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ツール・ド・フランス2021 第8ステージ

激動の第7ステージが明け、アルプス2連戦の初日となる第8ステージは、同様に、いやある意味で前日以上に荒れたステージとなった。

オヨナからル・グラン・ボルナンまでの150.8㎞山岳ステージ。ロム峠~ラ・コロンビエ―ル峠~ル・グラン・ボルナンという、3年前のツールでジュリアン・アラフィリップがまさに覚醒したこの地で、新たなる時代の英雄が新たなる伝説を創った。

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この日も前日と同様、序盤から激しいアタック合戦が繰り広げられる。

最序盤にワウト・プールス(バーレーン・ヴィクトリアス)セップ・クス(ユンボ・ヴィスマ)テイオ・ゲイガンハート(イネオス・グレナディアーズ)などを含む逃げが生まれるが、これは15㎞ほど消化してから吸収される。

その最初の段階で、いきなりの登りということもあり、マーク・カヴェンディッシュ(ドゥクーニンク・クイックステップ)やティム・メルリール(アルペシン・フェニックス)などのスプリンターたちと共に、すでに前日大きく遅れていたプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)と、そして同様に遅れを見せつつあったゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)とが、共に大きく脱落することになる。

「(第3ステージの)クラッシュは僕が思っていた以上に多くのものを奪い取っていた」というトーマスはこの日33分以上タイムを失い、総合争いからは完全に脱落した。

一方、同様に遅れたログリッチは淡々と一人で走りながら沿道の観客たちに笑顔を振りまいていた。

昨年もあの衝撃的過ぎるツールでの敗北から即座に立ち直り、リエージュ~バストーニュ~リエージュと2回目のブエルタ・ア・エスパーニャを制した男。

彼の最大の武器はそのTT能力でも登坂力でもなく、他の誰よりも強いその精神力にあると思われる。

彼はこれで終わりはしない。きっとまたすぐに、何か大きいものを私たちに届けてくれるはずだ。

トーマスや総合9位のピエール・ラトゥール(AG2Rシトロエン・チーム)が遅れていることもあり、メイン集団は逃げを捕まえるためというよりも彼らからリードを奪うためにペースアップし、暫く先頭は一塊のまま推移していく。

そのまま残り106㎞地点にある中間スプリントポイントに到達。集団で生き残っていたソンニ・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)が先頭通過し、マイケル・マシューズ(チーム・バイクエクスチェンジ)フレッド・ライト(バーレーン・ヴィクトリアス)ルカ・メズゲッツ(チーム・バイクエクスチェンジ)マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)と続いた。

これでマシューズがポイント賞ランキング2位(113ポイント)に浮上。1位のカヴェンディッシュ(168ポイント)とは55ポイント差に詰め寄った。


その後、再びアタック合戦が頻発。

出入りの激しい混沌とした展開が続いた末に、残り70㎞前後でようやく、確定的な18名の逃げが生まれた。

セップ・クス(ユンボ・ヴィスマ)
ジョナタン・カストロビエホ(イネオス・グレナディアーズ)
マイケル・ウッズ(イスラエル・スタートアップネーション)
ケニー・エリッソンド(トレック・セガフレード)
マッティア・カッタネオ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
アレハンドロ・バルベルデ(モビスター・チーム)
ブルーノ・アルミライル(グルパマFDJ)
ギヨーム・マルタン(コフィディス・ソルシオンクレディ)
オレリアン・パレパントル(AG2Rシトロエン・チーム)
ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)
セーアン・クラーウアナスン(チームDSM)
ティシュ・ベノート(チームDSM)
ワウト・プールス(バーレーン・ヴィクトリアス)
ディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)
クリストファー・ユールイェンセン(チーム・バイクエクスチェンジ)
サイモン・イェーツ(チーム・バイクエクスチェンジ)
ヨン・イサギレ(アスタナ・プレミアテック)
セルジオ・エナオ(チーム・キュベカ・ネクストハッシュ)

このうち、プールスに関してはしばらく先頭を単独で走っており、この日最初の3つの山岳ポイント(3級、4級、1級)をすべて先頭通過。

続く1級山岳ロム峠も2位通過、最後のラ・コロンビエ―ル峠も5位通過を果たしたことでこの日合計で23ポイントを獲得。一気に山岳賞ランキング首位に躍り出た。

そして、残り34.4㎞地点から登り始める1級山岳ロム峠(登坂距離5.7km、平均勾配8.3%)への登りにおいて、この日のステージ優勝争い及び総合における争いが早くも開幕していくことになる。

先頭集団からは最初、チームDSMセーアン・クラーウアナスンティシュ・ベノートが抜け出していたが、これをのちに集団から飛び出したマイケル・ウッズ(イスラエル・スタートアップネーション)が追い抜いて単独先頭に。ロム峠の山頂は彼が独走で先頭通過する。

そして同じロムの登りで、ダヴィデ・フォルモロ(UAEチーム・エミレーツ)が集団の先頭に立って必死の形相でペースアップを仕掛ける。

すでに集団内にいるUAEのアシストは彼一人。まだフィニッシュまでは30㎞以上ある。そんな中で、完全にフォルモロを使い切ろうとするその戦略には既視感を覚えた。

そう、それはすなわち、2018年ジロ・デ・イタリア第19ステージの、残り80㎞地点にあるフィネストーレ峠山頂手前で、クリス・フルームのための猛烈な牽引を見せたケニー・エリッソンドの姿と重なるのである。


まさか、ポガチャルはもう行く気か?

