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年末とくべつ読み切り痛快SF時代劇【発狂頭巾アトミック~師走狂化スペシャル:首無し死体の謎~】

(これまでのあらすじ:原子力江戸歴XXXX年。先の原子力奉行、吉貝狂四郎は不慮の事故によって命を落とす。だが、時の平賀アトミック源内と杉田バイオ玄白の手によって体内に小型原子炉を埋め込まれて息を吹き返す。かくして、夜な夜な世が裁けぬ悪を裁く発狂頭巾アトミックとなったのだ。)

今日も今日とて平和な原子力江戸の町を歩くハチ。だが、いつもと少しだけ様子が違った。顔にひょっとこの面をかぶっているのだ。
「あ、吉貝の旦那!」
ハチは独特の歩法でゆらりゆらりと歩く吉貝を見つけて駆け寄る。
「おお、ハチ、よくわかったな」
吉貝もいつもと違い、翁の面をかぶっていた。

面を付けているのは、なにもハチと吉貝の二人だけではない。原子力江戸の町を見渡せば、老若男女あらゆる原子力江戸っ子が思い思いの面をかぶっているのだ。
「しかし旦那、この面いつまでかぶってりゃいいんですかね」

「うむ。源内先制は核風が過ぎ去るまであと半月ほどといっておった。なあに、今日始まったわけでもないではないか。そろそろ面にも慣れたらどうだ」
翁の面で表情は読めないが、いつもどおりあっけらかんとした吉貝の声に、ハチは安心したような気が抜けたような気持ちになる。

数日前、時の原子力奉行である平賀アトミック源内がはじき出した計算により、例年より激しい季節風が過剰なアトミック成分を原子力江戸に運んでくるということが判明した。いかに原子力江戸っ子といえども、過剰なアトミック摂取は健康被害に直結する。

そこで平賀アトミック源内は緊急事態宣言を発行し、外を出歩く全ての原子力江戸っ子に防アトミックマスクの着用を義務付けたのだ。防アトミックマスクは顔全面を覆うことになるため、粋な原子力江戸っ子たちはこぞって趣向を凝らした面を選んで身につけるようになった。
「いやね、あっしは自分が面を付けるのは気にならねぇんですが、まだ顔と面が一致しなくて見間違えることがありやして……」
ハチの表情はひょっとこ面で見えないが、面の下でも笑っているに違いない。
「ハチ、まだまだ人をよく見る目を鍛えなければならんぞ」
吉貝はどこか遠くを見る。

吉貝は時折、なんの前触れもなく立ち止まりどこか遠くを見ることがある。体内に埋め込まれた小型原子炉の影響か、なんらかしらの“ゆらぎ”を観測するのか、原因は定かではない。ただ、吉貝がそういった行動を取る時は、決まってよくない事件が起こるのだが……。

ぼんやりとした吉貝と、それを見上げるハチ。真とした空間を切り裂いたのは、岡っ引の声だった。
「た、大変だ!人殺しだ!」
「人殺しだって!?旦那!すぐに行きやしょう!」
「……うむ!」
幻視から戻って来た吉貝は力強く返事をし、ハチとともに走り出した。

……吉貝たちが駆けつけたのは、町からかなり外れた雑木林の中だ。すでに何人かの同心が現場検証を行っており、岡っ引によって人払いが行われていた。
「げーっ!こいつぁ……」
死体を見たハチは思わず叫び、さらに息を呑む。
「く、首が無え!首なしだあ!」
死体の首は見事に一刀で斬首されていた。これでは人相で身元を判断することができない。
「そうなんだよ。しかも、いくら探しても首が出てこねえってんで、ほとほと困ってんだ」
先んじて現場検証を行っていた同心も、猿の面の下で困った顔をしているように見える。

「む、この面は?」
首無し死体を眺めていた吉貝が、すぐ側に落ちていた狐の面を指差す。
「ああ、そいつぁたぶん、斬られたやつがかぶっていた面だろう。よくある面だが、調べりゃあ身元がわかるかもしれねえな」
他の人と同じ面は粋ではないという原子力江戸っ子の心意気により、かすかに進展が見えた。

