見出し画像

ティレーノ~アドリアティコ2021 第5ステージ

イタリアの西海岸(ティレニア海)と東海岸(アドリア海)とを結ぶ、「2つの海を結ぶレース」。

第5ステージはカステッラルトを発着する205㎞丘陵ステージ。

毎年1つは必ず組み込まれる「タッパ・ディ・ムーリ」すなわち「壁のステージ」であり、最大勾配19%の「ムーロ」ヴィア・ヴァッレ・オスキューロを含む周回コースを4周させる。

フィニッシュはこの壁の頂上ではないものの、ラスト450mの平均勾配が8.6%、最大勾配が12%に達する激坂の上に置かれている。

優勝候補はもちろん、昨日余裕を残しながら早々に脱落したマチュー・ファンデルプール。昨年の「壁のステージ」でも勝っている。

ここに世界王者ジュリアン・アラフィリップやワウト・ファンアールトがどこまで食い下がれるか。

ある意味昨日以上の注目ステージとなっている。

全ステージのコースや注目選手プレビューはこちら


アクチュアルスタート直後からアタックが頻発。イネオス・グレナディアーズのパヴェル・シヴァコフやトレック・セガフレードのライアン・ミューレンなど実力者たちが次々と飛び出すもののなかなか決まらず。

ステージの最初の30㎞を時速57kmで消化するという超ハイ・ペースな展開が続く中、スタートから45㎞でついに以下の5名の逃げが形成された。

ロバート・スタナード(チーム・バイクエクスチェンジ)
ヨナス・リッカールト(アルペシン・フェニックス)
ペリョ・ビルバオ(バーレーン・ヴィクトリアス)
ダヴィデ・バッレリーニ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)

シヴァコフは乗れなかったものの、代わりに昨日の山岳でも牽引役を担っていた逃げスペシャリスト(でもある)ガンナが乗っている。これはステージ優勝狙いなのか、それとも「前待ち」なのか。

今日の優勝候補ジュリアン・アラフィリップのチームメートであるバッレリーニ、同じく優勝候補のマチュー・ファンデルプールのチームメートであるリッカールトの存在も気になる。リッカールトは逃げが得意な選手だし、バッレリーニも今年のツール・ド・ラ・プロヴァンス第2ステージのようにクライマー向きとさえ言える激坂でも勝利している。ビルバオももちろん本来は総合も狙える実力者で、激坂スプリントも得意としているパンチャータイプのクライマーだ。

決して甘く見ることのできない逃げ5名に対し、プロトンは残り141.5㎞時点でタイム差4分30秒。(総合リーダーを抱えるUAEチーム・エミレーツではなく)チーム・ユンボ・ヴィスマが集団を牽引している。


このまま、フィニッシュの激坂で誰が抜け出すか、最後に勝つのは誰か、というところを期待しながらしばらくは展開の推移を眺めている――と思っていた中で。

残り66㎞地点で、大きな動きが巻き起こる。


緩やかな登り勾配で集団が縦に長く引き伸ばされていき、分断も置き始める。

そんな中、ポジションを上げていったマチュー・ファンデルプールが集団の先頭で一気にペースアップ。

当然ジュリアン・アラフィリップもすぐにこれを反応するが、ここでギアに何かトラブルが?

一旦後ろに下がっていたアラフィリップだったが、そこからさらにずるずると崩れ落ちていく。


先頭に立ったファンデルプールはさらにペースを上げていく。その背後にはアレックス・アランブル、タデイ・ポガチャル、セルジオ・イギータ、ジュリオ・チッコーネ、エガン・ベルナル、そしてワウト・ファンアールトなど有力選手たち。

先頭からは逃げていたヨナス・リッカールトが下りてきてファンデルプールを牽く姿も。

そして12名程度に絞り込まれていった追走集団は、残り62㎞で先頭3名(ガンナ、スタナード、ビルバオ)とのタイム差を10秒未満にまで縮めていき、やがて残り57㎞地点ですべて吸収されてしまった。


さらに残り56㎞地点でエガン・ベルナルがアタック。ここにセルジオ・イギータ、タデイ・ポガチャル、ワウト・ファンアールト、マチュー・ファンデルプールといった優勝候補たちが追随。クラシックのような展開が巻き起こりつつある。

