読書日記 NHK_PR1号『中の人などいない@NHK広報のツイートはなぜユルい?』

NHK広報局ツイッターアカウントを開設当初から運営されていたNHK_PR1号さん(現在はNHKを退職して、麻生鴨さんとして活動)による、当該ツイッターアカウント開設に際しての思いや、有名アカウントになって起こった出来事などについて綴られた本である。最近文庫版が出たところだが、筆者が読んだのは単行本の方である。

NHK広報局ツイッターアカウントは、現在は80万超のフォロワー数を有する有名アカウントであり、『チクタクさん』などの愛称でも親しまれていることは、言及するまでもないであろう。特に、お堅いイメージがあるNHKの公式アカウントとは思えない、他のユーザーとの軽妙なやり取りが印象的である。

本書によると、会社には黙ってツイッターを始めた(しかもその時点で、著者は個人的にツイッターをやったこともなかった)ので、開設当時はほとんどひとりで方針を考え、他のユーザーとのやり取りを通して試行錯誤していたそうである。そのような開設当時のエピソードをはじめとして、東日本大震災発生時の対応に関してなど、なんとなくどこかで読んだこともあった気がするが、著者の思いをつまびらかに読んで、なによりも、著者の聡明さ、ものごとに素直に取り組む姿勢に感心させられた。

本書の著者は、行動も言動も、大変素直なのである。それはもう、「素直さとは、どうやって獲得するものなのだろうか」、と深く考えてしまうほどである。

そもそも、私たちが「素直さ」と感じるのは何であろうか。試みに定義すれば、「他者からの評価を上げようとする、もしくは自分を大きく見せようとすることなしに、自分の感情・信念にまっすぐに従う性質または行動様式」といったところであろうか。

素直さとは、純粋さを失っていない子供が持っているもの、というのが最もすんなり受け入れられる感覚的な理解であるが、小さい子供は素直だ、というのは、必ずしも正しくない。なぜなら、子供は案外駆け引きをしたり、相手の顔色を見て行動したりするからである。しゃべれるようになる前から、周りの大人にウケることを繰り返しやってくる。とても自分の感情にそのまま従っているとは思えない。ただ、そういったウケ狙いの行動をする程度は、育った環境に依存するのかもしれない。何をしても絶対的に受け入れてくれる親の元で育っていれば、周囲の顔色を伺う子供にはならないのかもしれない。周囲の顔色を伺うというのは、多くの場合は承認欲求によって生じる振る舞いと考えられるからである。

そもそも、承認欲求とは、自尊心に関連するものであると思われる。自尊心が欠如している場合に、承認欲求が生まれる。聞きかじりの知識なので用語などが間違っているかもしれないが、児童教育の分野では、自尊心は「基本的自尊心」と「社会的自尊心」に分けて考えられる。「基本的自尊心」とは、「存在不安」を有しないこと、つまり、「自分はここで生きていていいのだ」ということを理屈抜きに信じられる感覚で、幼児期の養育者との安定した関係によってのみ形成される。「社会的自尊心」とは、家庭の外の社会にも自分の居場所がある、という、家族以外の他者から評価されることによって獲得できる感覚である。一般的に、社会的自尊心は成功体験を積み重ねることで大人になってからも比較的容易に得ることができる。一方で、基本的自尊心を持たずに成長した場合、これを大人になってから形成するのは困難であると言われており、非常に近しい他者(パートナー、配偶者、親兄弟同然の友人など)と安定した関係性を築くことが一つの方法である。

幼児や児童がウケ狙いの行動をするのは、おそらくは多少なりとも基本的自尊心が足りない部分があるためであると考えられる。言い換えれば、上記の「何をしても絶対的に受け入れてくれる親の元で育っていれば、周囲の顔色を伺う子供にはならない」とは、基本的自尊心が満足に形成されていれば、幼少期の承認欲求は生まれないということである。したがって、その場合には、ウケ狙いの行動をすることもない。

基本的自尊心が満足に形成されていても、社会的自尊心を求めるために、人生のどこかの時点で、人の評価を気にするようになるのが通常であろう。思春期には、多くの人が、自分を大きく見せようとか、こういう人間だと思われたいという欲求を持って行動するのではないかと思う。基本的自尊心をきちんと有している人で、幼児期または思春期に社会的自尊心を求めるためにそのような欲求が現れたものの、青年期に成功体験をして十分な社会的自尊心を形成でき、大人になるまでに他者の目線を意識せずに行動できるようになる場合はあると思う。

しかし、大半の人は、大人になっても多少は承認欲求を持っているように見える。例えば一対一で話すときに自分が優位に立っているような物言いをするとか、こういう人間だとは思われたくないから違うふうに行動するといった事象は、自分のことを棚に上げてもしばしば見かける。このような、他者の評価を気にした振る舞いは、2種類の自尊心のうちの一方または両方の欠如が原因で生じているものであると考えられる。

承認欲求に基づく振る舞いが大人になっても続いている場合に、これをやめて、「素直に」行動するようになるには、まず、両方の自尊心を十分に形成する経験をする必要がある。それと並行して、「他者の目線を意識した振る舞いって、カッコ悪い」という感覚を持つような経験をすること、または、自分の感情・信念にまっすぐに従って行動した方が、結局のところ効率がよい場合が多く、さらには他者の信頼を得られやすい、と実感する経験をする、といったきっかけが必要であるように思う。長年続けた行動様式を無意識に変えることは難しいからである。

本書では著者の生い立ちなどには触れられていないので、著者がどのようにして「素直さ」を獲得したかは直接的に推測できないが、著者の聡明さを考えると、多少は他者の目線を意識していた時期があったものの、青年期までに成功体験を通して素直に行動できるようになっていた人なのかな、などと、ぼんやりと想像したりするのである。

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