見出し画像

「また」「いつか」が叶うこと

「チャッピーも最近見なくなったし、さびしいわ」

 土曜日の公園で、顔馴染みのおじさんと再会した。4月から自宅待機に入ったから、かれこれ4か月くらい振りだった。お互いマスク顔のままお久しぶりですね、と挨拶した後、世間話のように聞かされた。

 チャッピーは、会社の近くの公園に住み着いている地域猫だ。
 毎日顔馴染みのにんげんを見つけると撫でろと強請ったり、一瞥して近くに取り敢えず座ったり、「今日は何も持ってないのか」と擦り寄ったりする、最早飼い猫のような猫だった。淡い茶虎柄によく似合うピンクや黄色の首輪を嫌がりもせずつけ、大人だろうが子どもだろうが呼ばれれば返事をする。私は彼にご飯をやったことはない、特に益のないにんげんだったが、それでも撫でてもいいぞ、と額をつけて猫の挨拶をしてくれ、側に寄って撫でさせてくれ、膝に乗って眠ったりと仲良くしてくれた。この地域には数匹の猫がいて、中でもサバトラ柄のちびすけはよく懐き、ついて回っていた。その年若い猫は、思慕の念を幼い我儘で表現するばかりだったけど、チャッピーは怒りもせず、その大きな器を見せるばかりだった(時々教育的指導が入ることはあったけど)。

 私がそんな彼と出逢ったのは、転職をした秋。慣れない環境と仕事から少し落ち着ける為に寄る、この公園だった。昼食時間のピークを過ぎた頃には人も疎らで、疲れや悩みをこっそりとチャッピーに聞いてもらった。彼は決まって目を細めて側に寄り、時々尻尾で手を撫でてくれた。
 猫にもにんげんにも優しく、毛繕いとおねだりが上手だった。

「…そうなんですか?」
あまりに憔悴した声だったのかもしれない。おじさんは一旦ギョッとした顔をし、それから穏やかな声で、
「もう1ヶ月くらいは見てへんなあ」
と、言った。
「そうなんですか……さびしいですね」
「…そうやなあ」

 どちらからともなく軽く会釈をしてその場を離れ、私はいつものベンチに座った。桜の木と低い茂みが影をつくる、私たちと猫たちの待ち合わせ場所。会えやしないかと昼寝の木陰を覗いたりしたが、体重で薄く均された土があるだけだった。
 どこか心地いいところで過ごしているなら勿論それがいい、し、それでいい。だけど、彼はソトネコだ。厳しい世界で生き抜いているのを知っているから、そうでないかもしれない可能性が消えない以上、過度に良い期待は出来ないし、しない。それは街を自分たちのものだと思っているにんげんの身勝手な免罪符のような気がするから。だから私には、さびしさを抱えることくらいしか、嗚咽を漏らすくらいしか、ソトネコの彼と関わることができた感謝を表する術が、細切れの僅かな彼との日々を愛する術がない。

 …彼と会えないこの寂しさを、彼はどうやって慰めてくれるだろう。

 帰途。出逢った頃には必死でクタクタだった仕事にも、今では少しは慣れた。揺れる電車の中で、チャッピーのことを考える。温もりや、丸みや、柔らかさや、陽を通して美しいグリーンフロスの瞳。
 泣きながら電車を降りたら、涙と同じような強度で雨が降っていた。傘をささなければ泣いているのはわからないかもしれない。けれど、私は傘をさした。そうやって生きていくのかなあ、と頭の隅で思う。誰かと交差するというのはきっとこういうことなのだ。寂しくて泣き濡れて押し潰されそうで消え入りたくても、別たれた道の向こうへと進んでいくしかない。傘をさして雨を避け、「何でもないです、大丈夫ですよ」という顔をして。
 だけど頭の中では、耳の奥では、強く地面を打つ雨が止まない。

 「また」も「いつか」も希望を信じる人の言葉だ。それは約束された未来ではない。彼と「またね」と別れるのは、いつだって祈りのようなものだった。

 もしも「また」「いつか」、君と会えたら、「あんなに泣き倒した私がばかみたいじゃないか!でも会えてよかった!!」って柔らかい背中を撫でさせてほしい。暑い季節なら「もういいでしょ」とそっぽを向いて、寒い季節なら「あったかいな」と膝で丸くなってほしい。ただ、もしそれがもう叶わないならば、あの愛しい日々が君にとって良いものであったならいいなと願わせて欲しい。私が君から貰ったそれに少しでも似ていたなら、それ以上の幸せはないから。

 井伏鱒二は于武陵の漢詩を「花に嵐の例えもあるぞ さよならだけが人生だ」と訳した。それを受けて寺山修司は「さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう」と詠った。さびしい私は、どちらも選べず今は立ち尽くしている。

もし心に届くものがあったならお願いします。頂いたお心は自分の成長に充てられるものに使わせていただきます