読書日記 古市憲寿『平成くん、さようなら』

単行本ではなく、文藝春秋『文學界』2018年9月号掲載の同作品を読んだ。

著者が本作についてテレビ番組で「本当はこういう問題を提起したいんだけど、テレビとかで言うと炎上すると思った内容を書いた」というようなことを語っていた通り、賛否わきおこりそうな主題ではある。

本作が世に出てしばらく経っているし、ネタバレというほどでもないと思うので概要を書くと、何不自由なく暮らしているかに見えるいかにも現代っ子の『平成くん』が、小説内の世界では数年前から合法化されている安楽死をしたいと言い出して、一般的には恋人にあたるであろう『愛ちゃん』がそれについて悩む過程が、愛ちゃんの一人称で描かれる。

私が考えるに、本作の主題のひとつは「家族か、それと同等である関係を築くこと」ではないかと思う。

平成くんは、小説の中の設定では、一般的に「家族」と言えるような人物を持っていない。その平成くんが、安楽死について具体的に考える間に、自分のことを覚えておいて欲しい、自分の記憶を誰かにゆだねたい、という(一般的な)欲求に気づく。

一般論としては、普通そのような相手は家族・親族であるが、そのような血縁者を持たない人物はどうすればいいのか。このことは、核家族化が進み都市部に人口が集中している現代では、実は偏在する課題ではないのか。

他のレビューにあるように、現代的なサービスや都市部の成功者が好みそうなブランド名が実名でしつこいくらいに出てくるが、これは「一般化した都市部の成功者」を表わすための工夫ではないかと私は思う。

ラストは、意外にもSFっぽい終わり方であるが、このような結末は今後の社会では十分にあり得ることであるし、「平成くん」の立場に置かれたら、もっともスマートと考えられる終末のかたちのひとつであると思う。それを是とすべきか非とすべきか考えることは、個々の人間の存在の意味とはそもそも何なのか、という哲学的に本質的な課題に取り組むことであると思う。

テレビで見かける著者には好印象を持っていたので、期待したいようながっかりするかもしれないと予期するような複雑な気持ちで読んだが、結構おもしろかったです。

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