「あ!旦那!こいつ懐に手紙がありやすぜ!」
ハチは死体の懐の手紙に気がついた。首無し死体の胴体は血に塗れており、胴体を斬られた後にわざわざ首を斬って隠したような痕跡がある。しかしとにかく、今は手紙の内容が重要だ。
「どうれ……」
吉貝は血塗れの手紙を開く。

「これはどうにも……読みにくいな……」
血塗れの手紙は大部分の文字が完全に血に塗りつぶされており、判読は困難であった。それでも吉貝は原子力江戸の町を守る同心である。むろん、他の同心も同じだ。玄人の誇りにかけてあれやこれやと意見を交わしながら、一部は判読することができた。

「要約するとこうだな。『この者、某藩の咎人であり、逃亡した某である。首を持ち帰るため、我某が手打ちにした。許せ』といったところか」
肝心の死体の名前と下手人の名前はわからなかったが、おおよその方向性は見えてきた。

吉貝は手紙と首無し死体をじっと見つめる。だが、ハチはそんなことより面の方に意識を向けていた。
「旦那、この面を平賀先生のところに持っていきましょうや。先生自慢のアトミック演算器なら、なにか分かるかもしれませんぜ」

「……うむ。それもそうだな。俺たちは面の方から調べてみる」
「おう。任せたぜ。吉貝の旦那」
他の同心たちの了承をえた吉貝は狐の面を拾い上げ、ハチと共に原子力江戸城へと向かった。

……場所は変わって原子力江戸城地下奥深くの研究室。青いの核御紋が淡く光るフスマを開けて吉貝とハチが入室する。
「ん?どうした吉貝?体内原子炉の調子でも悪くなったか?」
二人を出迎えるのは、白髪メガネのジジイ、アトミック奉行の平賀アトミック源内だ。

「じつはですね……」
ハチが首無し死体と狐の面のことを説明する。
「なるほどのう。そういうことなら、こっちに来るんじゃ」
平賀アトミック源内は吉貝とハチを奥の部屋に案内する。

奥の部屋にたどり着いたハチは壁一面に配置されたモニターを見て息を呑む。
「やっぱりいつ見てもすげえや……」
ここは江戸城最高のアトミック演算器による原子炉江戸監視システムの中枢だ。
「原子炉江戸中の監視カメラの情報は全てここにある。じゃが、その面を探すとなると、骨が折れるのう……」

平賀アトミック源内は原子力奉行といえども、寄る年波には少々勝てないのだ。だが、そんな弱みを見透かした可能ように、3人に声をかける影があった。
「キヒヒ。アタシの"手"が必要かィ?」
3人が振り返ると、そこにはバイオ奉行の杉田バイオ玄白が立っていた。

「ちょうどよいところに来た。この面を探してほしいのじゃが……」
平賀アトミック源内が要件を話そうとしたところで、杉田バイオ玄白は4本の腕を見せびらかすように動かし、ポツリと呟いた。
「アー、そろそろ寒くなってきたし、バイオアンコウが旨い季節だねえ」

杉田バイオ玄白の言葉を聞いた平賀アトミック源内は一瞬渋い顔をしたが、すぐに諦めて要求を受けた。
「ああ、この仕事が一段落ついたらバイオアンコウ鍋をおごってやるわい」
「キヒヒ、そうこなくっちゃあねえ……」
杉田バイオ玄白は白衣を翻し、彼女自慢の4本腕の指をワキワキと動かす。

「それじゃあ、いくヨォ……」
杉田バイオ玄白は壁一面のモニターを見ながら、4本の腕で複数のキーボードを操作して次々と画面を切り替えていく。
「死体の様子からして、とりあえず昨日の分を全部見ていけばいいかネェ」

とりあえず、などとサラリと言うが、なにせ原子力江戸中の監視カメラの映像を目視確認していくのである。杉田バイオ玄白の目は目まぐるしく動き、常人には不可能な速度で高速画面確認を行う。
「アー……ンー……ンンッ!」
杉田バイオ玄白の手が止まった。
「こいつだネェ」

杉田バイオ玄白が4本の指で指差した画面には、確かに首無し死体の横にあった狐の面があった。
「場所は……こりゃどこのカメラだい?」
「原子力江戸関所3-6-12だな」
杉田バイオ玄白が悩んでいると、即座に平賀アトミック源内が回答した。