強豪そろいの先頭5名。

そこから残り52㎞でファンデルプールがさらにペースアップ。

ファンアールトを含む強豪4名を一気に突き放し、独走を開始。

ここから52㎞の独走劇が開始される。


さらに残り50㎞地点でポガチャルがメカトラ。

総合リーダーを襲ったこのアクシデントに対し、ファンデルプールを追いかけなければならないメイン集団はどうしようもなくペースダウン。

その隙に、さらにファンデルプールのタイム差が開いていく。

残り40㎞でタイム差は1分。

残り35㎞でタイム差は1分30秒。

集団はタデイ・ポガチャルのためのダヴィデ・フォルモロがひたすら牽引を続けるが、総合ではすでに完全に脱落しているファンデルプールの逃げに対し、UAEチーム・エミレーツが本気でこれを追う道理もなく、どうしてもペースは上がり切らない。


残り25㎞でファビオ・フェリーネ(アスタナ・プレミアテック)がアタックし、そこにマルク・ソレル(モビスター)とアレッサンドロ・デマルキ(イスラエル・スタートアップネーション)も追随する。

残り20㎞を切って先頭ファンデルプールとプロトンとのタイム差は3分20秒に。そして3名の追走集団はそこから30秒前方。

もはやプロトンの総合上位勢に、先頭のファンデルプールを捕まえる可能性も意欲も0になっていた、はずだった。


だが、さらなる動きが残り18㎞で巻き起こる。

フォルモロが牽引し続けていたポガチャルが、ここで一気にアタック。

何とか現状の総合タイム差35秒をキープして、残る2つのステージ――平坦スプリントステージと短距離個人TT――とで逆転の可能性を探りたかったワウト・ファンアールトとしても、ここで逃がすわけにはいかなかった。


しかし、ポガチャルの強さはあらゆる人々の想像をはるかに超えていた。

他のライバルたちを突き放すだけのパワーを残していたファンアールトをさらに突き放し、あっという間に抜け出していくポガチャル。

そのまま30秒前方にいたフェリーネたちに追い付き、残り15㎞でさらに彼らを突き放して単独2番手で先頭のマチューを追走し始めた。


残り10㎞で、先頭ファンデルプールと単独2位ポガチャルとのタイム差は2分14秒。

さすがのポガチャルも、このまま単独でこれを捕らえることは不可能、のはずだった。

しかし彼は昨年のツール・ド・フランスで、すでに「不可能」を「可能」にしている。

まさか・・・


ワウト・ファンアールトも負けてはいない。彼もまたフェリーネたちを追い抜き、単独3番手に。残り6㎞で一旦はファンアールトとのタイム差も30秒に縮める。

しかしそこからさにポガチャルがペースアップ。さらに先頭のファンデルプールも、足元がおぼつかなくなり始めてきていた!

残り4㎞。ポガチャルとファンデルプールとのタイム差が1分10秒に。そしてポガチャルとファンアールトとのタイム差も再び40秒差にまで広がっていた。

残り3㎞。ポガチャルとファンデルプールとのタイム差が53秒に。

ファンデルプールもこのタイミングで慌てて補給を取り始めている。2年前のヨークシャー世界選手権における、冷たい雨の中でのハンガーノックの再来か?

残り1.2km。タイム差20秒。

そして残り1㎞――タイム差、16秒。ポガチャルの視界に、ファンデルプールの背中が映った。


それでも、ファンデルプールは、その身体の限界を常に超えられる男であった。2019年のアムステルゴールドレースも、そして先日の、ストラーデビアンケにおいても。


15秒差、13秒差・・・そして10秒。

それ以上のタイム差を縮めることは、さすがのポガチャルもなしえなかった。

しかしそれでも、ファンデルプールはガッツポーズも見せることなく、ふらふらのまま項垂れてのフィニッシュ。

直後、倒れこむファンデルプール。その姿に、勝者らしい姿は何もなかった。

第5ステージ


そしてポガチャルから遅れること39秒。

フィニッシュラインに単独3番手で辿り着いたのはワウト・ファンアールトだった。

それ自体は実に素晴らしい走り。ベルナルも、ランダも、フルサンたちも突き放して、十分にステージレーサーとしての覚醒を感じさせる完璧な走りだった。

しかし結果としては、ポガチャルから39秒遅れ。ボーナスタイム分を考えれば、41秒差をつけられる結果となった。

これでポガチャルとの総合タイム差は1分15秒に。

残り2ステージはファンアールトがタイムを奪い取る可能性の高いステージとなっているが、それでもこの差はあまりにも絶望的である。


かくして、タデイ・ポガチャルは下馬評通りの総合優勝を掴み取ることへの王手をかけた形に。

・・・だが、その勝ち方は、少し余人の想像をはるかに超えた形になったような気がするのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?