別名義で入選した新人賞応募作

 その昔第28回歌壇賞に別名義(どうして別名義で応募したのか覚えていません、何かが切なかったのでしょうか)で応募した際、なんと入選した作品がありました。誌面にも掲載されたはずですが、noteにも掲載しておきます。

 当時選考座談会でも指摘されていましたが、旧かな遣いなどの間違いは訂正せず、そのまま掲載します。


水の全能    
  鈴木たとへば


じゆすいする頭を波がおほふごとフードを被る夜の歩道に

此の店は何時もエアコンききすぎで神の諦めのごとすずしい

にはとりをゆるく挟めるバーガーが挟む力におのれを保つ

泣き終へてふいにさみしい青年よ、涙は両性具有の光

ドップラー効果我らにうつくしくユリを手渡すほどの距離感

二月から北をしめしてうごかない風見鶏とは鉄への祈り

土ふまずがふまない闇夜おとうとが第二志望におちた連絡

目元まで湯船に浸かりあくがれを拒む引力みずにはあらむ

シビトバナ咲いた写真をおくりつける 正しく閉じてあるために、夜

しめやかに夢をのがるる力あり拇指に葉脈しんとなぞりて

掌の甲に骨格うすく浮き出でてふれうる凪のひとつにわたし

光から光へわたりカラヴァッジョ展のみぞおち辺りを歩む

夕暮れを帯びて平らな美術館不倫相手の棺のごとく

ユリノキの歩道のをはり 知つてゐた驟雨に傘をひらくかなしみ

右側がひときは深き水たまり君にとどまる私がありや

雨蛙踏まむと上げる足小(ち)さきおとうとよ水の全能となれ

歩きだすまでの永遠 前髪が、ロングベストがしつとり重い

エロ本を眺むる人と目が合へばグミだけ買つてローソンを出る

ダ・ヴィンチは淋しい人だモナ・リザをずつと泣けない顔にえがいて

うす暗き午(ひる)に太巻き食いをれば過去の虫歯が冷え冷えとする

しずかなる船の模型が藍色に君の戸棚の外部をめざす

マスカット皮ごとくだくいぢらしさ君も生まれたからには死ねよ

大いなるぐわんで掃除用具入れひらいて此処に秋が生まれる

いかざりしままのモネ展 ちかづきし君の手頚に油匂へば

やや無理な論理で話す友がゐて無機物の影すこし濃き午後

弁当の残りを午後に食べはじむ思ひだしたやうにみんな他人だ

美術室向かう廊下の右側に消火器、柘榴の皮のくすみの

伝へたらそれでおしまひ 蓮の花一面の池に突きおとすごと

ビスケット噛む一瞬の幽かさに非常階段のあをぞらは過ぐ

水のいろ、鉄錆のいろ、空のいろ わたくしでないといふ慎み