「ジイさん、よく分かるネェ」
「当たり前じゃ。亀の甲より年の功ってな」
平賀アトミック源内はだいぶ年を召しているが、それはそのまま蓄えられた知識となっている。今や、原子力江戸の監視カメラの映像を見ただけで、どの場所でいつ撮影されたか分かるほどの経験則を有しているのだ。

「関所ってことは、外から来たヤツじゃな。たしか、首無し死体が持っていた手紙には、某藩から逃げてきた咎人とか書いてあったんじゃろ?」
「へい。そうです」
平賀アトミック源内の問に、ハチが迷わず答える。

「なら首無し死体の名前も分かるのう。その日の関所通過者は……」
平賀アトミック源内は入出国データベースにアクセスし、関所番号と時間から一致する人物を検索する。
「ふむ、浪人の九次郎という名で原子力江戸に入っておるな」

「いやあ、すっげえや……」
ハチは感心する。狐の面、ただそれだけの証拠であるにも関わらず、監視網と蓄積されたデータによって、あっという間に身元不明の被害者の名前まで分かったのだ。
「旦那、これでもう安心……ってわけにゃあいきやせんが、だいぶ捜査が進展しやしたね!」

ハチは吉貝を見上げる。
「……」
だが、吉貝は無言であった。翁の面のせいか、いつもより何を考えているのかわかりにくい。ハチは言われようのない不気味な空気を感じ、口を噤んだ。
「……だ、旦那?」
ハチは恐る恐る吉貝に声をかけ直す。

「ハチ。ゆくぞ。少々気になることがある」
吉貝はそれだけ言うと原子力江戸城出口へ向かってずんずんと歩き出した。
「え!?ま、待ってくださいよ旦那!!」
ハチも慌てて吉貝の後を追う。

こういうときの吉貝は、体内原子炉による独自の脳ブーストが掛かっており、常人には理解できない行動や思考を取ることがある。それが功を奏すかさらなる波乱を呼び起こすかは時と場合によるのだが……どちらにせよハチはついて行くよりほか無いのだ。

……場所は変わって同心たちの事務所。今で言う警察署のような場所である。
「ここ数日の行方不明者の一覧はあるか?」
吉貝はきっぱりと目的を告げる。
「あるにはあるが、首無し死体の調査はいいのか?」
「そのために必要なのだ」
「……そういうことなら」

体内に小型原子炉を埋め込んだ吉貝のことは、同心の中でも大きな話題となっており、尊敬されたり忌み嫌われたりと様々な対応を取られる。しかし、いちいち弁明していては埒が明かないということは吉貝も分かっており、理解がない者に対しては堂々と押し切るのが吉貝スタイルとなっていた。

「行方不明者なんてそうそう出るものじゃないが……。お、ここ数日だと一人だけいるな」
事務所の同心がデータを映し出す。
「でも、昨日帰ってきたって本人から申し出があったんだよ。どうせ長屋の大家に無断で出かけていたとか、そんなんだろうとは思うが」

「いや、その行方不明者はまだ帰ってきていない」
吉貝が決断的に答える。
「え?どういうことですかい?旦那?」
「急ぐぞ、ハチ!時間が無い!」
吉貝は恐るべき速さで走り出した!
「ま、待ってくださいよ!旦那!」
ハチも吉貝を追って走り出す!

……場所は変わって寂れた長屋。時刻はすでに日も落ちた頃合い。吉貝は行方不明者が住んでいた部屋の前にやってきていた(ハチは追いついてこられなかった)。吉貝は相変わらず翁の面をかぶっているため、吉貝をよく知らない者が見れば客人が訪れただけの様にも見える。

吉貝は勢いよく長屋の扉を開く。部屋の中には犬の面を付けた男が一人だけいた。
「な、なんだ?こんな夜中に?」
犬面の男がうろたえる中、吉貝のすべてを見透かした声が響く。
「もうふざけたマネはやめることだな、九次郎」

「九次郎……?」
犬面男の全身にざわりと鳥肌が立ち、無意識に横においておいた刀を手に取る。
「やはり、すり替わっておったな」
吉貝は、体内原子炉が見せる幻覚で、事件の真相をすべて理解していた。原子力江戸に逃亡してきた科人が、背格好の似ている赤の他人を使って自分の死を偽装する手口を。

