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チャレンジの大小とは

どうも(*´◒`*)
占い師になりたい会社員、すずはるです!

うーん、チャレンジしたことかぁと悩み続けてたら数ヶ月経ってました。チャレンジに大小なんてあるかー?と疑問に思っていたらなかなか書けず...やっとこさ書けそうだったので書いてみます。

『こども』は毎日チャレンジしている

子育てをはじめてから早2年。できることが毎日のように増えているの見ていると、これでもかと色んなことにチャレンジしている。

歩く為に、うつ伏せして、ハイハイして、つかまり立ちして、つたい歩き。毎日毎日、チャレンジしてようやく歩けるように。

蓋の開け閉めを永遠とやり続けたり。高い所の物を取ろうとして、必死に手を伸ばし続けていつの間にか取れるようになっていたり。

今では色んなことを「やりたい!やりたい!」と大きな声で教えてくれる。

どんなことでもめげずにやり続けているから、とても関心してしまう。まだ世に生まれて2年。どんなことにもチャレンジして、できることが少しずつ増えている。

我が子を見ていると、チャレンジすることに大小なんてあるんだろうか。そんな風に思ってしまう。

『おとな』になってからのチャレンジ

いつの間にか「それは簡単だからできて当たり前、チャレンジとは言わない」という思考になっていてハッとした。

今、わたしが当たり前にできていることだってチャレンジしてきて当たり前のようにできるようになっている。noteで記事を書くこと自体もわたしにとってはチャレンジ。

人からしたら大したことないことだとしても、自分にとっては大きなチャレンジというものがたくさんある気がする。

料理を全く作れない人が、お米を炊飯器で炊くこと。その人にとっては大きなチャレンジなんだよね。さらに包丁まで持って切ることまでチャレンジしたら自分を褒めたくなっちゃいそう。

学生の時は勉強嫌い、でも『おとな』になってから勉強するってチャレンジよね。

働きすぎている人が、何もしないでぼーっとすることだってチャレンジよ。休息をとるのに引目を感じる人だっているからね。

チャレンジの大小なんて、本当はない

自分で勝手に大小を決めているのはもったいないな、と思います。それこそ、代償が大きい気がする。自分で成長する機会を奪っていることになるからね。

少しでも成長できた!やったったな!って感じたら、小さなチャレンジでも自分で褒めまくってみようと思う。

ということで、この記事を書いているわたし!記事、書けたね!書くことに意味があるんだよ!(自分を褒めてみるw)

これを読んでいただいている方も、自分を褒めてみることをお勧めします!

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