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「未解決事件File.03 尼崎殺人死体遺棄事件」


家族乗っ取りという犯罪がある。

赤の他人が乗り込んできて、そこに住んでいる家族ごと家を支配する。
恫喝と暴力で支配下に置き、結託しないように家族を分断し、お互いにお互いを監視させる。

監禁が昂じて暴行、そして殺人に至ることも珍しくない。
尼崎殺人死体遺棄事件や、北九州監禁殺人事件などがその代表だ。

私にはずっと、それがどういうことなのかわからなかった。
なぜ、そんなことになるのかもよくわからなかったし、金銭目的とはいえ、えらく遠回しなやり方だな、というのが正直な感想だった。

NHKの未解決事件シリーズが、U-NEXTで視聴できるようになったのを機に『尼崎殺人死体遺棄事件』を見た。

往年のクラリオンガール烏丸せつこが、首謀者とされる角田美代子をこの上なく下品に(最大級の褒め言葉)演じていた。

なるほど、結果的に金を巻き上げてはいるものの、人を支配することが一種の快楽である人間が、こういう犯罪を起こすのか。

再現ドラマ内の角田美代子の手口は、私が従事するサービス業でも時折見かける顧客のそれだった。

相手に理不尽なクレームを付けてくるものの、明確な目的はない。
凡百のクレーマーのように、タダにしろとか、安くしろとか、自分だけ特別扱いしろとか、土下座しろとか、そういう要求は一切してこない。
ただ、理不尽にキレ散らかし、威丈高に相手を責め、こちらの莫大な時間を奪っていく。

彼ら/彼女らの要求にゴールはない。
なぜならば、目的はただ「相手を支配する」ことだから。

クレーマーの中でも、最も関わり合いになってはいけないのがこのテの人種だ。

それを角田美代子のように「家族」相手にやるということは、自分が子供時代に求めて与えられなかったものを、そこから取り返そうとしているのだろう。

こういう人種をオフリミットするには、最初の接触時がすべてである。
初対面時の彼ら/彼女らは、全身全霊でこちらがカモになる相手かどうかを見極めようとする。
カモにならないためには、不必要にビビらないこと。原理原則で対応すること。そして、挑発に乗らないこと。

一度、相手の土俵に乗ってしまうと、そこから抜け出すのは至難の業だ。
彼ら/彼女らは、こちらの良心や世間体、後ろめたさといった「善人パーツ」を巧みに突いて、どんどん踏み込んでくる。
だからこそ、最初に「貴方と私は違う世界の住人です」とシグナルを送ることが何より重要なのだ。

家族を思う気持ちは美しい。
この『未解決事件』でも、最後の場面で殺された娘の遺骨と遺影を抱いて、父親が地元の公園を訪れる。
小さい頃、桜の季節に何度も娘を連れてきた公園だ。

だが、その家族を思う気持ちこそが、角田美代子の標的になったのだ。
家族だから何とかしよう、助け合おう、他人に迷惑をかけないようにしよう。
その気持ちを利用され、恐怖と暴力で支配され、そして家族はバラバラになった。

そのことを思うと、何とも言えない気持ちになる。
そして、家族にこだわり続けた角田美代子は、お互いを思い合う家族に誰よりも嫉妬していたのだろうと思う。

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