自分自身と向き合う

来る日も来る日もこれでよかったのか?と自問自答を繰り返した。

何で私はもっと彼の話を聞いてあげられなかったんだろう。
同じこと言うにしてももっと他の「伝え方」があったのに・・・
そんなことばかり考えて、通勤途中知らぬ間に涙が出ていたことも1度や2度ではない。

子供は大好きだけど、元々結婚願望はなく他人と生活している私の姿を想像できなかった。
ただ彼とは出会った頃からとても自然体で入れ、
この人となら一緒に生活できるかも知れないと思った。
付き合っていくうちに家族になりたい、そう思った。
年齢的なものもあり、特に母からのプレッシャーで
今すぐにでも結婚しなければならない。
結婚出来ない私はダメな人間なんだと刷り込まれていた。
だから、プロポーズ→結婚という古典的な儀式で
彼を誘導していただけなのかも知れない。

本当にそんなに結婚を焦る必要があったのか?
私は母が言うようなダメな人間なのだろうか?

結局私は、自分の気持ちすらもよく分かっていなかった。
そんな状態で愛し愛される関係になれるはずがない。
「結婚」したから、そんな関係になれる訳でもない。

もし次に誰かと出会っても、きっと同じだ。
「大好きな彼ときちんと心を通わせ愛し愛される私になりたい」

とにかくネット検索しまくり、
・恋愛
・復縁
関係のメルマガを登録しまくった。

読んでいくうちに、私はテクニックが知りたい訳じゃないことに気づく。

そういえば私は自分から告白したことってないな
→なんでないんだろう?
 →断られたら嫌だから

終わる時もどちらかが一方的に終わらすことが多いな
→ギクシャクしてたのにきちんと向き合わなかったな
 →怖くて相手の気持ちも聞けなくなってビクビクしていたな

今までの彼氏と心通わせたことってあったかな?
私って本当の意味で人を好きになったことってあったかな?

色んな感情が芽生えて、自分自身このままじゃいけない気がしてきた。

そこで今度は、検索方法を変えてみた。
同じ「恋愛」「復縁」でも興味をそそられる文章を書く人達がいた。
でも半分位言っている意味が理解できない。
気になったワードを更に検索して、自分なりの解釈をしてみた。
すると次第に見えてきた。
手法を変え、表現を変え、同じことを言っているのではないか?

もしかしたら、この世には、原理原則があってそれは、自己改革にも仕事にも、恋愛、人間関係にも全て共通して使えるものではないのか?と気付く。

まず、それを実体験してみようと自分自身と向き合うことから始めた。
・何が好きで
・何が嫌いで
・何をされたら嬉しくて
・何をされたら嫌で
・・とにかく書き出していった。
だけど、心が不感症になりすぎていて、自分自身のことがよく分からない。

私は恐ろしい程、自分の心、本音を無視続けていた。

じゃ、なんで本音を伝えられなかったの?
→だって、受け入れて貰えなかったら悲しいじゃない。
 →それってなんで?
  →否定されている気がするのかな?
   →だから傷つきたくないのかも
と1つ1つ掘り下げていった。

だから沢山の鎧を身に着けて武装して、自分が傷つかない方法をとっていたんだと腑に落ちた。
これが、今までしっくりきてこなかった原因ではないか?と考えた。


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