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家族の無事を確認するまで:阪神淡路大震災

いつものように深夜までバイトをして帰宅したのはAM2:00頃。そこからカップラーメンを喰らいAM4:00くらいに就寝。9時には起きて卒論実験のために大学に行かなくてはならない、そんな1995年1月17日


朝6:30頃に電話がなった。

神戸実家に住む姉からだった。
「神戸ですごい地震があってんで!今すぐTVつけてよく確認しときっ」
と。

東京で一人暮らしをしていた若かりし頃の栗きんとんは、そんな大事になっていたなんてつゆにも思ってもいない。
「オレ、さっき寝たばかりやねん。9時には起きなあかんねん。忙しいねん。地震くらいで電話かけてくんなや!地震なんて東京じゃしょっちゅう起こってるわっ!」
とガチャンと電話を切り再び寝た。


そして9時に起きる。

シャワーを浴びてTVをつける。

深江付近の高速道路が倒れている映像が飛び込んできた。
長田付近の火事の映像が飛び込んできた。
三宮のあのビルが今にも倒れそうなくらいに傾いている映像が飛び込んできた。(数日後、倒壊した)
阪急のどこかの駅が崩れている映像が飛び込んできた。

どのチャンネルに回しても神戸の地震の実況ニュースばかり。

こ、こ、これは。。。めっちゃヤバイいんとちゃうか?
事の重大さに気づき始める。


ハッと、うちは大丈夫なんか????家族は無事なんか???と心配になってきた。そして折り返し神戸実家に電話をしてみる。。。。。。

しかし、繋がらない。
何度かけても繋がらない。
(その後3日間ほどつながらなかった)


もしかしたら火事で家が燃えてしまっているのかもしれない。家が倒壊して家族みんな下敷きになっているかもしれない。姉から電話があった時は無事だったけど、その後もしかして。。。。。不安だけがどんどんと募ってきていてもたってもいられない。

うちはどうなってるんや?家族は無事なのか?
なんとか情報がほしい!

電話も繋がらないし唯一の情報源はTV実況ニュースだった。もう大学の卒論実験なんてどーでもいい。ずっとTVにかじりついて実家付近がどうなっているのか?の情報を探した。(当時インターネットとかはまだ無かったはず。携帯電話も普及しておらずもちろん持っていない)

徐々に明らかになっていく大惨事の様子。
知っているあの場所も!通学路だったあの辺りも!
家族の安否も心配だが、自分の知っている故郷が壊滅的に壊れた映像を見ていると涙が、涙が、涙が。。。止まらない。

徐々に増える犠牲者の数。
そのうちTVでは犠牲者となった市民の名前が流れ始めた。
自分の家族の名前が載っていないこと、友人の名前が載っていないことをどんどん更新されるTVニュースで延々と確認し続けた。

一人知っている名前が飛び込んできてショックを受けた。もしかして友人のあいつなのか??いや人違いかも??電話も繋がらないし今のようなSNSもなかったため確認のしようもない。

家族の安否も未だ分からないまま余計な不安だけがどんどん募っていって気分はどん底。げっそり。なんとか情報を得ようと夜もほとんど寝ずにずっとTVにかじりつく日が確か3日ほど続いた。


ようやく家族と連絡がついたのは確か3日後くらい。
ようやく電話がつながった時は、泣き声で話をしたような気が。。。
家族は全員無事。家も中はぐちゃぐちゃになったり、地盤が少し傾いてしまったのかドアが閉まらなくなったくらいの損害はあったみたいだけど、基本無事。

父は当時大手ゼネコンに勤めていた。台風の日や大雪の日など、普通の仕事の人なら休みになってもおかしくないような日こそ、建設現場を守るために率先して現場へ出ていくような職種の人。この阪神大震災の時も例外ではなく、ぐちゃぐちゃになった家の片づけなどは二の次に地震の翌日からなんとか現場へ出向き対応していたとのこと。もちろん持ち場の現場だけではない。周りを見れば復旧しなくてはいけない建築物ばかり。地震後も休日返上で建築物復旧の仕事に没頭し神戸復興の一端を担った尊敬すべき人間だ。

姉も数日後から仕事に復帰。電車が動いていれば家から30分で着くような三宮の職場だったが、もちろん電車も動いておらず、道路も寸断されている状態だったので、3時間ほどかけて徒歩で通勤したそう。

被災した人ほど頑張っている。頑張れない状況のはずなのに頑張っている。自分の家族も頑張っているし、友人達も頑張って神戸復興のために大活躍している。そんな話が平和な東京にいる自分に届いてくるのだ。
オレ、、、、何やってんねん。くだらんことで文句言ったり、現実逃避したり、、、オレ、何やってんねん。こんなんじゃ全然アカンわ!!

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栗きんとんは阪神大震災を経験した身ではなく、一人暮らし先の東京から心配していただけ(というか何かしたくても何もできなかった)の立場なので、直接被災された家族、友人、その他の方々に対してなんか申し訳なくて。。。その後、色々エピソードがあるけど書くのやめときますわ。

(なおTVスクロールに流れてきた知っている名前の一人。。。その後、やはり友人であったことが分かりました。)


阪神大震災に被災しお亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。



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