自己紹介②

今日は後編ということで。

高校時代 桐生第一高校

高校ではとにかく人間的に成長できた期間だったと思います。

2012年3月20日 入寮

この日から始まった高校生活が今でも忘れられません。

非常に辛く、肉体的、精神的に追い込まれ、何度サッカーを辞めようと思ったか。

何度親に泣きながら電話して辞めたいと言ったか。

寮生活を始めてから親のありがたみをまじまじと感じ、高校の進路選択のことを思い出しました。


高校3年間での後悔は全国大会の舞台に一度も立てなかったことです。

2年時に選手権予選で前橋育英を破り全国大会に行きましたが、自分はメンバー外。

3年時は準決勝で前橋育英に負けて敗退。

目標は達成できませんでしたが、辛いことを共に乗り越えて一緒に成長してきた仲間に出逢えたことが何より良かったと思っています。

もちろんサッカーでも技術やフィジカル、メンタル、選手として大きく成長できました。

又、この高校3年間では1人のサッカー選手である以前に、1人の人間として成長できました。

先生から引退する時に「これから社会に出たらもっと理不尽なこととか辛いことあるからな」と言われましたが、今のところこの3年間よりきついことはありません。笑

そのくらい辛く、成長できた期間でした。

今の自分があるのは確実に高校時代のあの3年間があったからだと言い切れます。



大学時代 立正大学

そして大学では埼玉県熊谷市にある立正大学に進学しました。

高校進学時と同様に何も分からず大学を選んでいたので、立正大学と聞くと立正大淞南しか頭に思い浮かびませんでした。笑

立正は当時東京都リーグ1部だったので、出来るのならもっと強い関東1部、2部クラスの強い大学に行ってサッカーを続けたいという欲がありました。

しかし、そこまでの実力が無かったので、「一緒に関東リーグに上げよう」と熱く声をかけ続けてくれた立正大学にお世話になることを決めました。

正直東京都リーグ1部の大学に行ってプロサッカー選手になれるのは無理だなと思っていました。

しかし、1番の原動力となったのは高校の同期である乾貴哉(現水戸)が千葉に高卒で入ったことです。
何度かフクアリに試合を観に行って大観衆の中で試合しているのを観て羨ましいと思ったし、自分もその舞台に立ちたいと強く思うようになりました。

初めてDFをやって分からないことだらけでしたが周りに助けられながら大学2年から試合に出始め、その年に関東2部に昇格。

3年と4年で関東2部を経験し、最後は1部昇格して終わることができました。

やはりプロを意識する中で大きかったのは関東リーグ昇格だと思います。

2年間は都リーグで辛い時期を過ごしましたが2年間目標だった関東リーグでプレーできて本当に立正に行って良かったです。

あの時都リーグのチームを選択した自分を褒めたいです。笑

こんな良い経験ができたのも色々な方の支えがあってのものだと感じています。

監督コーチをはじめ、今まで歴史を作ってきてくれた先輩方、共に4年間頑張ってきた同期、ついて来てくれた後輩、強化部として支援してくれた大学関係者、応援してくれた方々。

サッカーしかしてこなかった自分がこんなことを思えるようになったのもサッカーのおかげ。

サッカーに成長させてもらったと改めて思います。

そしてこれからもサッカーと共に成長し、お世話になった方々に恩返しできたらなと思います。



又今回のこの自粛期間多くの時間があった中で、サッカー意外の色々なことへのチャレンジを始めました。

お金や経済の勉強。
英語の勉強。
読書。
絵を描くこと。
朝瞑想すること。
セルフマネジメント(今日やることや目標をメモする)
家でコーヒーを淹れること。

先輩、後輩、友達、実業家、インフルエンサー、youtuberなど多くの人の影響を受けたのは否めませんが、行動することで何か変わるのではないかという淡い期待をして始めました。

これらのことをしたからどうこうではなく、自分の中で継続してできるようにしていきます。

なにかアドバイスや意見があればどんどん指摘してほしいのでよろしくお願いします!

簡単に自己紹介やエピソードを紹介しましたが、これからもnoteを通じて色々なことを発信していくと思うので読んでくれたら嬉しいです!

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