ウチのガヤがすみません!

 新橋駅の改札を抜けて汐留方面に歩きました。黄色い看板で案内される出口をいくつか視界に入れながら通り過ぎて、ここだと思う広い階段のどちらかと言えば右の方を地上に向かって登りました。晴天の中に日本テレビが見えました。黒々と光るその社屋は豪雨が地面を掘るように上から下に聳えていました。
 通用口に向かいました。受付の警備員さんに名前を伝えました。ウチのガヤがすみませんの収録で来ました、プロダクション人力舎の、鈴木ジェロニモです。「はい。すみません、もう一度お願いします」。おそらくどこかの、もしくは全ての声が7月の蝉に負けました。もう一度名乗って、通行証をいただきました。通行証には青い紐が付いていました。首掛け式でした。首に掛けようと思って、やめて、手に持ちました。エレベーターで13階に向かいました。地面から上へ離れる自分の存在を確かめるように、右手の通行証を少し強く握りました。
 13階の楽屋には既にバンくんさんがいらっしゃいました。数分して伊東先生さんもいらっしゃいました。3人で待機しました。収録への緊張から話すとも黙るともなく、水に石を沈めるように楽屋の椅子に繰り返し座りました。
 「遅くなってすみません。お弁当どうぞ」。スタッフの方がお弁当を運んでくださいました。オーベルジーヌのカレーでした。触ると崩れる美術品のように机の上の弁当容器を3人でしばらく眺めました。譲り合って選び合って僕はエビカレーを手に取りました。選んだカレーの写真を撮って、緊張しながら食べ始めました。ルーがプラスチックのスプーンの上で球体に近づこうとしました。食べ終えた容器を元の形に重ねました。丸みを帯びた四角い容器は新しい小さな駅舎のようでした。誰からともなく話し始めました。ネタの確認をし合ったり、その日までの準備を労い合ったりしました。
 リハーサルは理解の外側で慌ただしく進みました。大勢の大人が廊下に現れたり居なくなったりしました。感覚としては突然、収録本番が始まりました。テレビで見ていた方々が、目の前に人間の姿で現れました。祭りでした。沸騰したように全身が熱く震えました。僕の番が訪れて、僕の体が立ち上がりました。何台もあるテレビカメラが銃口のようにこちらを向きました。前だと思う方を見ました。
 手を伸ばせばぶつかる距離に、フットボールアワー後藤さん、ヒロミさん、チョコレートプラネットさん、ゲストの上沼恵美子さんがいらっしゃいました。ネタをやらせていただきました。助けてくれ。誰も助けるな。自分の中で2つの声がぶつかりました。
 「お疲れ様でした! ウケてましたね!」。収録が終わって担当のディレクターさんが声をかけてくださいました。そのディレクターさんは連日深夜までネタの打ち合わせをしてくださっていました。当日も朝から準備に忙しかったはずなのに爽やかな笑顔を見せてくださいました。その瞬間が一番若く見えました。
 放送を家のテレビで観ました。「鈴木ジェロニモ!」と紹介を受けて僕が映りました。ボイスパーカッションをしながらフリップをめくっていました。目はどこも見ていませんでした。変だなあ、と思いました。上沼さんが〈刺さってない〉の札を上げられると信じられないような表情をしていました。笑いました。過去の自分の小さな不幸を未来で待っていたような気がしました。窓から見える大きな月を窓を開けて見ました。ありがとうと言わせてください

大きくて安い水