ヤクザのせいで結婚できない! ep.65

「はっ!?」

 思わず声が漏れたけど、美少女はあたしを無視してお医者さんを手招いた。

「何ぐずぐずしてるの。さっさとして」
「ち、ち、ちょっと待ってください!」

 あたしは急いで朱虎と美少女の間に割り込んだ。

「朱虎を動かさないでください! すぐに救急車を呼んで、病院に連れてってもらわないといけないんです!」

 美少女は呆れたような目つきであたしを見た。

「馬鹿なの? 今、大通りはすごい人で救急車なんか通れないわよ」
「えっ」

 そうだ、そういえば近くでイベントをやってるんだっけ。

「今から救急車を呼んで到着を待つより、ジーノの車で運んだ方が早いでしょ。コイツったら生意気にスポーツカーだもの」
「サンドラの言うとおりだよ」

 横からお医者さんが口を添えた。

「さっき僕もそう言おうと思ってたんだ。下手に救急車を待つより、僕が運んだ方が早いって」
「で……でも、迷惑じゃ」

 美少女の目つきが鋭くなった。

「ぐだぐだうるさいわね。あんたアケトラを殺したいわけ?」
「そっ、そんなことない!」
「じゃ決まり。ジーノ、早くして」

 肩をすくめたお医者さんがさっさと朱虎を抱え上げてしまう。

「あっ、あたしも一緒に」
「ハア?」

 美少女が綺麗なターンで振り向くと、あたしの胸をどん、と突き飛ばした。

「きゃっ!?」
「図々しいのもいい加減にしてよ。アケトラの体の大きさ見えてる? 後部座席に寝かせたらいっぱいになるじゃない。あんたの乗るスペースなんてないの」
「やっ、でも」

 言い返そうとしたら「チッ」と舌打ちされた。
 この美少女、なんか圧がすごい。
 だけど今の朱虎から離れるなんて考えられない。あたしが追いすがろうとした時、ドアからミカが飛び込んで来た。

「おい、大変だ! 今、病院から連絡があって爺さんが緊急手術だって!」
「えっ……ええええええっ!?」
「急に悪くなったみてーだ! すぐに来いって……って、あれ? これ、どういう状況だ?」

 朱虎を担いだお医者さんと美少女を見たミカはきょとんとしていたけど、あたしはパニックでそれどころじゃなかった。
 足元がグラグラ揺れるような感覚で、今にも立っていられなくなりそうだ。
 よりによってこのタイミングでおじいちゃんが? 
 緊急手術って、そんなに悪いの?
 すぐにおじいちゃんのところに飛んでいきたい。だけど、だけど。
 ぽん、と肩を叩かれて体が跳ねた。

「志麻ちゃん、今はおじいちゃんのところに行った方が良い」

 振り向くとお医者さんがあたしを心配そうな目で見ていた。朱虎と同じ紺色の瞳に泣きそうな顔のあたしが映っている。

「朱虎くんは必ず助けるよ。僕に任せて」

 何も考えられなくて、あたしは小さく頷いた。お医者さんがにこりと笑う。

「金髪の君、そこに転がってるバイクで彼女を早く連れて行ってあげて」
「えっ、は、はい」

 ミカがバイクを引っ張ってくる。あたしは半ば呆然としたまま、ミカの後ろに乗った。

「気を付けてね。後始末はしておくから、早く行きなさい」
「は……はい。 あの……本当にいろいろありがとうございます」
「いや。僕の方こそ、君には礼を言うべきかもしれないな」
「えっ?」

 きゅっ、とお医者さんがあたしの手を一度、強く握った。

「電話をくれてありがとう。まったく、何がどうなるかなんて本当にわからないものだ」
「え……? 何のことですか?」
「――また連絡するよ。じゃあ」
「あっ……」

 お医者さんが手を離す。
 バイクが唸りを上げて走り出した。あっという間に倉庫を飛び出して、何もかも見えなくなる。

「わりーな、まだなんか話してる途中だったか?」
「ん……大丈夫」

 最後の言葉は一体、どういう意味だったんだろう。
 胸がざわざわする。
 あたしはミカの服を掴んで、顔をしかめた。

「……ミカ、何でびしょ濡れなの。なんか磯臭いし、服にワカメついてるけど……まさか、海に落ちたの?」
「や、落ちたっつーか、朱虎さんに落とされて……」
「は? 朱虎に? 何で??」
「色々あって……つか、朱虎さん大丈夫なのか? あいつら何なんだ?」