「すり替わっている……だあ?」
犬面男は会話で間合いを保ちながらじわりと立ち上がる。ごく自然に立つ所作にまぎれこませながらも、その体は死合う構えになっている。
「そうだ。お主は某藩から逃げてきた咎人で、運良く面をしている原子力江戸をみて、成り代わりの算段を立てたのだろう」

「ぐ……」
犬面男はたじろぐ。
「大勢が面をしていれば、面で人相が判断される。お主はそう見込んだのであろう。だが、少々、原子力江戸の同心をなめていたようだな……」
吉貝が腰の刀に手を添え、抜刀の構えを取る。

「くくく……はっはっはっ!!」
犬面男は吉貝を見て高らかに笑う。
「何がおかしい?」
吉貝は訝しむ。
「貴様の話が本当だったとして、それを誰が信じる!?九次郎は死んだのだ!そして俺は人知れず新しい人生を生きる!それが真実!お前は誰にも信じられない狂人よ!!」

「狂人……だと……?」
九次郎の”狂人”という言葉に激しく反応する吉貝。
「自らの罪を帳消しにするため、そのためには無関係の民ですら殺すお前が……」
吉貝の頭部は、いつの間にか不思議な頭巾で覆われていた。

世に巣食う悪党たちに江戸伝説めいた噂があった。どんな悪事も見逃さない”青い目の侍”がいるという噂。狂人じみた剣術で死体の山を築く恐るべき始末人がいるという噂。そして、青く光るウラン刀を振るう剣士がいるという噂。……その全てが、現実となって犬面男の前に立ちふさがった。

「自分の身を守るために見ず知らずの他人の命を踏みにじるというならば……」
吉貝が、否、翁の面の下に青い目を輝かせる発狂頭巾が、声高々に吠える!
「狂っているのは、お前の方だ!!」

カァーッ!!(例の音↓)

「ギョワーッ!!」
発狂頭巾が握りしめるウラン刀が青白く光、閃光を残す切り払い一線!犬面男はひらりと斬撃を躱す!
「発狂頭巾……流石、噂に名高い名剣豪よ……」
犬面男、否、いまや犬面を割られた剣豪である九次郎は、改めて刀を構える。

「発狂頭巾と手合わせできるとは、武芸者として誉れ高き功績よ!いやあああああっ!!」
発狂頭巾の鋭い剣戟を目の前にした空次郎は、ただただ発狂頭巾を強敵として見据え全力で切りかかった!
「ギョワーッ!!」
発狂頭巾も九次郎の剣戟に応戦!月明かりが薄暗く照らす長屋の中で、閃光が交差する。

「いやあああああっ!!」
「ギョワーッ!!」
「いやあああああっ!!」
「ギョワーッ!!」
「いやあああああっ!!」
「ギョワーッ!!」
「いやあああああっ!!」
「ギョワーッ!!」
光芒一閃のやり取りはほぼ互角であった。だが、どのように互角の相手同士でも、決着の時は来る。

「いやあああああっ!!」
「ギョ……」
九次郎の小手が決まった。小手は地味な手ではあるが、掌を破壊されれば刀を持つことはできない。実質的な敗北であり、すなわち死である。
「もらったあああっ!!」
九次郎の袈裟斬りが発狂頭巾に炸裂!!

「ギョワーッ!!」
発狂頭巾の体から鮮血が吹き出す!ああ、もはやここまでか!?
「ギョワーッ!!」
そんなわけがない!

「ギョワーッ!!」
発狂頭巾は体内原子炉を急速稼働!劇的な核分裂で細胞分裂を活性化して袈裟斬りにされた傷を高速修復!そのまま隙を見せた九次郎に全力の袈裟斬りをぶちかます!
「ギョワーッ!!」

「ば、ばか、な……」
九次郎の視点では完全に決着が付いていた。だが、それはあくまでも九次郎の視点での見解だった。発狂頭巾は最後の最後まで諦めず、悪人を成敗したのだ。

首無し死体の下手人は見つかり、決着も付いた。
「ギョワーッ!!」
だが、発狂頭巾は刀を納めない。否、納められないのだ。
「ギョワーッ!!」
急速新陳代謝によって、体内原子炉は限界まで稼働していた。このままでは暴走してメルトダウンだ。その時!

