやつ、やはり生まれ変わっておったのか。相変わらず力だけは変わらずか。厄介だな。早急に対処せねば。また、邪魔をされる」

武士の凄まじい怨念はその時の私にはまだ感じとれなかった。

ただの鶴野さんと話てた私にとっては、側から見たらただ1人喋る怪しい人に見られていた、と言う恥ずかしさの方が勝り、気づく事もなかった。

家に帰り、冷酷な家のおかげで冷静を取り戻した。
玄関に入った途端、メールがきた。
両親は遅くなるとの連絡。
なのでオムライスを作ってTVを見ながら食べた。片付けも終わりお風呂に入り、今日は早目の就寝。

そして、久々に夢をみた。

戦国なのか、武士同士達が戦っている。どうやら戦のようだ。
勝者は喜びを叫び、負傷者は悔しがっている。その光景の中、死者は自分を殺した者の横で恐ろしい形相で睨み続けている。
溢れんばかりの怒りと憎しみが嫌ってほど伝わる。

生きて帰った者達は、それぞれの功績を称えられたり家族で笑い合っている。
自分を殺した生者を悔しそうに、血の涙を流しながら、怒りからくる悔しさを唇を噛み、口からも血を流している。
殺された人達は功績を讃えられることもなければ、待つ家族の元にも帰れない。
なのに、自分を殺した奴らは幸せそうに笑っている。
悔しくて悔しくてたまらない。と言わんばかりの憎しみの目で睨み続けている。
何とか恨みを晴らすために、色々とやっているのが見える。
殺した張本人はもとより、中には本人ではなく、その大事な家族の体に怨念の魂が入り込み、病気にして苦しめたり、生きている善良の本人の意思とは違う行動をさせ、物を盗ませたり、人に危害を加えさせたり。
そうやって、殺された怨念の魂達は生きている人に取り憑き、殺した本人はもちろん、その家族や周りのみなを苦しみ悲しみに満たし、その人達の嘆く姿を見て復讐を成功させ、笑っていた。

生きている人達も突如こうなるのはおかしい事に気づく者や、周りからの助言もある者達が、藁にもすがるように、噂に聞く神社に足を運び、白い砂利に満ちた庭で待っている。
そこへ巫女の姿をした人が数名。
護衛のような武士とは違う綺麗な袴姿の男性達もいる。
病気の者だったり、突如人が変わったかのように盗人や暴力的になった人達を暴れないよう縄で括り、何やら儀式のような何かお祓いのような事をしている。

そして、そのお祓いが終わると、されていた人達が温かい光に包まれ、元の本人になり、その姿に本人からもその家族からも、涙を流しながら何度も何度も感謝をされている。
そして恨んでいた張本人の幽霊も以前の憎しみのような表情はなく、切なそうな顔だっり、何かを吹っ切ったようなまるで別人のような表情で安らかな表情で、自ら空に向かって光に包まれゆっくり消えて行った。

私はゆっくり夢から目を覚ました。
体を起こし時計をみたら深夜2時3分。
夢なのに、なんだか懐かしさと言うか知ってると言うか、不思議な感覚だった。

「そりゃ、過去の生前の記憶だから知ってるんだよ。よ!久しぶり!唯」

昔懐かしい安心する声。
でもまさかと思い、声のする横を向いたら、
「う、嘘......。け、健斗」
私の椅子にちゃっかりあの健斗が座って片手をあげていた。
「は?まだ夢?は?健斗?は?」
現状が飲み込めずにいたら、健斗は笑いながら、
「本当、相変わらずだな唯は。今日会った鶴野さんの事も女の子の事も、そして今見た夢も、全て繋がってるんだよ。俺もね。唯をあの武士から守る役割で、俺は再びこの現世に還ってきたってわけ。まっ、幽霊なんだけどさ。だからその分、そっちの世界の情報はもちろん、あの武士が計画している事も知ってるし、それを阻止する。俺の使命は再び唯を守りながら、今度こそアイツを止める。そのためにも目覚めたばかりの唯には悪いけど、考える時間はない。やるしかないから。俺を信じて一緒にやりとげよう」

健斗が私に手を差しのべてきた。昔も同じ様な事があった気がするけど、なんだか不思議なくらい安心感がわいた。照れながら、
「幽霊のくせに手を差しのべてきても握れるわけないじゃん」
と言いながらも、数球をしている左手で、健斗の手を実際に握れた。

