ヤクザのせいで結婚できない! ep,74
「そ、それ、考えないようにしてたのに……!」
「自分から組長だの獅子神蓮司だのに電話かけてるとこ見ると、監禁されてるとか無理やり言わされてるって感じでもねえしな。帰ってこないのは朱虎さんの意思なんじゃねーの」
「うぐぐっ」
「志麻センパイ庇って怪我して、目が覚めたら見知らぬところにいたわけだろ。弱ってるとこに美少女に迫られて、朱虎サンもちょっと自分の人生見つめ直しちまったのかも」
「ぎゃっ、やめて!?」
「やめろ、馬鹿者」
あたしが耳を押さえていると、環が風間くんの頭をはたいた。
「いって!」
「志麻、君も簡単に動揺するな」
環は肩をすくめると、あたしの目を覗き込んできた。
「朱虎さんはそう容易く女性の色香に迷うようなタイプではなかろう。……よしんば彼がその美少女に心動かされたとしても、育ての親に等しい雲竜組長に不義理を働くことはあるまい。違うか?」
「た……確かに」
おじいちゃんが不義理を一番嫌うことを、朱虎はよく分かってる。そして朱虎はおじいちゃんのことをすごく大事に思ってるから、きっちり筋は通そうとするはずだ。
「朱虎があんな電話かけて来るなんて、やっぱりすごくおかしい……一体どうしちゃったんだろう」
「何か、よほどの事情があるのだろう。朱虎さん本人に直接聞くのが一番ではないのか」
「そうだけど、全然連絡取れないしどこにいるのかさえ分かんないし」
「ふむ」
環がちらりと視線を流した。
その視線を受けた風間くんが肩をすくめる。
「へいへい、朱虎サンの居場所が分かりゃいいんだろ。 環サン、調べっからパソコン貸して」
「壊すなよ」
風間くんは環のパソコンを引き寄せて猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。あたしはその様子をぽかんと眺めた。
「えっと、風間くん? 朱虎の居場所を調べるって、どうやって?」
「おいおい志麻センパイ。デジャヴ感じねーの? 昨日もこの会話したっしょ」
「えっ……あ!」
そういえば、朱虎のスマホには風間くん特製のスパイウェアが入ってるんだった!
跳ねるように身を起こしたあたしの後ろで、環が腕を組んだ。
「朱虎さんのスマホが圏外だったり、電源が入っていなくとも分かるものなのか」
「衛星電波仕様だし、電源切れてても信号だけは出す仕組みになってっから壊れてない限りは何とかなるはず……だけど」
風間くんの手が止まった。
「あー、スマホ、多分ぶっ壊れてんな。信号が来ねえわ」
「ええ!? やっぱり駄目!?」
一瞬期待した分ショックが大きい。風間くんはしばらく画面を睨んでから、またキ―ボードに手を伸ばした。
「朱虎サン、自分のスマホから電話してきたってことは昨日の夜までスマホを持ってたってことだよな。ログ追ってみるわ」
「なに、ログ機能までついているのか」
「念のためな。……最後の信号は昨日の深夜か。場所は……」
「ど、どこ!?」
「ん~……海ん中」
「ええっ!?」
あたしは慌てて画面を覗き込んだ。赤く光る点が、港からやや離れた青い区画の上で点滅している。
目の前がさーっと暗くなった。
「ま、ま、まさか、朱虎……やっぱりマフィアに捕まってて、海に……?」
「違う、志麻。なるほどな、そういうことか……船だ」
ぽん、と環があたしの肩を叩いた。
「ふ、船?」
「ああ。おそらく、医療設備のある規模の船舶に朱虎さんはいる」
風間くんがパチンと指を鳴らした。
「それだ。さすが環サン」
「風間、最寄りの港に停泊している中型以上の船舶だ。調べられるか」
「トーゼン」
タタタタタッ、と風間くんの指が再びキーボードで踊り出す。ブラウザがいくつも開いては閉じ、やがて大きな船の画像がパッと映し出された。
「これが怪しいな。船の名前は『ルッスオーゾ』。個人所有らしいぜ」
「えっ、ウソ! こんな大きな船、個人で持ってる人いるの!?」
「外国の金持ちならヨユーッしょ。所有者は……『サンドラ・ロッソ』」
赤い髪の美少女がまた頭をよぎった。
「美少女、確かサンドラって呼ばれてた! なんか雰囲気もセレブって感じだったし」
「じゃあビンゴかもな」
「ありがと、風間くん! あたし行ってくる」
「おいおい、ちょい待ち志麻センパイ!」
風間くんは立ち上がりかけたあたしを呆れたように止めた。
「行くったって、正面突破は無理っしょ。バカ正直に朱虎サンに会わせてくれるわけねーじゃん」
「じゃあ忍び込む! こっそり窓とかから行けば……」
「船だって言ってんじゃん。外側登るつもり? スパイダーマンかよ」
「そんな……でも」
「……しゃーねーなあ」
かりかりと頭をかいた風間くんは、ため息をついてスマホを取り出した。
「えっ、風間くんどうにかできるの?」
「いくらなんでもオレには無理でーす。けど、どうにかできそうな奴の当てはある」
「えっ、どうにかできそうな人いるの!? 誰!?」
スマホの画面をタップしながら、風間君はなぜか顔をしかめた。
「俺の親父」
「風間君の――お父さん?」
そういえば、風間君の家については聞いたことがなかったけど、いったいどんな人なんだろう。
「あの人いつも五分以内に返事よこすからチョイ待ちな。……んで」
考えていると、風間君がスマホを置いてあたしたちに向き直った。
妙にまじめな顔をしていてどきりとする。
「いい加減、ちゃんと話すわ。……俺のこと」
「え? 話すって何――」
環がすいと手を上げ、あたしの言葉を遮った。
「聞こうか」
「サンキュ。えっと……とりあえず」
風間君はかりかりとこめかみをかくと、いきなり机に両手をついて――頭を下げた。
「――ごめん」
「へっ!?」
予想外の行動すぎて、思わず声が出た。環は眉一つ動かさない。
「俺が文芸部に入ったのは、志麻センパイと環サンに近づくためだったんだわ。親父に出されたテストをクリアするのに手っ取り早いと思ってさ」
あたしはぽかんとした。
近づく?
お父さんのテスト?
風間君はいったい何の話をしているんだろう。
何かのジョークかと思ったけど、風間君はこれ以上ないくらい真剣な顔をしていて、とても突っ込んだり笑ったりする空気ではない。
「君の父親とは何者だ?」
環が静かに聞いた。
風間君が答えようとしたとき、机の上のスマホがブルッと震えた。
スマホを素早く確認した風間君は、短く息を吐く。
「――俺の親父は探偵だよ。とんでもねえ腕利きのな」
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