第3週ならまだしも、第1週の、最初の山岳ステージで、いきなりの?


その予想は的中した。残り30.6㎞。フォルモロのペースアップによって縦に長く引き伸ばされた集団の先頭から、新人賞ジャージを着る22歳、タデイ・ポガチャルが飛び立った。

そのすぐ後ろについていた総合12位リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ)が唯一これに食らいつく。

しかし残り30.2㎞。もう一度ポガチャルが加速すると、いとも簡単にカラパスは切り離されてしまった。

それは今年のティレーノ~アドリアティコ第5ステージで見せた、ワウト・ファンアールトを簡単に千切って羽ばたいていってしまったあのときと、全く一緒である。

「異次元の走り」。

ポガチャル劇場が、開幕した。

残り22.2㎞地点から始まるこの日最後の登り、1級山岳ラ・コロンビエ―ル峠(登坂距離7.5km、平均勾配8.5%)

先頭は独走を続けるマイケル・ウッズ。これを1分程度の差で追いかけるのがギヨーム・マルタン(コフィディス・ソルシオンクレディ)サイモン・イェーツ(チーム・バイクエクスチェンジ)ヨン・イサギレ(アスタナ・プレミアテック)ディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)、そしてプールス。

その2分後ろには単独で追走するポガチャル。リチャル・カラパスはチームメートのジョナタン・カストロビエホに助けられながらポガチャルの1分後ろを追いかけていくが、その差は着実に開きつつあった。

残り17.8㎞。山頂まで3.1㎞。追走から抜け出したディラン・トゥーンスが、先頭のマイケル・ウッズに追い付いた。

ここまでペース走行で粘り、バーチャル・マイヨ・ジョーヌを護り続けていたワウト・ファンアールトが、ついにその権利をポガチャルに譲り渡すこととなる。

先頭残り16.8㎞。山頂まで2.1㎞。独走を続けるポガチャルが、追走集団から零れ落ちていたワウト・プールスを軽々と追い抜いていく。ギアはアウターで固定。

先頭残り16.1㎞。山頂まで1.4㎞。ポガチャルはサイモン・イェーツも追い抜いていく。

先頭残り15.3㎞。山頂まで600m。先頭でトゥーンスがウッズを突き放して、独走を開始する。

先頭残り15.1㎞。山頂まで400m。ポガチャルがヨン・イサギレを追い抜いていく。

残り14.7㎞。ディラン・トゥーンスが単独で山頂を先頭通過。

そしてそのすぐ後ろで、ポガチャルがマイケル・ウッズもついに抜き去って、山頂を2位通過。ボーナスタイム5秒も、獲得した。


普通、どんなに優れたクライマーでも、独走し、逃げ遅れの選手たちを捕まえれば、その背中に暫く身を置いて、足を休めるのが普通である。

しかしポガチャルはそんなことお構いなしに、ペースを一切緩めることなく零れ落ちていった強豪選手たちを追い抜いていく。

その様子は、まさに異次元であった。ツール・ド・フランスという、世界の自転車選手たちの中の選りすぐりの精鋭集団しか集まっていない舞台で、その超級山岳を先頭で駆け抜けていった本来であれば総合TOP10に入ってもおかしくない実力をもった一流クライマーたちに対して、大人と子供のような差で抜き去っていく、異様な22歳。


この日、明確に、新たな時代が始まったことが示された。

旧スカイが支配した2010年代。そこから混沌の時代が暫く続くかと思ったが、2020年代はこのポガチャルという男によって彩られることになるだろう。


最後の雨の下りはさすがにポガチャルもセーブしたのか、先頭を走るディラン・トゥーンスは追いつかれることなく独走のままフィニッシュラインに到達する。

2017年に覚醒し、2019年にはラ・プランシュ・デ・ベルフィーユ山頂を制した男。しかし、その実力とは裏腹に、思うように結果の出せない日々が続いたトップクライマーが、危険かつ厳しい雨のアルプス初日決戦を制し、プロ12勝目を飾った。

そしてそれは、バーレーン・ヴィクトリアスにとって、前日のモホリッチに続く2連勝となった。しかもこの日は、ワウト・プールスが山岳賞ジャージも確定させている。

今年絶好調のミケル・ランダをジロで失い、今回のツールのエースだったはずのジャック・ヘイグも序盤で失いながらも、ジロ同様ただでは転ばない気持ちでこのチームは見事な成功をおさめ続けている。

ツール前に亡くなった、天国の祖父へ向けてのサインと共に。

第8ステージ


そしてポガチャルはヨン・イサギレとウッズに追い付かれながら、最後は4位フィニッシュ。フィニッシュでのボーナスタイムは得られなかったが、十分すぎるほどのリードを、ライバルたちにつけることとなった。

第8ステージを終えた時点での総合リザルトは以下の通り。

第8ステージ後の総合リザルト


今年のツールは早くも決まってしまったのか?

いや、まだ、何が起こるか分からないのがグランツールである。

とくにこの日、メイン集団に食らいつき、その先頭をスプリントで奪い取ったヨナス・ヴィンゲゴーの存在と、その集団からは遅れながらも被害を最小限に抑えたワウト・ファンアールトの2人のユンボ・ヴィスマライダーの可能性は、まだまだありうると思っている。

あとはまったく目立たないながらもしっかりと集団に残りダメージを抑えているウィルコ・ケルデルマンとエンリク・マスも、決して調子は悪くなさそう。

何が起こるか分からないツール・ド・フランス。

まだ、戦いは始まったばかりだ。

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