ヤクザのせいで結婚できない! ep,59
そうだ、そういえば思いっきりミカの前で『僕が警察のスパイだから』って言ってた。
頭に血が上ってミカのことが見えてないのかな。何にしろまずい、まずすぎる。
「おい、どうしたんだ? スゲー顔で固まってるけど」
「あ~ええと……ミカ、それはそのまま流して忘れて、お願い」
「は? 忘れてってマジなのかよ! それって」
「お願い、忘れて!」
思いっきり手を合わせてお願いポーズでミカを拝む。
これでダメなら物理攻撃で記憶を飛ばすしかない。さっきコンテナが崩れた時に手ごろな木材も何本か転がってるし、あれで何とか……。
「お、お、おう、分かった」
ミカがぎくしゃくと頷いてくれたので、あたしは物騒な方法に訴えずに済んだ。
「ありがと!」
「お願いポーズはずりーよな……」
「え?」
「や、何でもねーって」
慌てたように手を振ったミカのポケットから軽快なメロディが流れ出した。
「ん? あ、あんたの爺さんから電話だ。結構時間経っちまったからな」
「うっ、おじいちゃん……ごめん、適当にごまかして! 朱虎と蓮司さんがいるのは内緒で、えっと……急な補習が入ったとかなんとか!」
「何だそれ……分かったよ、ちょっと電話してくる」
スマホを耳に当てながら出ていくミカを見送っていると、背後でまたコンテナに何かがぶつかる音が派手に響いた。
「ひゃっ!」
振り返ると、コンテナに寄りかかるようにして蓮司さんが倒れていた。いつの間にか上着を脱ぎ捨てた朱虎が息を切らせながら見下ろしている。
蓮司さんはピクリとも動かない。どうやら、気を失っているようだった。
「一応、終わり……?」
ほっ、と息をつきかけた時、朱虎が動いた。近くに転がっていた木材を拾い上ると、ぐったりとした蓮司さんに歩み寄る。無造作に木材を振り上げて――
「って、ちょっと待ったあああっ!! 何してんの!?」
「離れててくださいお嬢。今、この野郎の息の根止めるんで」
「止めちゃダメ! もう気を失ってるから、蓮司さんっ!」
「だからとどめをさすんでしょうが」
口調は冷静だけど、内容は全然冷静じゃないし紺色の目はまだ冷たく燃えている。理性は吹っ飛んだままだってことがよく分かった。あたしに向かって話しているのに、意識は全部蓮司さんに向いている。
「いいからお嬢はすっこんでてください」
「すっこんでろ!?」
頭に来た。
あたしは大股で朱虎に歩み寄った。
「もう終わるんで待っててください。今……」
「や、め、ろ、って言ってるでしょ、バカーッ!」
バッチーン! と景気のいい音が倉庫内に響き渡った。
じんじんする手を振り抜いたまま、目に力を込めて朱虎を睨む。
「あたしの言うこと聞きなさいっ!!」
「……は、はい」
頬を赤くした朱虎は、面食らったように何度か瞬いた。
紺色の目が焦点を結んで、いつもの雰囲気が戻ってくる。
「うっ……」
蓮司さんがうめき声をあげて身を起こした。
「蓮司さん、大丈夫?」
「いえ……はい」
急いで駆け寄ると、蓮司さんは何とかコンテナに上体を預けて、ため息を漏らした。背後で舌打ちがする。
「朱虎は離れてて」
「しかし」
「蓮司さんとはあたしが直接話すから」
「……分かりました。外に出てます」
朱虎は不満げな声で言うと、踵を返して大股で出ていった。何となく不貞腐れた子供みたいな態度だ。
「あの、ハンカチどうぞ」
「ありがとうございます。……カッコ悪いところを見せてしまいましたね」
差し出したハンカチを受け取ると、蓮司さんは小さく微笑んだ。痛々しげな様子が強烈に色っぽい。
「いや全然カッコ悪くないです、ほんと全然まったく、むしろ破壊力が増してるっていうか」
「はい?」
「あっ、いえ、何でも……あの、すみませんでした」
あたしはぺこりと頭を下げた。
「朱虎がこんなことしちゃって……蓮司さん、今は大変な時なのに」
「何であの男がやったことであなたが謝るんです」
蓮司さんはハンカチで顔を拭い、髪をかきあげた。
「あたしがはっきりしないせいで、朱虎が代わりに動いたんです。だから」
「要するにあの男が先走ったんでしょう。じゃ、やっぱり志麻さんが謝る必要なんてありませんよ」
「……でも、やっぱりあたしのせいなんです。あたしがすぐにちゃんと返事をしなかったから」
言わないと。ちゃんと、自分の言葉で。
あたしは大きく深呼吸した。
「あの……蓮司さん、あたしは」
「この件が片付いたら僕は警察をやめます」
「えっ?」
いきなり遮られて面食らっていると、蓮司さんがあたしの手を掴んだ。
「仕事なんていくらでも変えます。あなたの家についてどうこう言う両親ではありませんが、実家が気になるなら縁を切ります」
「ち、ちょっと」
「デートの際の門限は19時、必ず時間までにお宅にお送りします。結婚した後でも、あなたが成人……高校卒業するまでは一線を越えるような真似はしません」
「微妙に期間短縮……じゃなくて、あの」
「浮気もギャンブルも、とにかくあなたを悲しませるようなことは絶対にしません。約束します」
蓮司さんがあたしの目をまっすぐに覗き込んでくる。
「僕と同じ気持ちを返して欲しいとは言いません。ただ、僕のことを見てくれるだけでいい」
あたしの手を掴む蓮司さんの手が微かに震えている。そのことに気付いて、胸がずきりと痛んだ。
「それでも駄目ですか?」
何も言えずにいるあたしの頬に蓮司さんの白くて長い指がそっと触れた。
「あなたが好きなんです」
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