ヤクザのせいで結婚できない! ep.62

 少し離れたところから、もう一人のマフィアが歩み出てくる。呻いている仲間に向かってからかうような調子で何か言うと、腕を押さえた蓮司さんへ無造作に銃を向けた。

「だっ……駄目―っ!」

 あたしは思わず飛び出した。
 ダッシュで蓮司さんに駆け寄って、転がった銃に飛びつく。驚いた顔でこっちを振り返ったマフィアに、見よう見まねで銃を構えた。

「動かないで!」

 あれ日本語通じるんだっけ? 
 英語で言わなきゃいけない? なんて言うんだっけ、さっき蓮司さんが言ってたけど発音良すぎて聞き取れなかった。

「ど、ドンムーブ!」

 この前見た映画で、晴後ガイアが銃を構えてそう言っていた。
 これで通じるはず、お願い通じて!
 マフィアはあたしと構えた銃を交互に見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべた。ムカつく感じに肩をすくめて、ペラペラッと早口で何事か言う。
 あ、これ絶対馬鹿にした台詞だ。「おいおいお嬢ちゃん、そいつは水鉄砲じゃないんだぜ」とかそういう感じのこと言ったに違いない。

「……『お嬢ちゃん、そんなものよりヘアスプレーでも構えた方がサマになるぜ』と言ってます」

 だいたい似たような意味だった。

「通訳ありがとうございます……っていうか蓮司さん、大丈夫ですか!?」

 声が弱々しくて心配だけど、振り向く余裕はない。

「掠めただけです、ご心配なく。……それより志麻さん、危ないですから下がって」
「全然大丈夫そうな感じじゃないんですけど! さっき応援呼びましたから、あと少しの辛抱です」

 あたしは銃を握る腕に力を込めて、相手を睨んだ。
 マフィアはますますニヤニヤ笑いを強くして、両手を広げた。ちょいちょいと『撃てるもんなら撃ってみろ』と言わんばかりのリアクションをしてくる。

「うっわムカつく! 女だからってバカにしないでよ、ホントに撃ってやろうか!?」
「いや、ダメだ志麻さん。撃たないでください」
「さすがに当てるつもりはないですよ!? あたし素人だから変なとこに当たっても困るし、足元狙えば……」

 蓮司さんは苦しげに息をついた。

「そうじゃなくて。志麻さんがそれを撃ったら、反動で最悪腕が折れます」
「えっ?? な、何で? 反動って何?」
「それはデザートイーグルという大口径の銃で、大型の獣でも一発で撃ち殺せるような代物です。その分、撃った際の衝撃がすさまじい。素人の女性が撃てば肩の骨が外れます」
「肩の骨……!?」

 朱虎のヤツ、なんてものを携帯してるんだ!? クマでも襲ってくる想定なんだろうか。
 あたしがまともに撃てないのが分かっているのか、マフィアのニヤついた視線が銃からあたしに移動した。上から下までじろっと見られ、何やら胸のあたりを強調するジェスチャー交じりでまくし立てられる。
 うわ、今の絶対すんごいヤラしいセクハラ発言だ。女子なら誰でもピンとくる雰囲気。言葉が分からなくて逆に良かった。

「志麻さん、今のは『大口径の銃ならベッドで俺のを使って教えてやるぜ、胸の大きさは合格点だ』と……」
「いやホント律儀に訳さなくていいですから!」

 めちゃくちゃ腹立つな! 
 ムカつきすぎて思わず引き金にかかる指に力をこめかけた時、ヴォウッ、と獣の咆哮みたいな低い轟きが倉庫内に轟いた。

「ん? 何の音?」

 マフィアが怪訝そうに振り返り、ハッとした顔になる。――次の瞬間、横合いから突進してきたバイクが黒ずくめの身体をぶっ飛ばした。

「――うちのお嬢に下衆なこと言うんじゃねえ。教育に悪いだろうが」
「……って、朱虎!?」

 バイクにまたがったまま吐き捨てた姿に、あたしはぽかんと口を開けた。

「だから来るなって言ったでしょう、お嬢。案の定こんなことに巻き込まれちまって」

 朱虎はバイクを降りると、無造作に蹴り倒した。起き上がろうとしていたもう一人のマフィアが、倒れてきたバイクに潰されて悲鳴を上げる。
 もがくマフィアを蹴飛ばして黙らせ、朱虎は大股であたしに歩み寄ってきた。

