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爪先に紅

 少し持て余す時間が増えてから、ペディキュアを塗るようになった。足なら仕事の時に落とさなくてもいいし、素足のサンダルの先から出る爪に彩りがあってもいいなあという、積極的なような怠惰なような理由だった。
 ライブを観に行くのに合わせて勢いで買ったネイルは、トーンこそ暗めだけど主張が強くてどれも私らしいというには気後れしてしまう色(ライブなら誰もこっちを見ちゃいないという変な安心材料がある)。まあこのまま置いててもな……と手に取って塗り始める。丸っこく歪な指の先に紅が灯る。1本塗る度に、派手かな、とか、私なんかが塗ったところで、みたいな、頭の中で囁いていた声が高揚と擦り変わっていく。

 私はお化粧もファッションも嫌いじゃないけど苦手だ。本来とても自由なものの筈なのに、いざ対峙すると物凄く疎外感を覚える。まあ器量が悪いとか体型が醜いという己の問題が大きいのだけれど、…何ていうか、あの資格が必要みたいな感じは何なんだろう。みんないつ履修したんだろう。オシャレが自分を彩ることに感じるあの罪悪感というか身の程も知らないで、みたいな気持ちは何なんだろう…。綺麗に、かわいく、自分を飾ることにそういう重苦しい気持ちを抱えなくていいようになるにはどうしたらいいんだろうか。

 そんなことを思いながらも、少しづつ整っていく指を見ながら、楽しいな、と思う。矛盾なのかな、と思いかけて、違うな、と思った。

 私は本当は自分を飾ってあげたい気持ちがあるんだな。身の程とか他人の目から、本当は解放してあげたい。好きなものを身に付けた高揚感を感じさせ、「私悪くないじゃーん!」って言ってあげたいんだな…。だとしたら、これはその1歩なのかもしれない。

 塗り終わった足を見つめる。2度塗りしてトップコートまで塗った。下を向いたら「がんばれ!」って、勇気を出した私が囁く。長い時間をかけてこびりついた昏い感情はそうそう何とかなるようなものじゃないけど、まあ、ちょっとずつ、ね。

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