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虎@日本銀行

あれは、10月頭のことだった。

毎月第一週は人力舎の若手芸人による事務所ライブ『バカ爆走!』が開催される。血気盛んな若手芸人たちは世間様から見ればその名の通りの「バカ」であり、彼らが舞台上を所狭しと「爆走!」する、そんなライブが『バカ爆走!』である。

僕が組んでいるコンビ・コガラシガーナも出番を頂き、ネタを披露したり企画コーナーに出させていただいたりした。

そんな10月頭の『バカ爆走!』のとある企画コーナーにて、僕は優勝して賞金2,000円を頂いた。僕は頂戴した千円札2枚を舞台上で天高く掲げ、李徴 from 山月記よろしく咆哮した。その後なんやかんやがあって、言ってしまえば「バカ」が「爆走!」して、次の日、日本銀行に行くことになった。紙幣が破れてしまったときは日本銀行に持っていくと取り替えてくれるらしい(関係各所の皆さま、申し訳ありませんでした)。虎になった李徴は「再びその姿を見なかった」というが、僕はこうしてnoteを更新している。いや、してしまっている。「虎にもなれずに溺れる」とはこのことだ。

日本銀行には、このときはじめて訪れた。「銀行」でありながら、その内装は博物館のそれに近かった。

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航空写真で上から見ると漢字の円の字をしているというが、175センチメートルの目線からはその面白みは伺えなかった。鳥だったらよかったのに。虎にもなれずに、鳥にもなれない。

ほんの数分で手続きは終わり、2,000円が復活した。

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千円札2枚が、二千円札1枚になって還ってきた。僕は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら受け取ったが、それを察した日本銀行マンのお兄さんがホームページと一字一句違わぬ説明をしてくださった。

「損傷現金の引換代り金は、現金によりお支払いします。この際、日本銀行は、引換代り金を最少枚数でお支払いします。」

なるほど納得、日々勉強である。

せっかく日本銀行に来たのだから、記念撮影でもと自撮りに励んだ。

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「日銀感」がなかなか伝わらない。芸人なのに、笑顔がない。及第点には程遠い自撮りを連発していると、白髪交じりの警備員さんがいそいそと近づいて来た。もしや、撮影禁止だったのだろうか。プリズン待ったなしとお縄を覚悟したところで、警備員さんは僕にこう告げた。

「にいちゃん、代わりに写真撮ってやろうか?なんだか苦戦しているみてえだからよぉ。」

べらんめえ口調の親分肌警備員さんだった。白髪交じりの髪は漫画『ワンピース』に登場する大海賊・白ひげを彷彿とさせる。

「ここをおれのナワバリにする!」

そう咆哮したような、していないような。警備員としては些か行き過ぎた台詞かもしれないが、その懐の深さには救われた。

「ここを押せばいいんだな?はい、チーズ!・・・ありゃ?にいちゃん、俺が撮れちまったよ。」

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白ひげはiPhoneに不慣れだった。名誉のために顔はスタンプで代用させていただく。ミスショットにもかかわらず、このスタンプと同等かそれ以上の、満面の笑みだった。

「グラララララ!」

そんな笑い声が聞こえたような、聞こえなかったような。

その後、何度か撮影を繰り返し、白ひげも納得の一枚が出来上がった。

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美しい建築、ピンピンの二千円札、そしてこの笑顔である。こうして10月の『バカ爆走!』は、僕の中でやっと終演を迎えることができた(改めて。関係各所の皆さま、誠に申し訳ありませんでした)。

記念撮影を終えた僕は「あぶないところだった」と繰り返しつぶやいた。僕が虎にならずにいられたのは、白ひげ警備員さんのおかげだ。

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」

白ひげはそう言ったような、言わなかったような。

白ひげは、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の警備エリアに躍り入って、再びその姿を見なかった・・・

なんてことは、まるでない。日本銀行正面玄関に行くと、白ひげ警備員さんに会える。ナワバリだから。

大きくて安い水