「銃はこちらに。怪我はありませんか」
「ないけど……」

 あたしは銃を朱虎に渡しながら、そろっと様子を窺った。バイクに吹っ飛ばされたマフィアは妙な格好のまま壁際に倒れている。

「あんなに派手にはねちゃって、あの人大丈夫かな? なんか全然動かないんだけど」
「別におっ死んじまっても問題ないでしょう」
「いや、問題はあるでしょ!?」

 様子を見に行こうか迷っていると、細いうめき声が切れ切れに聞こえてきた。朱虎が小さく舌打ちする。

「チッ、生きてんのかよ。しぶとい野郎だな」
「死んでたらまずいってば……多分」
「正当防衛ですよ。相手はこっちをぶっ殺しに来たんですし。まあ、狙われてるのはそこのポリだけですが」

 朱虎の言葉にあたしはハッとして蓮司さんに駆け寄った。

「蓮司さん、腕! 大丈夫?」
「ツバでもつけときゃ勝手に治りますよ」
「そんなわけないでしょ、撃たれたんだよ! うわ、血が」

 蓮司さんが押さえている腕のシャツは真っ赤になっていた。

「い、痛いですか?」
「大丈夫ですよ。弾は掠めただけですし、見た目は派手ですが指も動きます……つっ」
「動かさないで良いです! えっと、ハンカチ……えっ、止血ってどうやるの朱虎!?」
「どいてください、自分がやりますから」

 朱虎はため息をついて蓮司さんの腕を掴んだ。

「……深いな。血は止めてやるからとっとと医者に行け」
「どうも、お気遣いありがとうございます……もう少し丁寧にできませんか」
「贅沢抜かしてんじゃねえ」

 蓮司さんが顔をしかめているのも構わずにさっさと処置すると、朱虎は立ち上がった。

「さてと。帰りますよ、お嬢」
「えっ? 」
「サツが来るんでしょう? 色々と面倒ですから」
「あ……確かに」

 朱虎が持ってるクマ殺しの銃とか見つかるとヤバい。

「でも、蓮司さんを置いてくのは……」
「いや、彼の言うとおりです。志麻さんたちは僕の仲間が到着する前にここを離れた方が良い」

 いくらか顔色が戻ってきた蓮司さんが壁に手をつきながら立ち上がった。

「わわっ、無理に立たないでください!」
「ご心配頂きありがとうございます。でも、僕は大丈夫ですよ」

 にこりと微笑む蓮司さんに、朱虎が「へっ」と鼻を鳴らした。

「そうですよお嬢。死ぬような怪我じゃありません、このポリが大げさに騒いでるだけです」
「別に大げさに騒いだりはしていません。志麻さんが僕の心配をすることがそんなにご不快ですか」

 あたしの頭上で非友好的な視線がぶつかり合う。またしても空気がざわっと殺気立つのが分かって、あたしは慌てて手を振った。

「分かった、分かりました! じゃあ、あたし達はいったん失礼させてもらいます
ね。朱虎、行こ……ホラもう、睨まない!」

 朱虎の背をぐいぐい押しながら、あたしはふとスマホのことを思い出した。
 さっき、慌てて放り出しちゃった気がする。拾って来ないと。

「壊れてないと良いんだけど……確かあっちの方に」

 振り返ったあたしの視界に、こっちを向いている銃口が飛び込んで来た。

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