「え?なんで!?」

半信半疑で、なんとなく手を掴んだけど、出来た。しかも健斗の手は温かく安心出来る。しっかり手を握れる事を確認した健斗は確信したかのように安堵の表情をした。
「やっぱりな、大丈夫だ唯。これからしばらく、よろしく!」

屈託のない笑顔で話す健斗の姿は、昔から変わってないのに、なんかここ数日夢なのか慌ただしく激変に満ちた毎日のせいか、頭がついていかない。
今深夜2時だし、これも夢?
なら寝よう。
と再び勢いよく横になった。
「おい!唯!相変わらずど天然かよ!」
大きく笑われた。

横になったままその懐かしく、ずっと聞きたかった声。

涙が溢れてきた。

「えっ、ちょ、唯!なんで泣く!?天然はいい事なんだよ?普通と違って個性豊かって事なんだし、久々の再会で、昔いつもこんな風に言い合ってたじゃん!忘れた?ってか、泣くなよ」
慌てる健斗に、
「うるさい」
と恥ずかしさと嬉しさから掛け布団を被った。
「あのー、俺幽霊だし、鶴野さんからそこそこ聞いてるならわかってるとは思うけど、頭の声何気に聞こえてくるし、それに幽霊じゃなくても、唯の事ならまあわかるって自負してるんで。そんな今更照れなくても」
すっぱ抜かれた言葉に、
「もぅ、うるさい!」
と枕を健斗に向けて投げた。
私には健斗の姿は生者のようにはっきり見えてるのに、枕は健斗の体を通過した。
2人して改めて現実を痛感した。 

真面目な表情になった健斗が、
「いいか唯。さっき手を掴めたのはその数球を通してるからだ。それと唯の力。でも実際俺はもうすでに死んでるし、これが当たり前。言い忘れてたけど例の武士、アイツは今憎しみの魂を集め、夢で見たような事を起こしてこの世を乗っ取る気でいる。嘘みたいな話だけど本当だ。この世には無念で怨念に満ちた、怨みの魂が世界中にいる。それらを集め、騎士団のように生きている人の中には入り、全てを地獄図の様に血で染める計画だ。だからどうしてもそれを止めないといけない。本来ならあの時、過去に止めれていたよかっだけど俺達は失敗した。だから今もそれが続いている。今度こそ終わらせる、終わらせなければいけない使命が俺たちにある。だから唯、俺を信じて一緒にやろう」

また改めて健斗が私に手を差し伸べた。
数日から起こった出来事に、嘘偽りのない健斗の瞳。
どうせ一度は自ら死のうとした命。
あの女の子と鶴野さんに出会い、たまたまとは言え、2人を解放が出来た。その力があるのならあの2人のように困っている魂がいるなら、手助けしたい。自然に力強く思えた。
なんだかそう思っただけで生きる活力が腹の底から沸き始め、力がみなぎるように感じた。
意を決した。
健斗がその私の姿を見ながら、
「改めて、よろしく唯」
再び手を差し出した。その手を今度は迷わずしっかり握った。
その瞬間、手からキレイなら光が溢れんばかりに放出された。

「これで鍵は一つ開いた。唯、行こう」

未来はどうなるか正直わからない。

人生に絶望し、滅べばいいとさえあの武士の様に思う事もあった。
けれど、健斗に出会い“人も捨てたもんじゃない”と感じ、小さな幸せも感じたのも事実。
あの女の子に鶴野さんもそう。
閉じ込められていた場所から出れて、すごく嬉しそうだった。
あの嬉しそうな顔が、忘れられない。
こんな何もない私が誰かの助けになった。
いや、逆に私が助けられていると言っても過言じゃない。
人助けをする事で自分を肯定しているなんて、もしかしたら私のエゴなのかもしれない。
でも私の中にある何かが“私”を呼び起こす。
だからこそ、今からは自分の足で確実に歩いていかないと何も始まらない。
目の前にいる健斗を見つめ、

「健斗。よろしく」

今から始まるこの闘い。
どうなるか結果はわからない。
ただ健斗と一緒なら私は私を信じれる。
そんな私に応えるかのように、数球が小さく光った。
「いいか、唯。今から今後のどうするか話すな」

過去世から繋がる今、そして未来へと繋ぐためにも悔いのないよう、やるべき事をやる。
恐れはない。
ただ、やっと自分を信じれる今、“私”を取り戻す事ができた。だから、共に前へ進める。
健斗となら。

#創作対象2023 #ミステリー小説部門

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