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まこもと水鳥達の物語➖「マコモ菌」の発見➖第5話 「アワビのお化け」

「アワビのお化け」

ひろしの母の病状が、「マコモ粉」によって回復したことは、

うわさで村内にどんどん広まっていきました。

そうして、うわさを聞きつけた村の大人たちが、
幼いひろしを頼って、「マコモ粉」を求めるようになったのです。

その頃、村では淋病、糖尿病、リウマチ、神経痛など、様々な病が流行っていました。

病に苦しんでいる人の多くは、貧しい労働者の人たちでした。

彼らはひろしの小屋にやってきて、あっちが痛いこっちが痛いといっては、

「マコモ粉」を求めるのです。そして、その代わりにいつも、 

水鳥たちの餌になる半分実の入ったモミを置いていくのでした。



こうしてひろしは大変忙しくなり、

「まずん」の小屋で寝泊まりしながら、昼となく夜となく、

「マコモの粉」を作り続けていました。



他の子供たちは、親にしかられるので、夜は小屋に泊まることはありません。

しかし、ひろしは、いわゆる自然児です。
「まずん」はひろしの庭も同然。

誰がなんと言おうと、小屋から離れません。



ひろしの母は、家から一番近い「まずん」に小屋があることや、

「マコモ粉」で自分も病を救われたこと、

そして何よりひろしの気性をよくわかっていましたから、ひろしの好きにさせてやりました。


さて、その日の夕方も、ひろしは小屋にいました。 

やっと「マコモ粉」を求める大人たちが帰ったので、

ひろしは、「マコモ粉」と交換して受け取った、半分実の入ったもみの餌を、

うれしそうに水鳥たちへ撒いてやりました。



水鳥たちは首を前後にゆらしながら、ひろしの周りに集まってきます。

どうやらひろしは「まずん」の守り人として、
すっかり水鳥たちに懐かれているようです。


それから、ひろしは、母に作ってもらった握り飯を、

急いでパクパクと食べて、一休みしました。


しばらくしてひろしは、ムクッと起き上がり、
それから夜を徹して「マコモ粉」作りに励みました。  

明日もたくさん「マコモ粉」を欲しいと村の人々に頼まれていたのです。


ずいぶん集中して「マコモ粉」を作っていましたが、ようやく一段落がつきました。


根を詰めたので、少し息抜きをしようと、ひろしは小屋の外に出ていき、


「まずん」の岸辺にたたずんでおりました。



夜明けには、まだほんの少し時間があります。
沼地は薄暗く、ひんやりとしていましたが、風はなく、とても静かです。


ひろしは穏やかな気持ちになり、薄暗い「まずん」をぼんやり見ていたのですが、

ふと、その時、何やら奇妙な感じがしました。


「おや? そういえば、いつもいる水鳥たちが、今は一羽も見当たらないぞ」

そんなことは今まで一度もなかったので、不思議に思いながら、 

ひろしは「まずん」の沼の中を、目を細めて見渡していました。

すると、何でしょう。


暗闇のずっと向こう側の、遠い沖のほうから、
キラッと何かが光りはじめ、輝き出したのです。

と、その光は、みるみるうちに広がって、


「まずん」も草木も見渡す限りのすべてのものを、
あっという間にすっぽりと包んでしまったのです。


ひろしは、光の中に浮かんでいるような気分でした。

そして、目を開けていられないほど眩しいと思うのですが、

不思議なことに、すべてはしっかりと見えているのです。


すると、金色に輝く「まずん」の沖の水面が、
風もないのにザワザワと大きな波を立てて、突如、荒れ狂い始めたのです。


そこは、いつでも冷たい水がこんこんと湧き出ている、「ちんしょう」と呼ばれるところで、どのくらい深いのか、はかりしれないほどの場所です。


その、たいそう深いあたりから、ザブーンと、
ものすごい勢いで大きな長い物体が飛び出してきました。


その物体はキラキラ光るものを全身にまといながら、あっという間に天高く昇っていき、
東の空に消えてしまいました。



「龍? 龍が出てきた?」

そんな思いが一瞬頭をよぎりましたが、
あまりの迫力に、しばらくの間、ひろしは呆然とその場に立ち尽くしていたのです。

どのくらいの時間が過ぎたでしょうか、ひろしはふと、我に返りました。


そこには、いつもと変わらない「まずん」の様子が広がっていて、

水鳥たちも、水面で時折羽をばたつかせては、泳いでいます。  


「そうか、夢をみていたのか」と、ひろしは思いました。

そう思うと、心が落ち着いてくるのです。
ただ、こうも思うのです。

夢だとしても、意識があまりにもはっきりしていたので、

「あの不思議な光は、何か伝えようとしているのではないか」、

そんな気がしてならないのでした。


そう思うと、ひろしは子供ながらも、このことを誰にも言ってはいけないように感じ、
母にも言わず、胸の中に秘めておりました。



しかし、その後も、何度も何度も同じことが起きるのです。


やがて、ひろしの中で、
「これはやはり夢ではない。


あれこそが、おとぎ話にでてくる龍というものなのではないか」


「そうだ本物の龍が現れたのだ」という思いに至りました。


ただ、例え本物の龍だとしても、わからないことがたくさんあります。

「頻繁に龍が現れるのはどうしてなのだろう」

「なぜ、いつも一人の時に限って現れるのか」

「それに、あの強烈な光は何なのか」

「なぜ、あの場所から飛び出し、いつも東の空に向かうのか」

そんなことを毎日考え続けていました。

ひろしの探究心は果てしないのです。

ある日、とうとう意を決して、お寺の和尚さまに相談することにしました。

和尚さまは、子供のひろしのいうことであっても、きちんと耳を傾けてくれました。

「それは、魔縁のものかも知れないなあ」といいながらも、

分厚い古文書を出してきて、いろいろ調べてくれたのです。

けれど和尚さまとて、そのような不思議なものは見たことがありません。

その意味についても、わかるはずはありませんでした。

しかし、和尚さまは、最後にいいました。
「その現象に出てくる光が、あまりにも神々しい光だからして、


決して悪いものではあるまい。それは、きっと吉祥の前兆であろう」と。
それを聞いて、ひろしは、すっかり安心したのでした。

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