ヤクザのせいで結婚できない! ep,76

 風間君がスマホを見つめ、げんなりした顔でうめいた。

「親父……」
「えっ、じゃあこれ風間君のお父さん!?」

 そうじゃないかと思ったけど、というかそれ以外にいないけど。

『はい、小太郎君のパパです。先ほどから話は聞かせていただきました、『俺の親父は腕利きの探偵だ』あたりから』
「何度言ったら分かんだよアンタ……。息子のスマホをクラッキングしたりスパイウェア仕込むの、ほんとやめてくんない」
『だって、小太郎君が珍しく私に頼み事なんてしてくるから……何が起こってるのか気になって。でも、思いがけず小太郎君からパパへの愛が確認できて今日は幸せです』
「ごめん、キモイわ。パパ呼びマジ勘弁して」

 あれ……腕利きの探偵、なんかイメージが違うな。
 声音は優しくて穏やかだけど、言ってることはわりと危ないレベルの親バカだ。

『文芸部の先輩方、風間小太郎の父です。いつも小太郎がお世話になって……ところで、個人所有の大型客船に忍び込みたいそうですね?』
「あっ、は、はい!」

 思わず背筋が伸びる。

「あの、あたし雲竜志麻です。風間君に頼んだのはあたしで……中に朱虎が監禁されてるかもしれないんです! だから」
『なるほど、分かりました。潜入ルートの手配をします』

 お父さんはあっさり言った。あんまりあっさり過ぎてちょっとぽかんとしてしまう。

「志麻センパイ、親父がやってくれるってさ」
「……えっ、あ、ありがとうございます!」
『とんでもありません。現場では小太郎君がリードしますから安心してくださいね』
「え、オレも行くの」
『当然でしょう。素人を放り込んでも、あっさりバレてつまみ出されるのが落ちです。プロが付き添わないと』
「まだプロじゃないだろ」
『プロですよ。テストに合格したじゃありませんか』

 風間君はぐ、と口を曲げた。

「……いや、合格じゃねえって。俺、結局テストのこと喋っちまったし。こんなん反則だろ」
『反則? とんでもない』

 お父さんは優しく諭すように言った。

『必要な情報を得るため、こちらの状況を開示して協力を乞うのは別に禁じ手ではありません。君が勝手にしてはいけないと思い込んでいただけです。部長さんもそうおっしゃっていたでしょう』
「や、でも、正体ばれるのはダメだろ」
『時と場合によります。相手と正体をばらしても問題ない、むしろ助力が見込める関係性を築くことも、探偵の大事な資質ですよ』
「……それはまあ、確かに」
『ということで合格です。胸を張ってください』

 お父さんの言葉に、あたしは思わずジャンプした。

「やった! 風間君、合格だって!」
「いや志麻センパイ、喜びすぎ」
「だって嬉しいもん! 良かった、ほんとに……あ、でも」

 ほっとしかけたところで別のことに気づいてしまって、あたしは再び不安になった。
 テストに合格したってことは、風間君はもう文芸部に用はないってことだ。元々、活動自体には興味ないみたいだったし(それはあたしもだけど)、もしかしてもう部活は辞めちゃうんだろうか。
 風間君がいなくなったら、文芸部は二人だ。定員割れで消滅の危機を迎えてしまう。
 それに、今では風間君がいない文芸部は考えられない。

「言っとくけど俺、文芸部は辞めねーから」

 あたしが何を考えてるのか分かったんだろう。何か言うより早く風間君が宣言した。

「結構気に入ってるからさ、ここ。それに、別の目的も出来たし」
「えっ、別の目的って?」
「まあそれは置いといて。とにかく、今後も在籍してよろしいですかね、部長様?」

 風間君は大げさに頭を下げた。環が重々しく頷く。

「よかろう。部のために励めよ」
「へいへい、仰せの通りに」

 風間君はニヤッと笑うと、あたしに向かって親指を立てた。

「ってことで、プロとして後輩として志麻センパイのことはきっちりフォローすっから。任しとき」
「風間君……すっごく心強いよ! よろしくね」

 あたしは今度こそ心からほっとした。

『円満に収まったようで良かった。小太郎君のこと、今後ともよろしくお願いしますね。……ところで』

 あたしたちの話が終わるのを待っていてくれたらしいお父さんが咳払いした。

『船に潜入するにあたってですが……可能なら、雲竜組の組員をもう一人同行させた方がいいかと思いますよ』

 あたしは瞬いた。

「えっ、なんでうちの組員を?」
『いざというとき荒事に慣れた人がいた方がよいでしょう。何しろ場所が場所ですからね』
「場所って……『ルッスオーゾ』は個人所有ってだけだろ。何か問題があるのかよ」
『下調べが不十分ですよ、小太郎君』

 電話の向こうでお父さんが肩をすくめているような気がした。風間君が眉を顰める。

『客船『ルッスオーゾ』を所有しているのはサンドラ・ロッソという女性です』
「ああ、所有者は調べたけど、それが何か……」
『サンドラ・ロッソはロッソファミリーのボス、パパ・ロッソの愛娘ですよ』

 穏やかなお父さんの声が、部室にやけに大きく響いた。

『ロッソファミリーといえば、イタリアで大きな勢力を誇るマフィア組織です。つまり、『ルッスオーゾ』はイタリアマフィア所有の船というわけですね』

「アケトラ、調子はどう? ジーノが来たわよ」
「……ああ、どうも」
「やあ、朱虎君。傷を見せてくれるかな。……うん、順調だね。しかし君、治りが早いなあ。いっそ特技だねこれは」
「よく言われますよ。ところで、そろそろ煙草いいですか」
「ははは、もう少しだけ我慢してくれ。ニ、三日後には届けるよ。じゃ、包帯を換えようか」
「ちょっとジーノ、それはあたしがやるの。アケトラの世話は私がやるって言ってるでしょ」
「はいはい、お姫様。悪いね、朱虎君」
「いえ、面倒見てもらってる身ですから」
「何が悪いのよ、世話してあげてるんじゃない。ふふ、いつ見てもアケトラの背中って素敵ね。綺麗な絵」
「刺青っていうんだよ、サンドラ」
「知ってるわ、日本のタトゥーでしょ。こんなにカラフルでダイナミックな絵、朱虎みたいに鍛えてるから映えるのよ。あなたじゃだめね、ジーノ」
「そうだねえ。背格好は同じくらいだけど僕じゃこう見事にはならないだろうな、肉体派じゃないからね」
「アケトラをひとめ見た時に、絶対あたしのものにするって決めたの。だから、あなたはもうあたしのものよ、いいわね」
「お好きに。帰るところもなくなりましたから」
「ふふっ。……ちょっとジーノ、いつまでそこで見てるの? アケトラとあたしの時間を邪魔しないでよ、気が利かないったら」
「これは失礼しました。じゃ、僕はもう行くよ。ごゆっくり」
「アケトラ、もうすぐあなたをイタリアへ連れて行ってあげるわ。うんと大事にしてあげる。嬉しいでしょ?」
「光栄ですね。ありがとうこざいます、お嬢さん」

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