 ミカはもごもごと口ごもってから、慌てたように話題を変えた。

「あの人はお医者さん。朱虎が撃たれちゃって……応急処置しに来てくれたの」
「医者? なんかそんな……しなかったけど……」 

 ババババッ、と風が強く吹きつけてきた。

「何? 聞こえない!」
「だか……、……! ……」

 駄目だ、全然聞き取れない。
 ぎゅっとミカにしがみつきながら、あたしは叫んだ。

「とにかく飛ばして! はやくおじいちゃんのところに連れていって!」

 ウォン、と返事みたいにバイクが唸った。


「……なー、志麻センパイ今頃どうなってっかな」
「不破さんのところへはたどり着けたようだから、あとはどうとでもなるだろう。……君、帰り道はこちらの方角ではないのではないか」
「あー、環サンを駅まで送ろうと思ってさ。もう遅ぇじゃん」
「大通りを行くから心配ご無用なのだが、気遣いは素直に受け取っておこう」
「なあなあ環サン。さっきも言ったけどさ、オレと付き合わね?」
「先ほども言ったが遠慮する」
「うーわ、即答。まあオレもそう簡単にはあきらめるつもりねーけどさ」
「しつこい男は嫌われるぞ」
「無理やり迫るようなダセーことはしねーから安心してください。つか、何でダメなん?」
「理由は二つある。聞きたいかね」
「ぜひとも」
「一つ目。文芸部は部内恋愛禁止だ。部内の風紀が乱れる」
「はー!? そのルール、明らか今制定されたっしょ!? しかも部内って、オレと環サンと志麻センパイしかいないじゃん」
「少人数だからこそだ。私と君が恋人になってしまうと、志麻が寂しい思いをしてしまうだろう。気を使って部室に顔を出さなくなるかもしれん」
「いやいや環サン、それは逆だよ、逆!志麻センパイ、頭ん中が少女漫画だから部内恋愛とかチョー盛り上がるぜ! 絶対『環! 恋愛相談、いつでも乗るよ!』って言うって。賭けてもいい、マジで」
「……一理あるな」
「でしょ! はい論破~。で、もう一つの理由は?」
「二つ目。私が君に対して恋愛感情を一切抱いていない」
「あ、直球キタコレ」
「正直、特別な好意を抱いていない異性にパーソナルスペースへ踏み込まれるのは迷惑極まりない。ましてボディタッチなどのスキンシップはごめんこうむりたい」
「ん~確かに環サンって、パーソナルスペース広めッポイよな」
「君も同じだろう」
「んん?」
「言葉や態度ほど人との距離が近いタイプではなかろう。案外、私達三人の中では志麻が最もパーソナルスペースが狭い」
「いや、あれは距離ナシってだけじゃね? コミュ経験不足で人との距離測るのド下手なだけっつーか……箱入りお嬢だよな~あの人、結局」
「鋼鉄製の箱だがな」
「ウケる。てか三つ目の理由、オレ気付いちゃったんですけど~」
「何だ」
「環サンって志麻センパイのこと好き過ぎ。もはや友情通り越してラブなんじゃね」
「……」
「あ、冗談だって! そんな睨まないでくれよ」
「確かに」
「え」
「言われてみると確かにそうだ。志麻には何故か触れられても平気だ。むしろ、こちらから触れたいと思うことすらある。悲しんでいると気になるし、傷つけられていれば怒りを覚える……そうか、なるほど」
「いや、なに、その『なるほど』って」
「どうやら私は、志麻が好きらしい。ラブ的な意味で」
「ええええ、まさかの百合展開!?」
「風間、感謝するぞ。おかげで私は自分の気持ちに気付いた。実に晴れやかな気分だ」
「いやいや、チョイ待ち! 志麻センパイがライバルとか、マジあり得ねーんですけど!?」
「自覚すると明日が楽しみだ。早く志麻に会いたいものだな、ふふふ」
「ちょっとー!? 部内恋愛禁止っしょ、ルール守ってくれよ部長~!」

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