「旦那ァ!!」
発狂頭巾の背後に突進する男が一人。ハチだ!その手には制御棒短刀が握られている。
「臨界御免!!」
ハチが制御棒短刀を発狂頭巾の背中から腹に貫通するように突き刺す!
「ギョワーッ!!」

発狂頭巾に突き刺さった制御棒短刀が、いい感じに体内原子炉の核反応を中和する……はずであった。
「ギョワーッ!!」
「ええ!?」
発狂頭巾の核反応が収まらない!
「あ!もしかして!」
ハチは核風の事を思い出す。もしや、空気中のアトミック成分が普段より多いのでは?

ハチは決断的に発狂頭巾の脇差を抜刀する。
「旦那ァ!ちょっと痛いかもしれないですが、勘弁してしてくだせえ!」
ハチは発狂頭巾の脇差を腰だめに構え、発狂頭巾に突き刺した!
「臨界御免!!二輪刺し!!」

今度こそ、発狂頭巾に突き刺さった2本の制御棒短刀が、いい感じに体内原子炉の核反応を中和する。
「ギョワー……」
発狂頭巾の狂度が低くなったところで、ハチは2本の制御棒短刀を引き抜く。傷口は細胞分裂によってすぐに塞がった。
「旦那、しっかりしてくだせえ!」

「お、おお、ハチか……」
発狂頭巾は……吉貝は、安定した稼働状況で呟いた。
「いつもすまねえな」
「へへ、ソレは言わねえお約束ってもんですよ!」
吉貝とハチはにこやかに笑い合った。

……数日後。
「いろいろありやしたけど、2つの事件を同時に解決するなんて、流石は旦那ですね!」
相変わらずひょっとこの面を被ったハチが容器に言う。
「なに。もとを辿れば同じ事件だったと言うだけよ」
吉貝も翁の面の下で笑う。

吉貝とハチの活躍により、九次郎の事件は解決した。だが、それはそれとして、未だに原子力江戸ではみんなが面を被って町を出歩いている。
「旦那、あっしもそろそろ、この面に慣れてみましたよ。自由に顔を変えられるから今のまんまで良いって声もあるらしいですぜ」

「ふむ、それもまた、民の声の形よな」
吉貝は翁の面を付けたまま空を見上げる。その姿は、不思議と笑ったようにも見えた。
「おやぁ?どうしたんですかい旦那?そんなにニヤニヤして?」

「む?ニヤニヤなどしておらぬぞ」
「またまたぁ。旦那はいっつもそうなんだから」
ハチにはもちろん吉貝の表情は見えていない。だが、長年の付き合いから、そのような表情をするであろうことは分かっていた。顔が見えなくとも、心が見えていれば通じるものがあるのだ。

「はははははっ!ハチが言うならそうなのだろうな!」
吉貝は声高々に笑う。
「でしょうな!ハハハ!」
ハチも合わせて笑う。

吉貝はハチの思いを完全に理解しているわけではない。同時に、ハチは吉貝の思いを完全に理解しているわけではない。だからこそ、お互いに相手を思いやる相棒となっているのかもしれない。理解できない所は無理に探ろうとせず、そうでないところは尊重し合う関係が、二人の間には存在した。

「そうだ。ハチ、なにやら原子力江戸幕府転覆を狙っておる輩の噂を聞いたのだが」
「ええ!そいつぁ一大事じゃあないですか!」
「うむ。とはいえ眉唾でのう……」
「眉唾でいいからアッシに相談して欲しいっすよ!旦那!」
「なあに、時が来たら話そうぞ……」
そう言って吉貝はごろりと寝転んだ。

「ええ!?そういうときこそ早く話してくれないと困りますよぉ!?」
「ンゴゴ……」
心配するハチをよそ目に、吉貝は大きないびきを掻いて眠りについた。
「まったく。旦那らしいや」
ハチは眠る吉貝を見て穏やかに笑った。

原子力江戸の町が闇に染まる時、闇を晴らす青き危険な光あり。誰が呼んだか発狂頭巾アトミック。ああ、チェレンコフ光が、今日も平和な町を照らす。

痛快SF時代劇【発狂頭巾アトミック~師走狂化スペシャル:首無し死体の謎~】

おわり

サポートされると雀botが健康に近づき、創作のための時間が増えて記事が増えたり、ゲーム実況をする時間が増えたりします。