ヤクザのせいで結婚できない!ep.54

「朱虎、ほんとは全部知ってるんでしょ!?」

 唐突過ぎる上に焦りすぎて意味不明だ。あたし自身も何を言ってるのか分からない。

『ええ、知ってます』

 でも、朱虎にはそれで通じたようだった。

『だから来なくていいって言ってるんですよ。――お嬢がわざわざ出向くような相手じゃない』

 淡々とした口調の下に、昨日の夜に感じた鋭い気配が滲んでいる。

『すぐ済ませますよ、ご心配なく』

 ぞくり、と背筋が冷えた。

「……話し合いだよね? 変なことしないで」

 短く息を吐くようなこもった笑い声がした。

『心がけます』
「あっ……朱虎! ちょっと……」

 プツッ、と電話が切れた。
 慌ててかけ直したけど、『お客様のご都合により、電波の届かない……』という無機質なメッセージが返ってくる。

「電源切っちゃってる……もう!」

 思わずスマホを叩きつけたくなって、あたしは深呼吸した。
 最後の朱虎の笑い声に、胸がざわざわして仕方ない。
 まさかとは思うけど、朱虎は話し合い以外のことをするつもりなんじゃないだろうか。

「どうしよう……結局、朱虎がどこで蓮司さんと会うのか全然分かんない」
「分かるぜ」

 風間くんが言った。
 いつの間にか、環のパソコンを開いてキーボードを叩いている。環はその後ろで腕組みして、風間くんの肩越しに画面を見つめていた。

「朱虎サンの居場所が分かりゃいいんだよな。今、環センパイにパソコン借りて調べてっからチョイ待ちな」
「調べてるって……環のパソコンで何してんの?」
「悪いこと~」

 風間くんは素早くキーボードで何かを打ち込むと、画面を見つめたまま口笛を吹いた。

「オッケ、出たぜ」

 くるりとパソコンをこちらに向けてくる。画面に都内のマップが表示されていて、赤い点がチカチカと点灯していた。

「コレが朱虎サン。正確に言うと、朱虎サンのスマホの場所」
「ええ!? どういうこと?」
「さっき朱虎サンに送ってもらった画像な。あれ、オレ作のウイルスが仕込まれてんだよ」

 風間くんがスマホを振ってみせた。画面に表示されているのは、妙にファンシーなマスコットキャラクターだ。

「ウイルスって、パソコンに入ってきてイタズラする奴?」
「おっ、志麻センパイにしてはまともな回答! それそれ。ま、今回使ってんのはスマホにもぐりこんで勝手にGPS情報を送ってくるスパイウェアだけどな」
「す、スパイウェア?」

 風間くんはにやっと笑った。

「朱虎サンの性格からして、絶対志麻センパイ連れていくって言わないと思ったんだよな。だから、こっちも手を打ったってワケ」
「なるほど……でも、何でそんなもの持ってるの、風間くん?」
「ん~、たまたま?」
「たまたまでそんなもの持ってるわけないでしょ!? 一体、風間くんって……」
「朱虎さんの動きが止まったぞ」

 不意に環が口をはさんだ。
 画面を見ると、赤い点が動くのをやめてチカチカしている。

「これは……先日君が今黒氏に連れていかれた高層ビルだな」
「あっ、あそこ!」

 それなら、タクシーを使えば20分ほどで行ける。あたしは慌てて鞄を掴んで立ち上がった。

「あたし、行ってくる!」
「志麻」

 振り返ると、環が眉間にしわを寄せてあたしを見ていた。

「本来ならついて行きたいところだが……最後の情けだ、兄がフラれるところは見ないでおいてやろう。しっかり止めを刺してこい」
「う、うん。大丈夫、任せて! ちゃんとフってくるから!」

 あたしは出来るだけ明るく頷いてみせた。
 さっきの朱虎の雰囲気のことは、環にはとても言えない。

「もし朱虎サンが動いたらすぐに電話すっからさ」
「うん、いろいろありがとう風間くん!」
「ま~、罪滅ぼしっつか。獅子神蓮司の正体バレしたの、俺のせいだし」

 かりかりと頬をかくと、風間くんはしっしっと手を振った。

「ま、早いとこ行って来いよな」
「うん! じゃ、二人ともまたね!」

 あたしは挨拶もそこそこに部室を飛び出した。

「……は~、んじゃ環センパイ、もう少しパソコン貸しといて」
「構わん」
「けど意外だったぜ。環センパイのこったから、絶対ついて行くと思ったんだけど」
「――おそらく朱虎さんは兄に何かしら制裁を加えるつもりなんだろう。志麻はそれを止めたくてすっ飛んで行った」
「志麻センパイ明らか顔色変わってたもんな。つか、それ獅子神蓮司ヤバくね?」
「朱虎さんを止められるのは志麻しか無理だ。私がついて行っては足手まといだろう。そのくらいの分別はある……それに」
「それに?」
「パソコンから離れたくない。小説のデータがすべてそこに入ってるからな……これは物書きとしての性だ」
「別に勝手に読んだりしねーけど……つかさ」
「なんだ、読みたくなったか。感想必須だぞ」
「なんねーって。……何でさっき助けてくれたん」
「助けた?」
「さっき、志麻センパイが『何でスパイウェアなんか持ってんだ』って聞いてきた時、環センパイが遮ったの、アレわざとっしょ」
「ああ……あの場では色々と話が面倒になりそうだったからな。心配せずとも、志麻は今頃、もう質問のことなど忘れてるだろうよ」
「まあ、志麻センパイはそれでいいけどさ。環センパイは聞かねーんだ」
「何を」
「何を、って」
「明らかに高度な専門知識がないと作れなさそうなオリジナルのスパイウェアのことか? 曲がりなりにもプロの刑事から重要機材を気付かれずに抜き取れるスリの腕前のことか? それとも、普段から顔を合わせている人間もあっさり騙せる変装技術のことか?」
「……可愛い後輩いじめんなよ。オレ、もしかして隙だらけ?」
「いや、君は限りなく怪しいだけで尻尾は掴ませてこなかったぞ。今回まではな」
「……」
「スパイウェアを使ったのは君にとってイレギュラーな行動なんだろう。君が自分で言っていた通り、自分のミスから招いた事態に対するケジメという意味があるのではないか」
「そこまで分かっちゃう? 志麻センパイは鈍すぎだけど環センパイは鋭すぎるだろ」
「これでも部長だからな、可愛い部員のことはよく見ているのだよ。……なるほど君には確かに何か秘密があるようだ。それはそれでで構わん」
「それで……構わん?」
「私は知りたがりだが、他人の秘密を無理に暴く趣味はないよ」
「……マジか」
「マジだよ。君は私を何だと思ってたのだ」
「好奇心の鬼」
「ふむ、あながち外れてはいないな。ま、気にならんと言えば嘘になるから、話したくなったらぜひ聞かせてくれ。それでいいな」
「……了解」
「無駄話が過ぎたな。ちゃんと点を見ているか? 動いてはいないようだが……ん、何だ。ここに点がもうひとつあるぞ」
「あー、それは志麻センパイ。ほら、朱虎サンに画像送ってもらうのに志麻センパイのスマホ経由したじゃん」
「なるほどな。しかし、志麻の奴は何をしているんだ? 校門の前から動かんが……あ、動き出した」
「……なー、環センパイ」
「ん?」
「あのさ。……オレ、アンタのこと好きだわ」

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