私の日記 vol.Ⅸ 冷たい雨と部屋に感情を置く

あけましておめでとうございます(遅い)
本年も何卒よろしくお願い致します。

過去のことを話してからおよそ1年経ってまた日記書こうと思った訳ですけど、特に書きたいこととか探すのも面倒だし、何かにつけて話題な何かを取ってくるのも違うと思ったので、ただただ自分の感情の供養でもしておこうと思います。
サブタイトルの「冷たい雨と部屋に感情を置く」
ってのはそういうことです(?)

偽善的慈善事業の停止

自分って常に人に対して良く思われていたいっていう、そういう偽善的な人だったんです。(自己評価クソ高く聞こえてしまって仕方がない)
「だったんです。」ってつけている以上今はそういう良く思われてたいとかそういう考えはやめてます。
偽善的な人って出しているので、分かったかと思いますが、偽善的な人と自分で気づいたからやめたわけです。
人に対してやたらと良くしてたいって思ってもその当人がそもそも自分のこと良く思ってない時点で一方的な善意の垂れ流しなんですよね。結果としてまぁ関わってた人の9割が既に居ないんでそういうことだし、人とのコミュニケーションとしても距離感も狂ってるんで嫌気が刺されてんだと思ってます。ごめんなさいね。

死ぬまで顔も本名も知らん人が大半なのに、ネットでただの良い人を演じ続けるのもおかしく思えてきまして、良い人を辞めてるわけです。「別にお前なんて良い人な印象が最初からねぇよ、過大評価してんなよバカが」
とかならそれはそれで自分の今までの感情が全てバカらしく思えてくるのでネタになりますね、ありがとうございます。

自業自得の孤独と虚無。

先日、例の新型ナンタラウイルスの陽性になって、自宅療養をしてた時なんですけどまぁ孤独だし、部屋から出られないんでどんどん精神が荒んでいくわけですよ。買ってた食料もなくなって家族にヘルプを出して、接触避けたいから部屋のドアの前に置いておいてくださいって言っても無視される始末。
疎外感がさらに増す、誰からも反応もなく孤独。
つまり良い人ですらなくただの厄介でただただ孤独(こっち側)にずっと居ただけの人ってことなんです。面白いですね。

思い出なんて沢山あってもお金にならない。

結局のところ思い出とかそういうのが沢山あると人生ハッピー!めっちゃ楽しいみたいな所あるとは思うんですけど、尽く苦い思い出が作られてはそれに苦しむ人がいるし、全員が全部白くて綺麗に映った思い出だけだと思うなよと言いたいわけです。
白の絵の具に一滴の黒い絵の具が混じったらそれは白と呼べますか?それと同じ理屈です。
楽しい思い出に1個でも苦しい思い出が混じったら、たかが1個でもそれに苦しむのです。
Twitter無期限ログアウトにしたのもそういう事です。
自分のnoteを観てる人なんてTwitterにはいないのでまぁ何言っても…みたいなところはあるけど。

2023年のそれなりな抱負。

「特にない」(決めたところで、それを頑張ることを頑張りすぎて他を疎かにするのも違うので今年はあえて主となる抱負は決めずにいようと思います、あえて抱負決めるなら頑張ることを頑張らない。)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?