読書日記 堀越英美『不道徳お母さん講座』

サブタイトルは「私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか」である。
タイトルと表紙の印象からエッセイ本気分で手に取ったが、意外にも気持ちよく予想を裏切られる骨太な思想史であった。

本書は、2017年から2018年にかけて、媒体『cakes』に掲載していた記事をもとにしているそうである。
戦前戦後のものを中心に多数の文献を引用して、現代日本での社会通念がどのような経緯で醸成されるに至ったのかをテンポよく解説している。

論じられるイシューは、サブタイトルにある「母性」、「自己犠牲」にとどまらず、少年期・青年期の読書またはそれに準ずる娯楽について、女性の主権について、教科書問題について、『道徳』とその教科化について、等々と幅広いが、それらが文脈を成して、茫漠とした「社会通念」形成の背景が立体的に描き出される。

私は本書で主に取り扱われる文芸などの分野には疎いが、その私でさえ名前と代表作のタイトルくらいは知っているような著明な作家や評論家が、その文脈のどこに位置してどのような方向へのトリガーとなったのかが、立体図の中で明快に指摘され、それゆえ自分の知識の断片がパズルのピースのようにはまっていく感覚が心地よかった。それは教科としての『国語』への興味が薄かった私のような浅学な者に特有の感想であるかもしれないが。

本書の主張と解釈を鵜呑みにするか否かは、当然、読者にゆだねられるところである。しかしながら、日本での文芸や思想の歴史を、線ではなく立体的なストリームとして捉えるためのプロトタイプとして、膨大な参照により形づくられた本書の、いわば「立体年表」を、有効に活用できる読者は少なくないであろうと考える。

読後には、『ごんぎつね』の新美南吉が、現代の国語の教科書を手にして草葉の陰で歯ぎしりしながら悪態をついているさまが目に浮かぶこと必至。

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